野心家オメガの独立戦争

大福

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19.神巫の修行

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風帝碧蘭(ふうていへきらん)の神巫としての準備は多忙を極めた。
神巫の衣装や装飾品の採寸、神器と呼ばれる神への捧げ物の作成などやることは山積みだった。

子供の頃から神巫として教育を受けていたら、一気に苦労することもなかったたが、成人を過ぎてからの修行は過酷を極めた。
ジュードは神巫として立ち振舞いと歌の練習を続けながら、神器を作る為に炎族の鉄の神とも関わらないといけない。

炎帝黄河(ふうていこうが)の紹介で、鉄の神の長であるナブと会う機会が増えた。
彼は好色家で有名だ。

封印を解いてから清浄な気が前よりつよく出るようになり、ジュードの美しさに拍車がかかったせいか、ナブからの求愛行動に碧蘭が怒り出す。
ナブと碧蘭の戦闘を聖僧長向日葵が止めに入るのが日常茶飯事になった。

「男娼あがりのΩって厄介ね」

宴の間でジュードが舞の練習をしていると、聖僧の南天(なんてん)がやってくる。
風帝紅蘭(ふうていこうらん)の腹心である彼女は最新鋭のヘッドギアを頭部に装着して表情が分からない。風帝紅蘭(ふうていへきらん)は新しい武器や技術が好きで金に糸目をつけず、自分の部下達に試させいる。

逆に風帝碧蘭は昔からある強力な禁術を重んじ、少数精鋭の部隊を編成している。
炎帝黄河は南の部隊を治療班と研究班と呼び非戦闘員があつまっている。
北の部隊は十人しかいないが、聖僧約五百人の中で一番強く、強固な絆で結ばれている。

短い間だが、聖域の勢力図をジュードは理解しはじめだ。

東西南北に色分けされた、聖域の聖僧達の役割と関わる神の力関係だ。
東西を風帝が。南北を炎帝が。
東を風帝紅蘭。西を風帝碧蘭。南北を炎帝黄河。
いまは表に出てこないが、黄河の代わりに聖僧葵(せいそうあおい)と木蓮姫が担当することもあるらしい。
「それだけですか」
ジュードは踊りの手を止めず、南天の嫌味を受け流す。

「Ωの人間風情が聖域で神巫の訓練を受けるなんて前代未聞。幼い頃から訓練していないか弱いΩの肉体には過酷でしょう。
特殊な訓練を赤子から受けてきた聖僧の私達ですら、呪歌をしながら魔法陣に力を注ぎ続けながら、踊るのは酷よ。
なにせ、人間界と天界の穢れを払うのだから。早く音をあげないと、あなた死ぬわよ」
激務をこなしながら三日間、寝もしないで飲まず食わずで踊るのは。と、せせら笑う。

ジュードは南天の言葉がそれ以上聞きたくなくて、歌を歌いながら踊りを舞う。基本の呪歌は一通り覚えた。
宴の間に円形に描かれた魔法陣が発光する。
ジュードの呪力に反応したのだろう。
何処まで踊れるか限界まで舞踏してみたい。

「では、私と賭けをしましょう。
私が踊りきったら、南天は私の願いを一つ聞いてください。
賭けに負けたら、私は碧蘭様の神巫をやめす。どうですか?」
ジュードは挑戦的に南天を一瞥する。

ジュードには、ある『案』を考えている。この賭けに勝つ。
碧蘭の守護のもと、いつまでも聖域で修行するつもりは無い。
底なしの負けず嫌いが燃え上がる。


「お手並み拝見。木蓮姫様はこれを千年つづけた。精々、がんばることね」

南天の忠告は、聖域で神巫の訓練を受けた者なら誰でも思う事だとジュードは知っている。

だから、あえて挑発に乗った。
「『天界に咲く花よ 我が命に従いてここに集え』」
歌と共に魔法陣が光輝き、ジュードの体に呪力が満ちる。
踊りを舞いながら、呪歌を詠唱し続ければ体力も呪力も消耗するはずだ。
しかし、ジュードは踊るのをやめなかった。

ジュードは、自分の番であるアレクサンダーと約束した事がある。

『この聖域で神巫として修行をしますが、必ず貴方の元に帰ります。だから、私が帰るのを待ってて下さい』
『わかった。待ってる』
アレクサンダーは約束してくれた。
ジュードの瞳に涙が滲んだ。

『アレクサンダー。会いたい』ジュードは誰にも聞かれないように心の内で彼の名前を呼ぶ。

三日間寝食をわすれ踊りをまった後、ジュードは正式な風帝碧蘭の神巫として認められた。





碧蘭に抱えられ移転呪術でジュードは、ヴァルトロメオ家に戻ってきた。
移動中にいつものように、寝てしまったらしい。
碧蘭の腕からもぎ取ると、すぐさまジュードのヴァイタルを確認する。気絶しているだけで体調の変化は見られない。碧蘭が治療の術式も使ったと報告する。

碧蘭はジュードとは一緒に住まない。
それがジュードから提示された神巫になる契約の一部だ。


「では、帰る。
私の神巫をお前に渡すのは屈辱だ!」

「ジュードとの約束をやぶったら、後がこわいぞ」

アレクサンダーは、碧蘭がジュードにどれ程に執着しているか知っているので、おどしてやる。

修行が終わるとジュードは碧蘭に連れられヴァルロメオ邸に戻ってくる。
ジュードを客間のベッドに横たえるとアレクサンダーは安堵し、眠る彼の額に口づけを落とす。

いつものように髪と体を清め、清潔な夜着に着替えさせる。軽い体に不安を覚える。

風帝の神巫は酷務と有名らしい。故に一人の神巫に絞らず、聖僧と言う団体を作ったと伝えられている。

寝食なしの三日間の祈祷を今後も碧蘭と交代で行っていく。これからのジュードの人生を思うと不安が過ぎる。
ジュードが目を開けると、心配そうにのぞき込むアレクサンダーがいる。

「気絶したのですね。三日間おどり切れたのは確かですが悔しいですね」
ジュードは悔しさに拳を握る。アレクサンダーはその手を優しく握りこむ。

「ずっと普通のΩのままでいて欲しいと思うのはオレの我儘だな。ジュードが神巫になるのを応援するし、支える覚悟も決めた。だから、俺の番として無理をするな」

「はい。でも私は貴方の為にも私の為にめにも、強くなりたいです。男娼あがりのΩと指をさされるのは嫌なので」
この気高い番は、困難にぶつかるたびに熱く燃えていく。

「ジュードの性格を知っているが、もっとオレを頼ってくれ」

「私は貴方を頼るのが下手ですか?」ジュードが首を傾げるとアレクサンダーは、いや違うと否定をする。

警戒心の強いジュードが、少しづつアレクサンダーに心を開き、背中を預けはじめている。

「オレの方がもっとジュードに頼られたいんだ」
アレクサンダーが、心配している。
彼の腕の中でずっと守られていたら気持ちいいのだろう。
でも、ジュードの上昇思考は天井をしらない。自分は男娼で、アレクサンダーは貴族。風帝碧蘭の神巫は名誉だが、束縛感から息苦しさをかんじた。

「神巫の実力をあげましたら、私の番として貴方の力になれる事が増えると思います。だから私を信じて待っていて欲しいです」
ジュードはそう言うとアレクサンダーの頬に口づける。
そしてら煙草と番の匂いに身を埋める。
彼がいるから、ジュードは頑張れるのだ。早く、アレクサンダーに相応しくなりたい。

尖っていると思えば、甘えてくるジュードにアレクサンダーの気持ちは振り回される。

「俺の番はどっかに、飛んでいってしまいそうだ」
ジュードの飴色の髪をなでながら、アレクサンダーは一人ごちる。
このつぶやきは、あながち、間違ってはいなかった。
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