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第一章
第6話 抗う者
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この世界で一夜を過ごすのに必要な条件は三つ。ゾンビもどきが入らない塀があることと、世界が滅亡した時に人が居なかったであろう場所、そして屋根があること。
普通の住宅では鍵が閉まっていればそもそも這入ることが出来ないが、その上でゾンビもどきがいる可能性が高い。仮に窓でも割って侵入することが出来たとしても、それは自殺行為だ。ベストなのは塀で囲まれた外門のある企業の建物か、学校だ。そのどちらも流星群が落ちてきた時に無人だった可能性が高い。その中で出来得る限り安全な場所を選びたいところだが、すでに夕暮れだ。早く隠れなければ、時期に奴らの時間がやってきてしまう。
「ん? あそこは――幼稚園か」
周囲に高い建物も無いし、警戒しながら夜を明かすには丁度いいかもしれないな。門の高さは一メートル五十センチ程度か。現状では階段の昇り降りができることはわかっているが、この高さならわざわざよじ登ってくることは無いだろう。
「よいっ、しょ」
門の越えて向こう側に着地した。人の気配があるかは微妙なところだが、生きている者が逃げ込んだので無ければ、居るのは園長くらいだろう。問題はゾンビもどきか否か――少なくともいつでも銃を抜ける準備をしておく必要がありそうだ。
あとは入口が――というか、このガラス扉が開けばいいが……開いた。割らなくて済んだのは良かったが嫌な予感がするな。とりあえずは、すぐ目の前のドアを開けて中に踏み入れると右上から影が振ってくるのに気が付いた。
バキッ――
咄嗟に持っていたスケートボードを抱え上げると衝撃を受けて割れてしまった。その瞬間に左側に避けて、抜いた銃を構えるとツンツン頭の高校生くらいの男と目が合った。
「〝人間か?〟」
声が揃ったということは、つまりお互いに人間だということだ。それを確認すると、俺は銃を仕舞い、男は血塗れの木刀を下ろした。
「生き残っている者がいたか。他にも居るのか? ……助けは必要か?」
問い掛けると怪訝そうな顔をした男は、上から下へと俺を値踏みするように視線を向けてきた。
「……あんたは自衛隊か何かか? 救助をしに来たようには見えないが」
銃を持っているイコール警察か自衛隊。今の俺の服装的に自衛隊と判断したわけか。
「残念ながら両方外れだ。まずは自己紹介だったな。戎崎零士。ちょっとばかし生き残ることに長けた普通の大学生だ」
「……俺は央村修司。高校生……だった。ここには俺以外に六人いる。一応言っておくが、この場所にもう一人を匿う余裕はない」
警戒しつつ恐る恐る、って感じが諸に伝わってくる。まぁ、こっちは銃を持っているわけだしそんな反応になるか。
「別に匿ってもらうつもりは無い。今日、一晩だけこの場に留まらせてもらえればそれでいいだけだ。何かを要求するつもりも無いしな。なんなら夜の番を任せてもらっても良い。どうだ?」
「それなら――いや、俺の一存では決められません。とりあえずは、まぁ……スケボーを壊してしまいましたし……安全な場所まで案内します」
そういえば、二人の間には無惨にも散ったスケートボードがあった。申し訳なさそうにしているが、別に買ったものでも無いし、と思ったがせっかく気を許し掛けているのだから黙っておくことにしよう。
連れられて行ったのは幼稚園の建物から繋がる小さな体育館だった。入口には椅子やテーブルがバリケードのように組み立てられていて、中に這入るには二、三、二の手順で手を叩くと向こう側から差し出される梯子を上っていくしかなかった。たったの数日でここまでの隠れ場所を作り上げたのは素晴らしい。シンプルだが、生き延びる確率は格段に上がるだろう。
降り立った先に居たのは無精髭を生やした背の高い細身の男だった。
「修司。その人は?」
「一晩泊めてもらいたいそうです」
「……なるほど。武蔵小次郎です。そちらは?」
「戎崎零士。先程も修司くんに言いましたが、一晩だけ留まらせていただければそれ以外には何も要求しません。どうやら――あなた方も守るものが多そうだ」
おそらく武蔵の歳は三十代後半くらいだろう。そして、空気からしてこの場を仕切っているのも武蔵だ。その背後に居るのは幼稚園児くらいの子供が男女で一人ずつと、その子供をあやす様に寄り添っているのが中学生くらいの女の子二人。同じ顔、ってことは双子か。あとは積み上げた段ボールを背にして座り、こちらを睨んでいるホスト風の男。耳のピアスが凄いな。まぁ、それはそれとして。
「俺は元警官でね、戎崎くん。町を守る交番の制服警官というやつだが、おかげで身に付いた特技がある。それは目の前を通る一般人が――悪人かどうかを見極める眼だ」
「ふむ。それで、俺はどうですか?」
向けられた視線を真っ直ぐに返していると、武蔵が不意にフッと笑ってみせた。
「信頼しよう。さっき、あなた方もと言ったな? つまり、君にも守るものがあるということか?」
「ああ――簡潔に話すと、俺は生存者を探して回っているんだが、その過程で一緒に行動していた奴らと別れてしまって合流を計っているところなんだ」
すると、脇で話を聞いていた修司が身を乗り出してきた。
「生存者を探している!? ってことは、救助に来たんですか!?」
「救助とは少し違うな。絶対に安全を保障することなんて出来ないし、詳しいことは言えないが避難所があるであろう場所に向かうには当然、危険も伴うだろう。それらを考慮した上で、助かりたいと望む者は連れて行くって感じだ。偽善だが……救助じゃない」
「望む者、は……」
考えるように俯いた修司の肩に手を置いた武蔵が間を割るように入ってくると、諦めているような笑顔を見せて、微かに顔を振った。
「まぁ、夜は長い。これまでのこと、これからのこと。生き残るために情報交換をしようじゃないか」
日が落ちるのと共に修司と交替するようにホスト風の男が体育館から出ていった。
とりあえずはこちらを警戒している双子を怖がらせないよう対角になる場所に腰を下ろして傍らにバックパックを置いた。幼稚園児の男の子はノートに絵を描き、女の子は双子の片割れに膝枕をしてもらい眠ったままだ。子供は気楽なくらいが丁度いい。責任を負うのも、問題に対処するのも大人だけで良いんだ。
などと現状把握をしていると、武蔵と修司がこちらにやってきてパンとペットボトルの水を差し出してきた。
「何も要らないと言っていましたが、せめてこれくらいは」
「そうか……助かる」
こちらはこちらで保存食を持っているが、貰えるものは貰っておこう。時には好意に甘えることも生きるためだ。
「さて。さっき修司とも話し合ったんだが、少し聞いても良いか?」
「まぁ、大体の予想は付くが、なんだ?」
「望む者は助ける、と言ったな? 具体的にはどうするんだ?」
どこまで話すべきなのか。この場で相手が善人か悪人かを判断する意味は無いだろう。問題はこの先も生き残れるのかどうか――そして、核心に触れずとも付いてくる意志があるのかどうか、だ。
「あまり詳しくは言えないが、俺はこういう世界になったときのためにと仲間たちと共に隔離施設を作っておいたんだ。望めばそこに案内するが、詳細な場所については教えられない」
「隔離施設か。それはここから遠いのか?」
「近くは無いな」
そう言うと、考えるように俯いた武蔵に代わって修司が口を開いた。
「そこは……その施設というのは安全に暮らしていける場所なんですか?」
「まぁ、暫定的にはそうだな。浄水施設、発電施設に加えて各種植物の種やそれを植える畑や田んぼ、川があるから魚も獲れるし養殖場を作ることも出来る。現状ではコンテナハウスを用意してあるが、避難民が増えれば簡易的な家を建てることも可能だろう。それくらいの準備がある場所だ。暮らすには十分だと思うが、百パーセント安全かは奴ら次第だろうな」
嘘を吐くつもりは無い。真実を知っても尚、信じない者は居るし、少なくとも希望が無ければ今を乗り越えるのが難しいときはある。
「……助かる可能性がある……?」
呟くように自問自答した修司は武蔵の肩を叩くと、二人してこちらに背を向けて小声で話し合いを始めた。
そんな背中を眺めながら包装を開けたパンを齧り、水を飲みながら、同じように食事を取っている子供たちのほうに目を向けると未だに寝続けている園児に気が付いた。呼吸が荒く、膝枕をしていない双子の片割れがハンカチで汗を拭いているようだ。
様子を窺おうと腰を浮かしたとき、丁度話し合いを終えた二人が振り返ってきた。
「望めば、俺たちも連れて行ってくれるのか?」
「望めば誰であろうと手を差し伸べるのが俺の役目だ。だが、その場所に辿り着くまでの安全は保障できないぞ? それでも来るか?」
二人は顔を見合わせて、静かに深呼吸をした。
「ああ、頼みたい」
「ここよりも安全な場所があるのなら、お願いします」
頭を下げる二人だが、それよりも微かに聞こえてくる呼吸音が気になって立ち上がった。
「その前に確認したいことがある」
近付いていくと双子は警戒するように体を強張らせたが、そんなことより女の子だ。手を伸ばして肌に触れると熱を持っていた。おそらく三十八度以上。肩に触れてみるが、さすがに子供では硬直しているかわかりにくい。
「なんだ? どうした?」
「調子が悪そうだ。戎崎さん、何が起きているんですか?」
二人も気が付いてなかったか。俺もついさっき気が付いたところだし無理もない。
「体温が高い。どこか怪我をしているか?」
「子供だ。怪我くらいするだろう」
確かにそうだ。可能性は低いと思うが、それでも確認しないわけにはいかない。
「この子の名前は?」
問い掛けると、膝枕をしていた双子の片割れが驚いたように目を見開いた。
「あ、えっと、れなちゃんです」
「れな。れな? 聞こえているか? 喋れるか? 口を、開けられるか?」
微かに開いた目がこちらを捉えたのを見て、口を開いて、とジェスチャーをするが唇が震えるだけで開く気配が無い。
……可能性として無くは無い、というレベルだが。
「破傷風に掛かっているかもしれないな。予防接種を受けているはずだから何とも言えないが……」
「治るのか!?」
「それほど重症ではなさそうだが放っておけばマズいかもしれない」
「どうすればいいですか? 薬とか……たぶん、薬局でも探せば――」
「いや、薬局にある抗生物質では効果が無い。破傷風で無ければ解熱剤と栄養補給で大丈夫だと思うが……やっぱり薬は有ったほうが良いな。それに、この人数を連れて動くのには武器が足りない」
「それはいったい……?」
どういう意味なのか? と言いたそうだ。本当は那奈たちと合流してからのつもりだったが、状況が状況なだけに予定を早めるしかない。
「薬と武器を取りに行ってくる。お前らは待っていてくれ」
「ちょっと待て! そんな――抗生物質なんだろ? 素人が下手に使うもんじゃないだろ!?」
「ん? ……ああ、言ってなかったか。安心しろよ。俺は医大生だ」
普通の住宅では鍵が閉まっていればそもそも這入ることが出来ないが、その上でゾンビもどきがいる可能性が高い。仮に窓でも割って侵入することが出来たとしても、それは自殺行為だ。ベストなのは塀で囲まれた外門のある企業の建物か、学校だ。そのどちらも流星群が落ちてきた時に無人だった可能性が高い。その中で出来得る限り安全な場所を選びたいところだが、すでに夕暮れだ。早く隠れなければ、時期に奴らの時間がやってきてしまう。
「ん? あそこは――幼稚園か」
周囲に高い建物も無いし、警戒しながら夜を明かすには丁度いいかもしれないな。門の高さは一メートル五十センチ程度か。現状では階段の昇り降りができることはわかっているが、この高さならわざわざよじ登ってくることは無いだろう。
「よいっ、しょ」
門の越えて向こう側に着地した。人の気配があるかは微妙なところだが、生きている者が逃げ込んだので無ければ、居るのは園長くらいだろう。問題はゾンビもどきか否か――少なくともいつでも銃を抜ける準備をしておく必要がありそうだ。
あとは入口が――というか、このガラス扉が開けばいいが……開いた。割らなくて済んだのは良かったが嫌な予感がするな。とりあえずは、すぐ目の前のドアを開けて中に踏み入れると右上から影が振ってくるのに気が付いた。
バキッ――
咄嗟に持っていたスケートボードを抱え上げると衝撃を受けて割れてしまった。その瞬間に左側に避けて、抜いた銃を構えるとツンツン頭の高校生くらいの男と目が合った。
「〝人間か?〟」
声が揃ったということは、つまりお互いに人間だということだ。それを確認すると、俺は銃を仕舞い、男は血塗れの木刀を下ろした。
「生き残っている者がいたか。他にも居るのか? ……助けは必要か?」
問い掛けると怪訝そうな顔をした男は、上から下へと俺を値踏みするように視線を向けてきた。
「……あんたは自衛隊か何かか? 救助をしに来たようには見えないが」
銃を持っているイコール警察か自衛隊。今の俺の服装的に自衛隊と判断したわけか。
「残念ながら両方外れだ。まずは自己紹介だったな。戎崎零士。ちょっとばかし生き残ることに長けた普通の大学生だ」
「……俺は央村修司。高校生……だった。ここには俺以外に六人いる。一応言っておくが、この場所にもう一人を匿う余裕はない」
警戒しつつ恐る恐る、って感じが諸に伝わってくる。まぁ、こっちは銃を持っているわけだしそんな反応になるか。
「別に匿ってもらうつもりは無い。今日、一晩だけこの場に留まらせてもらえればそれでいいだけだ。何かを要求するつもりも無いしな。なんなら夜の番を任せてもらっても良い。どうだ?」
「それなら――いや、俺の一存では決められません。とりあえずは、まぁ……スケボーを壊してしまいましたし……安全な場所まで案内します」
そういえば、二人の間には無惨にも散ったスケートボードがあった。申し訳なさそうにしているが、別に買ったものでも無いし、と思ったがせっかく気を許し掛けているのだから黙っておくことにしよう。
連れられて行ったのは幼稚園の建物から繋がる小さな体育館だった。入口には椅子やテーブルがバリケードのように組み立てられていて、中に這入るには二、三、二の手順で手を叩くと向こう側から差し出される梯子を上っていくしかなかった。たったの数日でここまでの隠れ場所を作り上げたのは素晴らしい。シンプルだが、生き延びる確率は格段に上がるだろう。
降り立った先に居たのは無精髭を生やした背の高い細身の男だった。
「修司。その人は?」
「一晩泊めてもらいたいそうです」
「……なるほど。武蔵小次郎です。そちらは?」
「戎崎零士。先程も修司くんに言いましたが、一晩だけ留まらせていただければそれ以外には何も要求しません。どうやら――あなた方も守るものが多そうだ」
おそらく武蔵の歳は三十代後半くらいだろう。そして、空気からしてこの場を仕切っているのも武蔵だ。その背後に居るのは幼稚園児くらいの子供が男女で一人ずつと、その子供をあやす様に寄り添っているのが中学生くらいの女の子二人。同じ顔、ってことは双子か。あとは積み上げた段ボールを背にして座り、こちらを睨んでいるホスト風の男。耳のピアスが凄いな。まぁ、それはそれとして。
「俺は元警官でね、戎崎くん。町を守る交番の制服警官というやつだが、おかげで身に付いた特技がある。それは目の前を通る一般人が――悪人かどうかを見極める眼だ」
「ふむ。それで、俺はどうですか?」
向けられた視線を真っ直ぐに返していると、武蔵が不意にフッと笑ってみせた。
「信頼しよう。さっき、あなた方もと言ったな? つまり、君にも守るものがあるということか?」
「ああ――簡潔に話すと、俺は生存者を探して回っているんだが、その過程で一緒に行動していた奴らと別れてしまって合流を計っているところなんだ」
すると、脇で話を聞いていた修司が身を乗り出してきた。
「生存者を探している!? ってことは、救助に来たんですか!?」
「救助とは少し違うな。絶対に安全を保障することなんて出来ないし、詳しいことは言えないが避難所があるであろう場所に向かうには当然、危険も伴うだろう。それらを考慮した上で、助かりたいと望む者は連れて行くって感じだ。偽善だが……救助じゃない」
「望む者、は……」
考えるように俯いた修司の肩に手を置いた武蔵が間を割るように入ってくると、諦めているような笑顔を見せて、微かに顔を振った。
「まぁ、夜は長い。これまでのこと、これからのこと。生き残るために情報交換をしようじゃないか」
日が落ちるのと共に修司と交替するようにホスト風の男が体育館から出ていった。
とりあえずはこちらを警戒している双子を怖がらせないよう対角になる場所に腰を下ろして傍らにバックパックを置いた。幼稚園児の男の子はノートに絵を描き、女の子は双子の片割れに膝枕をしてもらい眠ったままだ。子供は気楽なくらいが丁度いい。責任を負うのも、問題に対処するのも大人だけで良いんだ。
などと現状把握をしていると、武蔵と修司がこちらにやってきてパンとペットボトルの水を差し出してきた。
「何も要らないと言っていましたが、せめてこれくらいは」
「そうか……助かる」
こちらはこちらで保存食を持っているが、貰えるものは貰っておこう。時には好意に甘えることも生きるためだ。
「さて。さっき修司とも話し合ったんだが、少し聞いても良いか?」
「まぁ、大体の予想は付くが、なんだ?」
「望む者は助ける、と言ったな? 具体的にはどうするんだ?」
どこまで話すべきなのか。この場で相手が善人か悪人かを判断する意味は無いだろう。問題はこの先も生き残れるのかどうか――そして、核心に触れずとも付いてくる意志があるのかどうか、だ。
「あまり詳しくは言えないが、俺はこういう世界になったときのためにと仲間たちと共に隔離施設を作っておいたんだ。望めばそこに案内するが、詳細な場所については教えられない」
「隔離施設か。それはここから遠いのか?」
「近くは無いな」
そう言うと、考えるように俯いた武蔵に代わって修司が口を開いた。
「そこは……その施設というのは安全に暮らしていける場所なんですか?」
「まぁ、暫定的にはそうだな。浄水施設、発電施設に加えて各種植物の種やそれを植える畑や田んぼ、川があるから魚も獲れるし養殖場を作ることも出来る。現状ではコンテナハウスを用意してあるが、避難民が増えれば簡易的な家を建てることも可能だろう。それくらいの準備がある場所だ。暮らすには十分だと思うが、百パーセント安全かは奴ら次第だろうな」
嘘を吐くつもりは無い。真実を知っても尚、信じない者は居るし、少なくとも希望が無ければ今を乗り越えるのが難しいときはある。
「……助かる可能性がある……?」
呟くように自問自答した修司は武蔵の肩を叩くと、二人してこちらに背を向けて小声で話し合いを始めた。
そんな背中を眺めながら包装を開けたパンを齧り、水を飲みながら、同じように食事を取っている子供たちのほうに目を向けると未だに寝続けている園児に気が付いた。呼吸が荒く、膝枕をしていない双子の片割れがハンカチで汗を拭いているようだ。
様子を窺おうと腰を浮かしたとき、丁度話し合いを終えた二人が振り返ってきた。
「望めば、俺たちも連れて行ってくれるのか?」
「望めば誰であろうと手を差し伸べるのが俺の役目だ。だが、その場所に辿り着くまでの安全は保障できないぞ? それでも来るか?」
二人は顔を見合わせて、静かに深呼吸をした。
「ああ、頼みたい」
「ここよりも安全な場所があるのなら、お願いします」
頭を下げる二人だが、それよりも微かに聞こえてくる呼吸音が気になって立ち上がった。
「その前に確認したいことがある」
近付いていくと双子は警戒するように体を強張らせたが、そんなことより女の子だ。手を伸ばして肌に触れると熱を持っていた。おそらく三十八度以上。肩に触れてみるが、さすがに子供では硬直しているかわかりにくい。
「なんだ? どうした?」
「調子が悪そうだ。戎崎さん、何が起きているんですか?」
二人も気が付いてなかったか。俺もついさっき気が付いたところだし無理もない。
「体温が高い。どこか怪我をしているか?」
「子供だ。怪我くらいするだろう」
確かにそうだ。可能性は低いと思うが、それでも確認しないわけにはいかない。
「この子の名前は?」
問い掛けると、膝枕をしていた双子の片割れが驚いたように目を見開いた。
「あ、えっと、れなちゃんです」
「れな。れな? 聞こえているか? 喋れるか? 口を、開けられるか?」
微かに開いた目がこちらを捉えたのを見て、口を開いて、とジェスチャーをするが唇が震えるだけで開く気配が無い。
……可能性として無くは無い、というレベルだが。
「破傷風に掛かっているかもしれないな。予防接種を受けているはずだから何とも言えないが……」
「治るのか!?」
「それほど重症ではなさそうだが放っておけばマズいかもしれない」
「どうすればいいですか? 薬とか……たぶん、薬局でも探せば――」
「いや、薬局にある抗生物質では効果が無い。破傷風で無ければ解熱剤と栄養補給で大丈夫だと思うが……やっぱり薬は有ったほうが良いな。それに、この人数を連れて動くのには武器が足りない」
「それはいったい……?」
どういう意味なのか? と言いたそうだ。本当は那奈たちと合流してからのつもりだったが、状況が状況なだけに予定を早めるしかない。
「薬と武器を取りに行ってくる。お前らは待っていてくれ」
「ちょっと待て! そんな――抗生物質なんだろ? 素人が下手に使うもんじゃないだろ!?」
「ん? ……ああ、言ってなかったか。安心しろよ。俺は医大生だ」
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