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休職・ボランティア

第二十五話 作戦

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 水龍・フォルスドラゴン。

 ブラックブリード・エンパイア内に存在する七種のドラゴンのうち上から三番目に位置する強さのドラゴンだ。ゲーム内の設定としては特定クエストモンスターであり、倒すことの難しい乱入モンスターとして知られている。

「これは……無理だな」

「え、サンさんでも無理なの?」

「遭遇するのは初めてだが、存在は知っていたし倒し方も知っている。だが、絶対的に戦いたくはない」

 含みのある言い方をしたサンジュウシに対して、イミルは考えるように腕を組んだが、ホーンは大剣を手に取り下を泳ぐフォルスドラゴンに敵意を剥き出した。

「けれど、理由がわかった以上――ボクはあのドラゴンを倒さなければならない。角族は、身内の仇は取るものだと教えられた」

「イミル、止めろ」

「はい! とうっ!」

 今にも飛び降りようとしていたホーンの横からイミルが飛び付くと、落ちることなく大樹の上で倒れ込んだ。

「……理由か」しゃがみ込んだまま水面を見下ろし、大樹の上の生活圏へと視線を向けた。「デッドスポットだな。侵入は可能だが、脱出は死。こういうのは大抵、スポットに入る前になんらかの仕掛けがあるものだが……気付かないうちに引っ掛かったのか、そもそも仕掛けなどないのか……」

 ゲーム上でいう入れずに出られない仕掛けは、ほぼバグのようなものだ。故に、入らずに注意することを前提として、仮に入ってしまったら死を覚悟で出るか、予め脱出用のアイテムを用意しておくしかない。

「とはいえ、脱出用アイテムは持ってないんだよな」

 ソロプレイが基本のサンジュウシは、もしデッドスポットに入ったとしても生き返ることがわかっているゲームなのだから躊躇いなく死に向かっていた。だがしかし、この世界での死が何を意味しているのかわかっていない以上は試しに死んでみることは出来ない。

「何かで気を逸らして逃げる?」

「それが出来りゃいいが……まぁ、無理だな」

 危険度の高いモンスターと対する時の基本としては、まずは出遭わないことを前提とし、出遭ったが最後――背を向けて逃げれば殺され、戦ったところで殺される。サンジュウシは何よりも出遭わないことで回避してきたわけだが、相手に認識されてしまっている以上その手は遅過ぎる。

「なら、倒すしかない。ボクなら水の中でも自由に動き回れるし、この戦いはボクのものだ。だから、その隙に二人は逃げればいい」

「……いや、どうかな。すでに目的が変わっちまってるのも事実だし――」考えるように落ちている角結晶の欠片からホーンのほうに視線を移せば、静かに息を吐いた。「渡すべき相手はもういない。だとするなら、持つべき者が持つべきだ。それはもちろん、安全な場所でだ。死地に向かう途中じゃない」

「じゃあ、ボクと一緒にを倒すのかい?」

「いや、第一目標は逃げることだ。俺の見立てが確かなら俺たち三人で戦ったところで勝てる確率は一割にも満たない。その代わり逃げ切れる確率は三割ってところだな。ホーンは大剣で、イミルは双剣。さて――どうするかな」

 背嚢の中に手を突っ込みながら、大樹の下の水の中をぐるぐると回るフォルスドラゴンを眺めるサンジュウシは思考を廻らせる。

 ――本来の実力的には危険度・九のモンスターだろうと勝つことは出来る。しかし、現状ではどう考えても体は竦み、コントローラーを握っていた時と同じように動くことは出来ない。逃げの一択は変わらないが今のところ方法は浮かばない。

「気を逸らすのは無理だ。麻痺属性の武器も持っていない。それなら気絶させるしかないが銃じゃどうにも……」言いながらイミルとホーンの武器を見た。「はぁ、他の武器は売っちまってるしな」

「イミルたちじゃ力不足?」

「イミルは相性が悪い。ホーンは経験不足。俺には武器が無……いや、違う。違うな。材料はある。なら、作ればいいのか!」気付いたように声を荒げたサンジュウシは背嚢から次々と材料を取り出しながら二人のほうを向いた。「十五分だ! 俺は武器を作る! それまでにホーンはイミルに泳ぎを教えろ!」

「あ、ああ……わかった」

 その勢いに圧されながらも承諾したホーンは早速、イミルに泳ぎ方の指導を始めた。

 サンジュウシはというと――ゲーマーとしての血が騒いでいた。自らの手で作った武器で戦う、それこそある意味で冥利に尽きる、と。

 背嚢から取り出したのは木の板で、それをハンマーとノミを使って棒状に形を変え、端を先細りに成形し、グイグイと撓りを確認した。

 次に出したのは針金蜘蛛の糸。元の世界でいうところのピアノ線のような糸で、使われる用途は多い。今回の場合、木の棒とピアノ線とくれば作っているのは――弓である。

 長距離武器の一つでもある弓だが、サンジュウシが使う銃とは決定的に違うところがある。銃は基本的に銃そのものの性能にしか違いが無い。つまり、接近戦武器のようにモンスターにとって効果の高い属性が付いているようなものは存在していないのだ。だが、長距離武器の中でも弓だけは違う。銃に比べて制約が多いこともあり、特殊な効果が付いている矢がある。

 それを踏まえた上で弓を作ったサンジュウシは次に石を取り出した。その石の名は起爆石。要は爆発する石だが、威力は然程強くなくモンスターに触れた一秒後に爆発する特殊な石である。

 その石にノミを当てハンマーを振ると丸かった起爆石を矢の先端のように尖らせ、底辺の部分に穴を開けた。

「あとは――」新たに取り出した木の棒を起爆石の尖端に差し込み、後ろの部分には風雷鳥の羽を付けて完成した。「よし。まさかここにきて職人としての技術が役に立つとはな」

 アクセサリー作りと大工として繰り返してきた作業のおかげで考えることなく弓矢を作り上げることができたサンジュウシは満足したように頷いて振り返ると、息を止める練習をしているイミルを見て、思い付いたように再び背嚢に手を伸ばした。

 布を広げて置くと、枯れ枝を握り潰して粉々にし中央に集めて包み込み、小さくまとめた。

「イミル、これを持っていけ」

「ん、これは?」

「中に酸草樹の枝を入れてある。もしも水の中で息が続かなくなったらそれを噛めば、空気が出てくるはずだ」

「ほぅ、ありがとう!」

 そう言って自らの背嚢に入れたイミルとホーンを手招きしたサンジュウシは二人を座らせて大樹の下を泳ぐフォルスドラゴンを一瞥した。

「……んじゃあ作戦を伝える。だがまぁ、実際大変なのはお前らだ。いざとなれば即逃げ――る、のは無理だからとりあえず地上に上がって来い」

「あのドラゴン相手にそれだけの余裕があるのか?」

「多分ない。けど、まぁとりあえず聞け。いいか? 作戦は――」

 作戦は伝えられた。

 ボランティアで来たはずが予想外の展開になっていることに肩を落とすサンジュウシだが、気合いを入れるように首を鳴らし息を吐いた。

 高ランクハンターが二人と、Aランクハンター並の強さを持つ者が一人。だが、危険度・九のモンスターと戦うには足りていない。故に策を廻らせる。だが、作戦の要はサンジュウシでは無い。

 イミルとホーン――彼女たちの戦いが勝敗を分けるのだ。
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