野心家オメガの独立戦争

大福

文字の大きさ
上 下
20 / 27

18.忙しいけれど大事な時間

しおりを挟む

聖域から戻ってからヴァルトロメオ家は蜂の巣を突いたような忙しさだった。

風帝碧蘭(ふうていへきらん)がジュードを神巫にするとアルゼントュムの王宮に宣言したからだ。

ジュードが聖域での神巫としての準備と王宮への文官の採用試験の準備をする中、アレクサンダーとジュードは二人で話す余裕がなかった。

調べ物があり、たまたま書斎でアレクサンダーとジュードは鉢合わせする。
「ダキニから聞いたのですが五信(ごしん)の楼閣の主人のラシャドと取引をしたそうですね」ジュードがアレクサンダーに問いかける。

アレクサンダーはジュードを聖域から取り戻す為にかなり無理をした事が推測された。

神から加護がない貴族達は、天界との交渉時に何かと不利な事が多く、対価を得る場合は寿命や肉体の損失を受ける事が多いと聖僧から教えられたからだ。

だから、東大陸貴族は男でも髪が長く、自分の呪力を宿らせた魔石を使った装飾品で飾りつけ、異界との交渉に挑むと。

故に、髪が短く簡素な服装の者ほど強い、または、油断できない相手だと。

ジュードは省庁に通っていたが、ヴァルトロメオ侯爵家専用執務室で働いて、他部署とあまり関わりがなかった。

いま、考えると、ソフィアにかなり行動を制限されていたと推察する。
だから、東大陸貴族と四界の知識が足りない所が多い。

アレクサンダーは髪が短く、軍服以外はらいつも皮のジャケットを着ていて着飾った素振りが無い。

しかし、アレクサンダーには肩書きがあった。
時期、剣聖候補。
それは、アルゼントュムの国に置いて女王白薔薇の次に強い力を持つことを示す。

その彼が、『雲』の五信の楼閣の主ラシャドとジュードの為に交渉をした。

天界にちかい『雲』では、自分の体か寿命や運が金銭のかわりだ。
彼は全身擬体サイボーグで生体が半分以下しかない。
生身の少ないかれは、自分の何かを削って代償にしたはずだ。それを取り戻したい。 

心配するジュードにアレクサンダーは困ったように笑った。

「ジュードがなんの祝福をくれたか知らないが、俺は前より幸せらしいぞ。ラシャドが言うに百年以上の寿命と、誰にも負けない勝負運と強い愛情の呪がかかっているそうだ。
だから、ラシャドに代償を払っても雀の涙ですんだ。」
アレクサンダーの照れ笑いにジュードが真っ赤になった。

その可愛いらしさに、アレクサンダーが口付けしようとすると静止の声が入る。

「私の神巫にふれるな」

風帝碧蘭が二人の間にわってはいる。
彼はヴァルトロメオ家に頻繁に現れる。
この神のジュードに対する張り付き方は異常だ。

「もう、ジュードは神巫の修行は始まっている。おまえらの番の契約など無効だ」
風帝碧蘭の言葉にアレクサンダーが皮肉る様に微笑んだ。

「俺はアンタに忠誠を誓った訳じゃない。自分の番を愛でたいだけだ」
アレクサンダーの言葉を聴いた瞬間に碧蘭の空気が変わる。
番契約は神でさえ無効化するのは難しい。
物理的にジュードとアレクサンダーの間に碧蘭は入れない。
故に碧蘭の悔しさは募るばかりだ。
ザワザワと空気が張り詰め霊圧が上がっていく。

「碧蘭様。御手を。
私の野心家の戦うオメガ。
どうぞ、ご指導ください」

ジュードが碧蘭の機嫌をとるように手を握ると聖域に行きましょうと屋敷の移転魔法陣がある場所に足を進める。

アレクサンダーが一人残される。
ジュードが振り返り、書斎の机の上にある本を見てくださいとアレクサンダーを振り返った。

静かになった書斎で、言われた通り本を開くと栞に紫と金のインクで歌が書かれている。

『君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな』

とても古い歌だ

君のためになら惜しくもない命も、長生きがしたいと思うようになりました

アレクサンダーの紫金の目に涙がたまる。ジュードの体を大事にしてくれとアレクサンダーが話したのに、歌で返事をしてくれたのだろう。

歌に呪がかかっていたのか、口の中にオレンジの味がする。
アレクサンダーの好物だ。ジュードの心遣いに胸が熱くなるのをアレクサンダーは感じた。

「野心家のオメガだって、俺の番は俺にだけ愛らしい。
いとしいジュード愛してる」

アレクサンダーも歌を一つ作ると、栞の裏に書き込む。
こうして、アレクサンダーとジュードは密かに愛を育んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

孤塁の縁 第二章 ~死装束の少年~

上野たすく
BL
こちらは「孤塁の縁 第一章 ~出会い編~」のつづきになります。 視点や時間(現在、過去など)が変わります。 主な登場人物 結川孤 / エニシ / 縁 / ルイ / 景虎 あらすじ 伝説の鳥、羽咋の手がかりを追って、ソロの町へ立ち寄った孤達であったが、特異体質者と思われる少年に孤がさらわれてしまう。エニシと縁は、孤を救うために、オーガストと名乗る青年と手を組むのだった。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...