1 / 27
1.αとΩと愛と呪い
しおりを挟む広い部屋のなかで、白いうなじをスルリとなでた。
痛いくらいに肌が泡立つ。
「運命の番か長年の恋人か、あなたはどちらを選びますかね?」
ジュードは一人つぶやく。
ヴァルトロメ侯爵、子息、アレクサンダーが王宮から返還される。
絶対に番契約を成立させる為に、薬を自ら飲んだΩのジュードとαのアレクサンダーは、密室に二人きりにさせられた。
女王白薔薇は、番のモナークを連れて国外に逃亡したアレクサンダーを拘束。
モナークは恋人の釈放を懇願した。
ヴァルロメオ侯爵家の領地の存続の証明にアレクサンダーに新しい番を作る事を強制したからだ。
愛の無い番契約をすれば地位と名誉が手にはいる。
Ωのジュード襟首のボタンに手をかけた。広い部屋を与えてられ、男娼時代のとおり、服を脱いで寝台の冷たいシーツの上で待つ。
「素肌は慣れないですね」
カツン、カツンの赤い被毛の絨毯に軍靴の音がする。ジュードは敏感にその音に敏感に反応した。
「あんたが親父が用意したΩかよ」
一方、深緑の軍服を身に纏う特級αのアレクサンダーは勇ましい。高い階級章と幾つもの勲章で飾られていた。
裸のジュードと軍服に身を包んだアレクサンダー。二人の立場の違いが際立つ。ジュードはその不釣り合いに皮肉を感じ、苦笑いを浮かべた。
「お初にお目にかかります、次期当主様。ジュードと申します。」
翠玉に縁どられた知性溢れる一対の瞳。妖艶な肌に亜麻色の長い髪が膝の上で流れる。
「話に聞いてた以上に、あんた、凄い美人だな」
アレクサンダーが、恥ずかしげに眼差しを伏せる。
「ありがとうございます」
Ωとα、二つの種は決して平等でない。それでもΩはαをそのフェロモンの香りで魅了する。
「遺伝子相性120%の運命の番って、本当らしいな…俺の好きな柑橘系の紅茶の香りがする!」
アレクサンダーは、苛立ちを込めて美しい紫がかった珍しい黒髪をかきむしる。
「寝台にどうぞ」
「誰が寝るもんか!あんたが親父の選んだΩかよ……正直、俺のタイプで驚いたよ。あいつも抜け目ないな」
高級男娼を経験した、ジュードは冷静に観察する。精悍な顔立ちと彫刻のような鍛えられた肉体。軍人としては優秀そうだ。
「私の誘惑になびかないとは、理性的な方とお見受けします。その首の電子錠は?」
ヴァルトロメオ侯爵家は東の国で珍しい人体改造推進派で、長男アレクサンダーもサイボーグである。
彼の首の電子チッププラグには電子錠が差し込まれ、自身で神経を操作を封印されていた。彼は今、無力にちかい。
「番契約すれば、これは解除できるんだってよ」
アレクサンダーの吐き捨てるような口調に、ジュードは手招きする。
「首を噛んでどうぞ。貴方は自由になる」
「俺の自由と引き換えに、あんたの首をかむなんて悪趣味だ。Ωにとって、それは大切な物だろ!!」
アレクサンダーの正義感の強い真っ直ぐな瞳に、ジュードは一瞬けおされた。
その言葉には迷う。二十四年間守ってきた大切な首。
「自分の尊厳か他人の自由かを天秤にかけることに疑問があると?
私は、高級男娼として自由を奪われた経験から、電子錠に怒りを感じます」
ジュードの声は強い意思を含んで鋭い。
「はっ!?あんた、公務員の他にそんな経験があったのか。なおさら首なんて噛めない!」
アレクサンダーが、麗しい装飾の壁に背中をつけて後退した。首を噛むつもりは無いらしい。
「首を噛んでいただいて、構いません。これは務めです」
ジュードは紫のシルクの天蓋に象牙の柱のある寝台で、長い足を組んで悠然と寝台で構える。
まるで、玉座にすわる王族のように。
「強気だな。信念でもあるのかよ?」
「私は目の前で誰かが犠牲になるのを見るのが嫌だ。Ωが社会の中で追いやられて、酷い目にあっているのも見てきた。貴方はαだけど、今は被害者です」
ジュード自身は強い上昇思考がある。
元男娼からヴァルロメオ侯爵家の長男の婚約者になれる。この決意は、侯爵家に買われた時から決めていた。
「何を企んでる?それに、催淫剤を飲んだのに余裕だな」
ジュードは、胎にじわじわと鈍く広がる痛みにも似た快感を堪えて冷静を装う。
高級娼館でどれ程の屈辱を味わったか…貴族のαには分から無いだろう。
ジュードは、寝台から立ち上がる。
しなやかな腕が、ゆるりと近づく。
「触るな!」
強い拒否反応。このαは自己を犠牲にしてまで愛したΩを忘れないだろう。
「では、貴方から噛んで下さい」
ジュードが優美な仕草で髪をかき上げれば、アレクサンダーはごくりと喉を鳴らした。
彼が高級男娼からヴァルトロメオ家に身請けされた理由は、アレクサンダーとの遺伝子相性の高さだ。
「フェロモンに騙されるか!それに、電子錠までつけられて、清々しい気分だよ」
意外な発言にジュードは思わず呟いた。
「清々しい…?」
「これで、自分の気持ちに正直になれる。俺は人工義体だから、脳にトラッキング機能を持っている。それを利用して、愛する者に『愛してる』と言えないバグを自分に埋め込んだ」
ジュードは、驚いた。αはΩの謙信的な愛情を食い散らかすのは見てきた。
「αの貴方は、Ωに献身的な愛を捧げた。どうしてバクを自分に?」
「モナークと両思いになり、『愛してる』や『好きだよ』と相手が告白した途端、死ぬ。という呪いがあった。
だから、今なら言えるんだ。俺はあいつを愛してたって…」
アレクサンダーが苦々しく呟いた。
「なんて呪い….愛してたって過去形ですか?」
「振られた。モナークは番の女王白薔薇の元へ戻った。女王は、ある事情でモナークの発情期の相手ができない。俺は八年間一緒にいた。アイツは俺のΩで相棒だと思った…」
アレクサンダーの独白。このαは他人の番を本気で愛して謙信的な愛を捧げた。まるでΩのように。
「関係を終わらせるには、何か大きな原因があったんですね」
ジュードが冷静に判断する。
「俺なりに頑張ったよ。呪いに負けないように、『愛してる』って言わなくても、気持ちを行動で伝えてきた。
だけど、呪いには勝てなかった」
アレクサンダーは涙を堪えるように上を向いた。
「もう一つ呪いがあった。愛する相手と一緒にいると、その相手の寿命が短くなるんだ」
「そんなひどい呪いが…」
その言葉は背筋に氷が滑るような冷たさがあった。
「モナークは、俺との南大陸への逃亡を諦めて、女王白薔薇の番に戻る決断をした。俺の寿命はその時点で八年間に半減していた。それでも一緒にいたい。寿命をあげるから共に逃げようと伝えたんだ。」
「モナークは、逃亡より貴方の寿命を優先した」
アレクサンダーの言葉に、ジュードの心が痛み、涙が溢れた。
10
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる