野心家オメガの独立戦争

大福

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6.自分の番

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生あくびをしながら、アレクサンダーはヴァルトロメオ家の調理場にはいる。

早朝のキッチンは、朝焼けで青く沈んでいて静謐な光を放っている。
硝煙と人間の肉の焦げた匂いも呪詛の詠唱もない。

ここは静かなキッチンで、ありふれた日常だ。

野菜は鮮度が良いものを。食材は消化に良いものを。調味料は味がよく香りが優しいものを厳選した。

温野菜のサラダに、朝取り立てのトマト、きのこのチーズリゾットに、卵料理、バターは最高級品を用意した。

長年の恋人に振られた翌日には、運命の番ができて浮かれている自分に嫌になる。

他人の番を守り愛していたアレクサンダーにとっては、限りなく嬉しくて堪らない。

ジュードは勝手に愛されるのは嫌だと言っていた。これ以上の干渉はさけようと、カートに食事を載せると、カルロスの秘書官のソフィアに声をかけた。

「坊ちゃん、顔がにやけてますよ」
いつも鉄面皮のアレクサンダーの変化にソフィアは、おかしそうに笑った。


ノックの音でジュードは、慌てて寝台から体を起こす。体は後処理がされ、綺麗に清められ服を着せられてた。


ジュードは平均より細いとはいえ身長はかなり高い。成人男性の面倒をみるなど骨が折れたのでは。気を失ったなど自分の醜態に赤くなる。

それに…背中を見られたかもしれない。
催淫剤の打たれすぎて、薬の効きにくいジュードは背中をムチで打たれた傷が薄く残っている。

「最悪だ…」

起き上がり自分の状況を確認するために姿見をみて、愕然とする。「この髪は……」亜麻色の長い髪は冠のように美しく編み込まれいた。

「何ですか、これは?」

予想外のことに、
気持ちが動転する。

それに、気分は悪いが体調がすこぶる良い。客とは、こんなことは起こらない。
番契約の効果だろうか…手足が軽かった。

「アレクサンダー坊ちゃんは手先が器用です。お加減はいかが?」

様子を見に部屋に入ってきた教育係のソフィアが換気の為に窓をあける。

「坊ちゃんは健啖家で料理が得意です。全ての食事を自分で作りました」
優雅なデザインのカートに乗せられ食事が運ばれる。

ソフィアは情報端末で、ジュードの体内にある小型電子チップからヴァイタルの確認をとる。Ωの体質は繊細で不安定だ。

諦めたことだが、自分がモルモットの様で嫌気がさす。

「こんなにジュード坊ちゃんに愛されていて、私は嬉しいですわ。」

「ソフィアさん……坊ちゃんは、やめて下さい。」
「貴方を二年間、教育しました。番になれたことが嬉しいのです」
ソフィアは彼を愛称で呼んだ。


彼女はヴァルロメオ侯爵の秘書であり元軍人で何の因果か、あのモナークの母親であった人物だ。何故、ヴァルロメオ家で秘書官をやっているのかは謎である。現在は、ジュードの上司で教育係りだ。


東の大国で公務員になり、さらに軍人として戦い方から教養までの生き方を彼女に教えられた。
18歳まで西の国の王族の末裔として躾けられていたジュードは、水をすう砂の様にソフィアの教えてを吸収して目を見張るものがあった。

カルロス将軍の指示で、天界との国境である『橋』の高級遊郭から男娼ジュードを一目みてアレクサンダーの運命の番だと見抜いた彼女の第六感は侮りがたい。


「アレクサンダー坊ちゃんは、ジュード坊っちゃんを幸せにしてくれますわ」
ソフィアは、ジュードの亜麻色の髪をみつめた。

「私は…幸せになる資格なんてありません」

番になることを認めたと言え、誰かに囲われる幸せなんて、地獄だ。

ジュードは俯くと唇を噛み締めたのだった。出自は誰にも教えていない、だって自分は東の国の敵国。西の大国の古い王族だ。初めから彼達を裏切っている。

「ソフィア。ジュードを甘やかすな。明日、王宮でタントラ枢機卿と女王白薔薇と謁見だ」

緊張感がジュードを支配する。挑むように彼は寝台をおりてヴァルトロメオ侯爵カルロスに貴族の礼をする。

「当主カルロス様、このジュードめは、ヴァルトロメオ侯爵家に拾われたご恩をお返しします。」

当主のカルロスはジュードの決意に満足そうに頷いた。
「その覚悟や大義だ」

「カルロス様、ジュード坊っちゃんを泣かせたら承知しませんからね」
ソフィアは、ジュードが幸せになる事を心から願っているのだ。

「それは、これからのジュードの行動次第だ」

カルロスが静かに言葉を投げる。
そこにノックの音がした。

「早急すぎる!
親父、ジュードを借りるぞ。女王との謁見が明日なんて聞いてない!」ノックと同時にアレクサンダーが部屋に乱入し、カルロスを問い詰める。

アレクサンダーの服装は、昨日の深緑色の軍服とちがい、皮のライダージャケットにTシャツにジーパンとカジュアルだ。軍服の堅苦しさが抜けて彼は、二十歳の年相応の青年に見えた。

「番ができたと早朝に報告したら、5分もしないで連絡をよこした。明日、には王宮で女王白薔薇と謁見だ」

カルロスが車椅子の上からアレクサンダーで静かにしろと牽制する。

「白薔薇の奴。ピリピリしてやがる。
ソフィア、ジュードは暫く仕事は休みだと聞いた」

アレクサンダーが父親の視線を睨みかえしてソフィアに話をふった。ジュードの仕事のスケジュールは全て上司のソフィアの管理下にある。

「省庁にはジュードの休暇届けをだしてあります。なにせ有給が溜まってます。因みに、お二人にはすでに、結婚しています。婚姻届は区役所に出させてもらってますわ」

有無を言わなさないヴァルトロメオ侯爵家のやり方に流石のジュードも声をあらげた。

「私の意思を無視しないで下さい!後で、取り下げさせて貰います。」
ジュードは鬼の形相だ。

カルロスが車椅子の上からジュードを宥めるが。

「ジュード。お前には人間だけでなく、他にも求める者がいる。
私としては、二年間。お前を守ってきた。これは、あやつらに対しての牽制だ。もうすぐ制約が切れる」
カルロス侯爵が胸元を抑える。

「親父、あんた体が悪いのに人間以外と制約したのか?」

アレクサンダーが語気を強める。この世界には人間界以外に、天界、龍界、鬼界がある。

東の国の貴族達は力を得る為に、この人間以外の物達から加護を受ける為に『制約』として大切な何かを対価に契約を結ぶ。

「お体の悪いカルロス様に、お二人とも詰め寄らないでください。
更に悪い知らせです。
女王から坊ちゃんの謹慎が二週に短くなりました。すぐに前戦地帯に戻る予定です」

ソフィアが容赦なく現実をつきつける。
「二日前までは、謹慎は一カ月だと令状がとどいたはず」

ジュードが腕の時計型の情報端末を見ると、データが書き換わっていた。
「これは、抗議するべきです!」

眼をつりあげるジュードにアレクサンダーが苦笑いする。

「これが女王のやり方だ」

「納得できません。」

「番と引き離す嫌がらせだろ。迷惑をかけてすまない。」
アレクサンダーが眉根をおとす。


「いえ…アレクサンダーは何も悪くありません」
ジュードは心の中でため息をつく。白薔薇の精神は年齢よりも低くなかろうか。

アレクサンダーと番になってまだ二日目だ。いくら割り切った関係を希望していても、少し…ほんの少しばかり寂しい気持ちがある。

アレクサンダーの大きな手が目の前に現れた。

「食事がおわったら、デートにいかないか。連れて行きたい所があるんだ」

「え?」

余りのことに驚いてジュードは思わず手をにぎってしまった。

「逃げるなよ」
微笑むとアレクサンダーは嬉しそうに目を細めた。
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