上 下
34 / 52
第二章

第34話 ゴブリン戦・開幕

しおりを挟む
 悪い予感が的中した。

 俺たちが足止めしたのは第一陣で、それは負けることを前提とした捨て駒であり、その後に来る本陣が疲弊したドワーフを討つつもりだったのだろう。そして、現状はその第一陣と本陣が合わさって大隊へと変化した。

 こちらの戦力は男のドワーフが七十とヴァイザーである俺たち。溝を挟んで向こう側にいるゴブリンは凡そ三百程度か。

 腰蓑だけを巻いている奴や防具を身に付けている奴もいるが、すべてのゴブリンが武器を手にしている。

「やっぱり多いなぁ」

 悲観的になってつい呟いてしまうくらいの差だ。

 見たところ溝が埋まっているようには見えないが、ゴブリンたちは今か今かと鼻息荒く待ち構えている。

「栞と言ったな? 奴らがこのまま攻めてくる確証はあるのか? 夜まで待たれればこちらには不利になるぞ」

「その心配はいりませんよ、ゴウジンさん。そもそも奴らの本陣はこの時間を狙ってきているんです。斥候でこちらを疲弊させ、疲れたところを一気に狙う。それに合わせて士気も高めているはずなので、今を逃すはずはない。どちらかが開戦の合図を出せば――それで」

「はいはい! サーシャがやる!」

「だ、そうですが」

 言いながらゴウジンに対して出てきたサーシャに掌を向ければ、考えるように顎髭を撫でた。

「……よし。やれ」

 すると、サーシャの手の中に高密度で光る矢が現れ放たれた瞬間――数百本の矢に分かれてゴブリン共に降り注いだ。

 断末魔のような叫び声の直後、雄叫びが響き渡ると同胞の死体を踏みつけにしたゴブリンたちが駆け出してきた。

 跳び越えられない溝は、向こう側の地面を崩して坂にして登れるくらいにまで埋め立てたようだ。

「ゴウジンさん、こちらも」

「わかっておる。投擲機! 発射!」

 張られたロープに斧を振り下ろすと、六台の投擲機に積まれた岩がゴブリンの群れに降り注いだ。

「おぉおぉ、自明の理だ。兵器はどの世界でも脅威だね」

「奴らが怯んだぞ! 儂に続けぇええ!」

 駆け出したゴウジンに続いて、雄叫びを上げたドワーフたちが一斉にゴブリンに向かっていった。

「栞、アタイらは?」

「ロットーはあまり前に出過ぎるな。俺とサーシャで援護する。ハティは……好きに暴れろ」

 そう告げると、ハティは笑顔を見せて狼に姿を変え戦場へと駆け出していった。

「サーシャは屋根に登るね~」

 その言葉を背中で聞きながら、こちらはスリングショットを手に、腰に下げた布袋に入れた鉄屑の弾を取り出した。

 昨日のうちに微調整は済ませてある。とはいえ、当たるかどうかは不安だから少し離れたところにいるゴブリンを――撃つ。

「おっ、ギリギリだな。狙うなら頭じゃなく胴体か」

 貰った鉄屑のおかげで貫通力はある。

 ナイフを投げるロットーに近付くゴブリンを撃ち抜いていると、頭上を過ぎていく光の矢は一気に数匹を殺していく。別に比べる意味は無い。こちらは一つ一つ確実に行こう。

 次から次にやってくるゴブリンを撃っていると、投擲機を準備していたドワーフが前に出た。

「二発目、装填完了だ!」

「よし! 全員退け!」

 ゴウジンの言葉にドワーフと一緒にロットーとハティが退いてくると、それを追ってくるゴブリンを撃ち抜いた。

「サーシャ!」

「わかってるよ~」

 追ってくるゴブリンをサーシャの矢と俺のスリングショットで足止めし、ドワーフたちが戻ったのを確かめたゴウジンが声を上げた。

「放てぇええ!」

 降り注ぐ岩がゴブリンを潰すが、その後ろから変わらぬ数のゴブリンが飛び出してきた。勢いは止まることもなく、か。

「長老! これで打ち止めだ!」

 弾切れ。まぁ、投擲機で十二発分も撃ち込めれば十分だろう。

「あとは白兵戦だ! 一匹たりともこちら側には入れるな!」

「〝おぉー!〟」

 すると、斧や剣を手にしたドワーフたちが向かってくるゴブリンと武器を交わせた。

 白兵戦か。兵士がいるのだから、その言葉自体があることは不思議ではないが、そもそもこの世界で言う戦争には兵器を用いた歴史が無い。ある意味でヴァイザーを兵器と考えるのであれば、それ以外の戦いを白兵戦と呼んで然るべき、か?

「栞、ゴブリンの数が多い。アタイらも行くぞ」

 思考が散漫とするのはいつものことだが、時と場所を考えろ。今は目の前の戦いに集中しなければ勝てるものも勝てない。

「サーシャ、援護を頼む」

「りょ~かい!」

 スリングショットを背嚢に仕舞い、両手に取り出した斧を握り締めて駆け出した。

 腰高のゴブリンの頭を斬り飛ばし、斧を投げ――近付いてきた顔を蹴り倒し、取り出した剣を突き立てた。

「っ――!」

 放り投げられた槍が肩に刺さったが、すぐに引き抜きその槍で迫ってくるゴブリンの胴体を貫いた。次々とやってくるゴブリンに、取り出した鎖を振り回して威嚇しながら距離を取り、布袋の中の鉄屑を鷲掴んで力一杯に投げ付ければ、目が潰れたところにサーシャの矢が突き刺さった。

 一体一体は大して強くも無いが、数が多くて厄介だ。死ぬことを躊躇わず突っ込んでくるのは達が悪い。

 気が付けば、投擲機で投げ込んだ岩が転がっている前線まで来てしまった。

「栞!」

 サーシャの声に振り返れば、転がった岩の影に潜んでいたゴブリンの頭を矢が貫いた。

 感謝するように頷き、岩を背に周囲を見回せば怒声と叫び声が入り混じり、至る所で血が流れている。

 ――斧や剣では重くて手が回らない。剣針を抜き、取り出した鎖を腕に巻いた。

「さぁ、行こう」

 気合いを入れ直し、向かってくるゴブリンを殴り飛ばした。

 剣針を突き刺し、鎖でゴブリンの武器を防ぎ、蹴り飛ばして踏み潰す。五体目を刺したところで刃が折れて、即座に替え刃を出して付け替えた。

「っ!」

 背中に受けた衝撃に振り返りながら腕を振れば、ゴブリンの頭を殴り飛ばした。

 残る痛みに手を伸ばせば、腰より少し上にナイフが突き刺さっている。抜けば出血多量、細菌感染のリスクはあるが刺さったままでは傷口が塞がらない。

「ふぅ――っ」

 力任せにナイフを引き抜けば血が溢れ出るのを感じたが、ここで止まってはいられない。

 跳び掛かってくるゴブリンに抜いたナイフを放り投げれば頭に刺さって倒れ込んだ。

 向かってくるゴブリンに対して剣針を構えた時――ホワイトウォールの奥から太鼓をたたくような音が聞こえてきた。

 すると、ゴブリンたちが一斉に白樹の中へと戻っていく。

 戦略的撤退か。こちらとしても有り難いが……形勢を立て直すという意味では不利だ。

「しーちゃん、平気ですか?」

「ああ、傷は塞がってきている。……まずは被害状況を確認しないとな」

 こちら側はすでに全勢力を投入しているが、ゴブリン側はあとどれくらいの戦力があるのかわからない。

 ……乗り掛かった舟は泥船かもしれないな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

処理中です...