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03.婚約破棄
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「私はディアナ・モーントとの婚約を破棄し、キャサリン・メテオーアと結婚するつもりだ」
王太子はキャサリンを愛妾か、良くて側室に召し上げると思っていた面々は、まさか王家がモーント公爵家を足蹴にするとは思っておらず、驚愕の顔でディアナを見た。当のディアナもここで自分が壇上に引きずり出されるとは思わず、驚きを隠せなかった。
「いるんだろう!!ディアナ!私はそなたと婚約を破棄する!!」
「お、王太子殿下、そのような御話は……」
「貴様のような可愛げのない女より、身分が低いといえどキティのような愛らしい娘が良い!」
こんな場所で婚約について、それも破棄などと口にするなど非常識も甚だしい。礼節を弁える以前の問題だ。自国の国王となるべき人間がするべき行動だろうか。
「大変名誉なことと思いますが、申し訳ありませんが辞退させていただきます」
けれどもキャサリンの兄は浮足立つでもなく、涼しい顔をしたまま明確に拒否を示した。これまで斟酌されることが当然のこととして生きてきた王太子は、己の主張を下位の者に退けられるとは思いもよらなかったのだろう。目が飛び出んばかりに驚いている。
「申し訳ありませんが、キャサリンは本日を以て学院を退学し、領地に――」
「嫌よ!!私、修道院になんか入りたくない!!」
「修道院だとッ!?」
このような騒動を起こした王太子も理解できないが、政略の駒として有用に使える娘を修道院に入れるという、この兄のこともまたディアナは理解し難かった。正妃の地位まで望むのは分不相応であるが、キャサリンは国母になり得るチャンスを得ているのだ。例え王家に嫁がなくとも、他の側近達との縁があればメテオーア男爵家を繫栄させることができるかもしれないというのに。
「そんな話、私は聞いていないぞ!!」
「王太子殿下とはいえ、キャサリンの婚約者でもない貴方様に、前以て我が家の事情をご報告しなければならないのか、私には分かりかねます」
学院内で恋人のように振る舞ってはいたものの、正式な契約が無い以上、二人の関係を守るものは何もない。貴族の婚姻は家同士の契約であるのだから、親兄弟に反対されれば会うことさえできなくなるのは当たり前である。
「領地の両親の許可は下りていますし、キャサリンには入学前に伝えております。学院で問題を起こした場合は、退学して領地に戻ると」
レオンハルト・メテオーアが全く顔に出さないとはいえ、このような身内の恥とも言える話を、学院の中庭でするのは苦痛なのだろうとは分かったが、それを慮る王太子ではないことは明々白々である。苛立った表情を隠すことなく、更に言い募った。
「問題だと!?苛められていたのはキャサリンだというのに、どうしてキャサリンが責められなければならないのだ!!何と愚かしいことよ!」
キャサリンは何者かによって虐げられていると、そんな噂をディアナは小耳に挟んでいた。真っ先に疑われる可能性のあるのが自分だと気づいていたディアナは、すぐさま周囲の友人達に関わらないように言って聞かせ、常に証人になり得る人物達と行動を共にするように徹底したのである。
「苛められたのか?」
まるで心の内さえ見透かすような目で、レオンハルトは自らの妹に問いかけた。
「そ、そうよ!」
「何故?」
「何故って、ロディ様と仲良くするなって。怒鳴られたり、物を隠されたり……」
「原因が分かっているのに、どうしてお前は殿下のお側を離れなかったのだ?」
「何で私が離れなきゃいけないのよ!!悪いのは苛めた方でしょ!!」
心底分からないと言った顔をした兄に、キャサリンは怒鳴りつける。
「お前は増水した川が危険だと分かっているのに近づくのか?」
「は?」
「何の功績も無い男爵家の者が、王太子殿下や高位貴族の方々の我が物顔で近づけば、それだけで嫌厭され、害されるのは当然だ。そうであるにも関わらず、最初は警告だったものを無視し続けたせいで、段々とエスカレートし、そのようなことになったのだと何故分からない?」
「酷い!私はロディ様を好きなだけなのに!」
「酷いも何も無いだろう。身の丈に合わない結婚で幸せになれるほどの器量も、人格も、お前には無いじゃないか」
被害を受ける自分に酔っているのか、キャサリンは王太子の腕にしがみついて俯いて見せる。王太子は優しく宥めようとしているが、二人の関係を苦々しく思っていたディアナや他の生徒達は、キャサリンの身内とはいえ真っ当な思考を持っているレオンハルトの物言いを、胸がすく思いで聞いていた。
今のままキャサリンが王宮に上がり、王太子妃となったのなら、王家の行く末は先行きが明るいとは言えない。
話の隅に追いやられてしまっているように見えるが、衆目の中でモーント公爵家を無下に扱ったことは事実で、当代はそれをただで許すような男ではない。加えて、王太子の側近の婚約者達の中にも現状に不満を持つ者は当然いるので、王家の求心力は下がるに違いない。
王太子はキャサリンを愛妾か、良くて側室に召し上げると思っていた面々は、まさか王家がモーント公爵家を足蹴にするとは思っておらず、驚愕の顔でディアナを見た。当のディアナもここで自分が壇上に引きずり出されるとは思わず、驚きを隠せなかった。
「いるんだろう!!ディアナ!私はそなたと婚約を破棄する!!」
「お、王太子殿下、そのような御話は……」
「貴様のような可愛げのない女より、身分が低いといえどキティのような愛らしい娘が良い!」
こんな場所で婚約について、それも破棄などと口にするなど非常識も甚だしい。礼節を弁える以前の問題だ。自国の国王となるべき人間がするべき行動だろうか。
「大変名誉なことと思いますが、申し訳ありませんが辞退させていただきます」
けれどもキャサリンの兄は浮足立つでもなく、涼しい顔をしたまま明確に拒否を示した。これまで斟酌されることが当然のこととして生きてきた王太子は、己の主張を下位の者に退けられるとは思いもよらなかったのだろう。目が飛び出んばかりに驚いている。
「申し訳ありませんが、キャサリンは本日を以て学院を退学し、領地に――」
「嫌よ!!私、修道院になんか入りたくない!!」
「修道院だとッ!?」
このような騒動を起こした王太子も理解できないが、政略の駒として有用に使える娘を修道院に入れるという、この兄のこともまたディアナは理解し難かった。正妃の地位まで望むのは分不相応であるが、キャサリンは国母になり得るチャンスを得ているのだ。例え王家に嫁がなくとも、他の側近達との縁があればメテオーア男爵家を繫栄させることができるかもしれないというのに。
「そんな話、私は聞いていないぞ!!」
「王太子殿下とはいえ、キャサリンの婚約者でもない貴方様に、前以て我が家の事情をご報告しなければならないのか、私には分かりかねます」
学院内で恋人のように振る舞ってはいたものの、正式な契約が無い以上、二人の関係を守るものは何もない。貴族の婚姻は家同士の契約であるのだから、親兄弟に反対されれば会うことさえできなくなるのは当たり前である。
「領地の両親の許可は下りていますし、キャサリンには入学前に伝えております。学院で問題を起こした場合は、退学して領地に戻ると」
レオンハルト・メテオーアが全く顔に出さないとはいえ、このような身内の恥とも言える話を、学院の中庭でするのは苦痛なのだろうとは分かったが、それを慮る王太子ではないことは明々白々である。苛立った表情を隠すことなく、更に言い募った。
「問題だと!?苛められていたのはキャサリンだというのに、どうしてキャサリンが責められなければならないのだ!!何と愚かしいことよ!」
キャサリンは何者かによって虐げられていると、そんな噂をディアナは小耳に挟んでいた。真っ先に疑われる可能性のあるのが自分だと気づいていたディアナは、すぐさま周囲の友人達に関わらないように言って聞かせ、常に証人になり得る人物達と行動を共にするように徹底したのである。
「苛められたのか?」
まるで心の内さえ見透かすような目で、レオンハルトは自らの妹に問いかけた。
「そ、そうよ!」
「何故?」
「何故って、ロディ様と仲良くするなって。怒鳴られたり、物を隠されたり……」
「原因が分かっているのに、どうしてお前は殿下のお側を離れなかったのだ?」
「何で私が離れなきゃいけないのよ!!悪いのは苛めた方でしょ!!」
心底分からないと言った顔をした兄に、キャサリンは怒鳴りつける。
「お前は増水した川が危険だと分かっているのに近づくのか?」
「は?」
「何の功績も無い男爵家の者が、王太子殿下や高位貴族の方々の我が物顔で近づけば、それだけで嫌厭され、害されるのは当然だ。そうであるにも関わらず、最初は警告だったものを無視し続けたせいで、段々とエスカレートし、そのようなことになったのだと何故分からない?」
「酷い!私はロディ様を好きなだけなのに!」
「酷いも何も無いだろう。身の丈に合わない結婚で幸せになれるほどの器量も、人格も、お前には無いじゃないか」
被害を受ける自分に酔っているのか、キャサリンは王太子の腕にしがみついて俯いて見せる。王太子は優しく宥めようとしているが、二人の関係を苦々しく思っていたディアナや他の生徒達は、キャサリンの身内とはいえ真っ当な思考を持っているレオンハルトの物言いを、胸がすく思いで聞いていた。
今のままキャサリンが王宮に上がり、王太子妃となったのなら、王家の行く末は先行きが明るいとは言えない。
話の隅に追いやられてしまっているように見えるが、衆目の中でモーント公爵家を無下に扱ったことは事実で、当代はそれをただで許すような男ではない。加えて、王太子の側近の婚約者達の中にも現状に不満を持つ者は当然いるので、王家の求心力は下がるに違いない。
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