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転職・商人

第十話 キャニオンビレッジ

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 ブラックブリード・エンパイアの世界には近距離・中距離・遠距離と三種類の武器が存在している。

 近距離は短剣や長剣を始めとして、イミルの双剣、鎌やハンマーなど多種多様な形がある。性能、切れ味、打撃力、形の好みなど様々な観点から選ぶことができ、モンスターとの距離も近いことから緊迫感を味わいたいプレイヤーからは最も人気のある間合いだ。

 中距離はこの世界特有のチェーンフレイルと呼ばれる蛇腹のように伸びる槍で、先に付ける刃の形を変えたり、使われている素材によって伸びる距離などが変わる扱いにくい武器だ。使っているプレイヤーは少ないが、優れた使い手なら何者も寄せ付けぬ狂武器となる。

 そして遠距離はサンジュウシが最も得意としている銃や弓などだが、近距離・中距離と違い威力のある銃や、毒矢などでモンスターの急所を突けば一撃で倒すことができる理不尽な武器だ。しかし、その操作には繊細さを求められ、大抵のプレイヤーはそれほど遠くない距離から攻撃を避けつつモンスターを撃つ、というゲームシステムに乗っからない戦い方が横行していた。

 ゲームというのは楽しむためのものでプレイにルールはないが、MMORPGには大抵、暗黙の了解は存在している。そういう点で、サンジュウシはプレイヤーとして楽しんでいるほうでは無かったのかもしれない。

「へぇ……強いな」

 北東へ進む途中で出くわすモンスターを体の小さなイミルが双剣で斬り裂いていく姿を見たサンジュウシは感心したように呟いた。

 表情は常に自信無さげに見えるが、それでもAランクハンターとして実力は確かなものだと見定められた。

「お待たせ、しました」

「これでモンスターとの遭遇は五回目か。俺の記憶が確かならこの辺りはこんなに岩石地帯じゃなかったんだけどな」

 ゲームマップ上では大草原を北に進んでいくとダンジョン・大砂漠へと移動するはずだがイミル曰く、この先には峡谷の村・キャニオンビレッジがある、と。

「あとどれくらいだ?」

「あと、二十分、くらい」

「二十分か……日が沈むまではまだ時間があるし、どこかから村の様子を窺いたいな」

 そう言ってイミルに視線を向ければ思い出すように斜め上を向き――ハッ、と気が付いたように頷いた。

「ある。ちょっと、遠回り。良い?」

「構わん。ここまで来たんだ。慎重に事を進めよう」

 そうして向かったのはキャニオンビレッジを正面に捉える崖の上だった。ともすれば山賊からも見えてしまうのではないかという不安もありそうだが、肉眼では人影すら捉えられない距離にある。しかし、それでも二人は崖の上で俯せに寝そべり見られる可能性を極端に減らすことを選んだ。

「さて、どうなってるか」狩人の背嚢に手を伸ばしたサンジュウシは、中から双眼鏡を取り出して覗き込んだ。「……あ~、さすがに見張りは居るよな。山賊って割には良い武器持ってんな。太刀か?」

 地上にある村の門に立っている見張りを眺めていると、隣で同じように双眼鏡を覗いていたイミルがサンジュウシの腕を掴んだ。

「崖の、上」

 言われた通りに崖の上に視線を向けると山賊らしき二人が銃を構えて、村へと続く道を見下ろしていた。

「見張りが四人。この規模の村全体を制圧してるとなると、山賊の数は三十人前後ってところか? 目的はアルビノ鉱石?」

「たぶん」

「つーことは金っぽいな。だとすれば商人なら通れるはずだ。ボスは見えるか?」

「……三段目、奥。今、出てきた、大きな人」

 崖の三段目に造られた一番奥にある小屋に双眼鏡を向けると、ドアの前にひと際体が大きく山男のような風貌の者がいた。

「武器は大鉈。強そうだな……まぁ、戦うつもりも無いんだが」

 言いながら村の様子を窺うように全体を確認していると、曲がり角の先にドラゴンの片翼が見えた。

「黄色い翼ってことはサンドドラゴンか。たしか成体でも三メートル程度の小型ドラゴンだが、凶暴で危険度・八のモンスターだ。それを使役してるとなると……作戦を少し練り直すか」

「作戦?」

「ああ。必要だろ? じゃあ、村に向かいがてら話す。ほら、ストールで顔を隠せ」

「うん」

 そうして遠回りをしつつ崖を降りた二人は村へを続く一本道を進んでいた。

 商人のローブに身を包んだ二人組を発見した狙撃手が、下にいる見張りに合図を送ると太刀の柄に手を当てたまま駆け寄ってきた。

「そこで止まれ! 商人か?」

「その通り」サンジュウシは攻撃意志が無いことを示すために両手を挙げた。「おたくのボスに会わせてくれるか? 商談がある」

 すると男たちは顔を見合わせて二人に聞こえないよう小声で会話をすると、一人は村の中へ駆けて行った。

「案内する。ただし下手なことをすれば斬る。いいな?」

「問題ない。好きにしてくれ」

 キャニオンビレッジの中を進んでいくと、村人が崖を切り崩しながらアルビノ鉱石を掘り出すのを監視する山賊の姿があった。

 逸る気持ちを抑えられないように体を疼かせるイミルの肩に手を置いたサンジュウシは落ち着かせるように頷いて見せた。

 向かったのは双眼鏡で覗いていた三段目の奥にある小屋だった。すでに先に付いていた見張りの男はドアを二度ノックすると中を覗き込んだ。

「ボス、客が来ました」

「入れろ」

 野太い声にイミルはサンジュウシのローブを掴んだ。

 小屋の中に足を踏み入れると、奥には酒瓶を片手にソファーに踏ん反り返る男が居た。そこに居るだけで威圧感を与える男は正しく山賊のボスと言える風格を醸し出している。

 しかし、サンジュウシは構うことなく脇に置かれていた椅子をソファーの前に引き摺ってきてリュックをイミルに渡すと、腰を下ろした。

「二人組の行商人とは珍しい」そう言って酒を一口飲むと、見張りに向かって手を振って人払いをした。「ボスに会わせろ、と言ったらしいな。つまり、ここが俺たちに占拠されていることがわかった上で来たということだな。良い度胸だ」

「商人の世界は噂が広まるのが早い。わかった上で来ない者も多いが、敢えて来る者もいる。俺のように」

 言いながらサンジュウシの視線はボスの腰にぶら下がるドラゴンの牙に向けられている。それに気が付いたボスは傍らに置かれていた酒瓶の一つをサンジュウシのほうに投げ渡した。

「価値のわかる奴は好きだ。だが、行動に目的の無い奴は我慢ならない。商人――ここに何をしに来た?」

「決まっている」渡された酒瓶の蓋を開けると軽く掲げて見せた。「商売だ」

 するとボスは笑みを浮かべて同じように瓶を掲げると、同時に酒を口に含んだ。もちろん、サンジュウシはスカーフを軽く避けただけで外すことはせず。

「っ――はぁ」一気に酒を飲み干したサンジュウシは深く吸った息を吐きながら前のめりになった。「さぁ、始めようか」

 MMORPGであるブラックブリード・エンパイアには当然、チャット機能が存在しているがソロプレイを基本としていたサンジュウシはほとんど使用したことが無かった。ゲーム内でする会話といえばNPCとのテンプレだけで、純粋なというのはこれが初めてのことだった。

 しかし、だからといって駆け引きが出来ないわけでは無い。何故ならサンジュウシこと三嶽原十司は元よりゲーム好きな人間だ。一口にゲームといっても、相手のいないテレビゲームや、相手の見えないネットゲームだけでなく、対人のボードゲームまでが対象なのである。

 つまり――駆け引きもゲームの一つなのだ。
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