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04.金の亡者
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そもそも男性に囲まれて日常を送るキャサリンの貞節は疑わしく、万一王太子以外の胤を身ごもってしまった場合、王位簒奪にまで発展する可能性もあり得る。先程は『使える娘がいるのに修道院に送るのは不思議だ』と考えたディアナも、やはりメテオーア男爵家の判断の方が正しいと納得していた。
「家にろくに帰っても来ないくせに、私を分かったように言うのは止めてよ!!」
「貴様はキャサリンを妹と認めず、殆ど領地に戻らないと聞いているが?」
「……そのようなことを言って、お前は殿下方の気を引いたのか」
レオンハルトは苦々しい顔で実妹を見つめた。相手が王太子でなければ、『内々のことですので』とあしらったのだろうが、こうも衆目にさらされてしまっては、明確に否定しなければ男爵家に悪評が付きまとうことになるだろう。諦念するようにレオンハルトは息を吐いて理由を告げた。
「私とキャサリンは年が12歳離れております。妹が生まれてすぐに、私は学院に入学する為に王都に参りました。その頃より休暇の際も王都に残り、働いてきたのです」
「何故、家に帰らない?」
「新年の休みなどは多くの者が帰省します。不測の事態に備える為の人員を選ぶ際、立候補しております」
「その理由は?」
「通常よりも給金が上乗せされます」
シュテルン王国では新年の際、使用人であっても順番に休暇を取れるように調整されている。しかし、貧しい者は返上して働く者も少なからずいるのだ。学生時代からとなると王宮で使い走りのようなことをしていたのだろうか。そこから考えると、当時12歳の少年が15年近くも実家に帰らず、仕事をしているなんて並々の覚悟ではないと出来ないに違いない。
「聞きしに勝る金の亡者だな!妹よりも金を選ぶとは!」
けれども、他者を慮ることなく生きてきた王太子は、理解できないとばかりに、レオンハルトを人でなしと罵ったのだった。この場にはレオンハルトとまではいかないまでも、帰省を減らして仕事をする苦学生もいるだろうに。
「私の仕送りはメテオーア男爵家の生活費となり、その一部はキャサリンが王都で暮らす生活費となっているのです。正当な手段で得た金銭で行う親孝行を、金の亡者と蔑まれるとは心外です」
王太子の言葉を明確に否定したわけだが、レオンハルトの言葉は正論であった。
王宮で真面目に働いていて得た給金を実家に仕送りして、その一部が妹の為に使われているのだ。裕福ではない男爵家の後継でもないキャサリンが王都の学院に通うなんて贅沢である。自領の学校や近隣の都市の学院であれば、もっと生活費を抑えることもできたはずなのだから。
「とにかく、キャサリンが修道院に入ることは決定事項です」
これ以上話すことは無いとばかりに、レオンハルトはキャサリンを連れて行こうと動き出す。けれど、やはりキャサリンは納得いかないのか振り払って叫んだ。
「嫌よ!どうして!?私が娼婦の娘だから!?卑しい出自の人間は幸せになっちゃいけないの!?」
『娼婦の娘』という言葉に、周囲は騒めいた。男爵家の娘だということは広く知られているが、母親については誰も知らないようだった。メテオーア兄妹の母親は違う。レオンハルトの母親は別の男爵家の出だが、キャサリンの母は後妻で、元娼婦の平民なのだ。もちろんディアナは知っていて、その経歴を含めてキャサリンが王家に迎えられるとは思っていなかったのだ。
―――バチンッ!
けれども、そんなことよりキャサリンが叫んだ次の瞬間、レオンハルトが彼女の頬を打ったのだ。女性に手を上げるなんて野蛮だ。思わずディアナは打ち倒されて床に転がるキャサリンに駆け寄ろうとしたが、友人達に引き止められて叶わない。せめて非難しようと開きかけた彼女の口は、レオンハルトを見た瞬間、噤むことになった。
「お前は、自分の母親を卑しいと蔑むのかッ!!」
レオンハルトは鋭い眼差しでキャサリンを睨みつけていた。これまでずっと表情に乏しく、涼しい顔をしていたというのに。
「あの人がお前に対し、罪悪感を持ちながら暮らしていることを知りながら、よくもそんな言葉を言えるな!!」
『あの人』というのは、キャサリンの母親のことだろう。彼は継母を娼婦と蔑むというより、心を砕いているような口ぶりであった。
「殿下。キャサリンは何と言って、貴方の同情を買ったのですか?」
「キ、キティは腹違いの兄から『娼婦の娘』と言われたと言っていた……」
レオンハルトはキャサリンを見据えたまま、不敬にも体を向けることなく王太子に問いかける。けれどもすっかり彼の気迫に圧された王太子は素直に答えていた。これまで慇懃無礼に見えるほど冷静な振る舞いをしていただけに、その怒りの深さに恐れおののくのも無理はない。
「私がキャサリンの母を娼婦だと言ったのは人生に一度きりです。学院の入学式に付き添った際に言いました。『母親の出自を変えられぬのだから、そのような誹りを受けぬよう、己を律し、清廉潔白かつ真面目に過ごすように』と言い聞かせたのです」
異母妹に対して真っ当な諫言であった。人の弱みをあげつらうことの多い貴族達の中で暮らすには、正しい処世術であろう。
「家にろくに帰っても来ないくせに、私を分かったように言うのは止めてよ!!」
「貴様はキャサリンを妹と認めず、殆ど領地に戻らないと聞いているが?」
「……そのようなことを言って、お前は殿下方の気を引いたのか」
レオンハルトは苦々しい顔で実妹を見つめた。相手が王太子でなければ、『内々のことですので』とあしらったのだろうが、こうも衆目にさらされてしまっては、明確に否定しなければ男爵家に悪評が付きまとうことになるだろう。諦念するようにレオンハルトは息を吐いて理由を告げた。
「私とキャサリンは年が12歳離れております。妹が生まれてすぐに、私は学院に入学する為に王都に参りました。その頃より休暇の際も王都に残り、働いてきたのです」
「何故、家に帰らない?」
「新年の休みなどは多くの者が帰省します。不測の事態に備える為の人員を選ぶ際、立候補しております」
「その理由は?」
「通常よりも給金が上乗せされます」
シュテルン王国では新年の際、使用人であっても順番に休暇を取れるように調整されている。しかし、貧しい者は返上して働く者も少なからずいるのだ。学生時代からとなると王宮で使い走りのようなことをしていたのだろうか。そこから考えると、当時12歳の少年が15年近くも実家に帰らず、仕事をしているなんて並々の覚悟ではないと出来ないに違いない。
「聞きしに勝る金の亡者だな!妹よりも金を選ぶとは!」
けれども、他者を慮ることなく生きてきた王太子は、理解できないとばかりに、レオンハルトを人でなしと罵ったのだった。この場にはレオンハルトとまではいかないまでも、帰省を減らして仕事をする苦学生もいるだろうに。
「私の仕送りはメテオーア男爵家の生活費となり、その一部はキャサリンが王都で暮らす生活費となっているのです。正当な手段で得た金銭で行う親孝行を、金の亡者と蔑まれるとは心外です」
王太子の言葉を明確に否定したわけだが、レオンハルトの言葉は正論であった。
王宮で真面目に働いていて得た給金を実家に仕送りして、その一部が妹の為に使われているのだ。裕福ではない男爵家の後継でもないキャサリンが王都の学院に通うなんて贅沢である。自領の学校や近隣の都市の学院であれば、もっと生活費を抑えることもできたはずなのだから。
「とにかく、キャサリンが修道院に入ることは決定事項です」
これ以上話すことは無いとばかりに、レオンハルトはキャサリンを連れて行こうと動き出す。けれど、やはりキャサリンは納得いかないのか振り払って叫んだ。
「嫌よ!どうして!?私が娼婦の娘だから!?卑しい出自の人間は幸せになっちゃいけないの!?」
『娼婦の娘』という言葉に、周囲は騒めいた。男爵家の娘だということは広く知られているが、母親については誰も知らないようだった。メテオーア兄妹の母親は違う。レオンハルトの母親は別の男爵家の出だが、キャサリンの母は後妻で、元娼婦の平民なのだ。もちろんディアナは知っていて、その経歴を含めてキャサリンが王家に迎えられるとは思っていなかったのだ。
―――バチンッ!
けれども、そんなことよりキャサリンが叫んだ次の瞬間、レオンハルトが彼女の頬を打ったのだ。女性に手を上げるなんて野蛮だ。思わずディアナは打ち倒されて床に転がるキャサリンに駆け寄ろうとしたが、友人達に引き止められて叶わない。せめて非難しようと開きかけた彼女の口は、レオンハルトを見た瞬間、噤むことになった。
「お前は、自分の母親を卑しいと蔑むのかッ!!」
レオンハルトは鋭い眼差しでキャサリンを睨みつけていた。これまでずっと表情に乏しく、涼しい顔をしていたというのに。
「あの人がお前に対し、罪悪感を持ちながら暮らしていることを知りながら、よくもそんな言葉を言えるな!!」
『あの人』というのは、キャサリンの母親のことだろう。彼は継母を娼婦と蔑むというより、心を砕いているような口ぶりであった。
「殿下。キャサリンは何と言って、貴方の同情を買ったのですか?」
「キ、キティは腹違いの兄から『娼婦の娘』と言われたと言っていた……」
レオンハルトはキャサリンを見据えたまま、不敬にも体を向けることなく王太子に問いかける。けれどもすっかり彼の気迫に圧された王太子は素直に答えていた。これまで慇懃無礼に見えるほど冷静な振る舞いをしていただけに、その怒りの深さに恐れおののくのも無理はない。
「私がキャサリンの母を娼婦だと言ったのは人生に一度きりです。学院の入学式に付き添った際に言いました。『母親の出自を変えられぬのだから、そのような誹りを受けぬよう、己を律し、清廉潔白かつ真面目に過ごすように』と言い聞かせたのです」
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