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第二章

第27話 己の価値

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 家に帰ればロットーはキッチンで料理をしていて、サーシャは庭で実物の矢を使って弓の練習。ハティは……狼の姿でリビングで寝てやがる。

「ただいま」

「おかえり、栞。今、夕食作っているからもう少し待っていてくれ」

「……イモか?」

「イモだ。金に余裕はあるが仕事をしていない以上は切り詰めておかないとな」

 ピクシーという種族柄か男勝りっぽいところもあるが、家庭的で有り難い。料理も美味いし。

「仕事……そうだな。一段落ついたことだし、そろそろヴァイザーとして動き出すとするか」

「図書館籠りは終わったのか?」

「ああ。もうあそこの本は読み尽した。まぁ、詳しくは飯のときに話すよ」

「そうか。じゃあ、サーシャを呼んできてくれ」

 外に出てサーシャに声を掛けようとすれば、弓を引く姿を見て立ち止まった。

 飛ばされた三本の矢がそれぞれに違う軌道を辿って離れた木に突き刺さるのを見て拍手を送れば、振り返ったサーシャは俺の顔を見るとふにゃりと表情を崩した。

「栞、おかえり! どう? サーシャ凄かった?」

「到底真似できないスゴ技だよ。俺も遠距離武器を練習するべきかな」

「ん~、無理だと思う!」

 無邪気な笑顔は時に残酷だ。

「まぁ、弓に関しては同意だな。それはそれで考えるとして、飯の時間だ。戻るぞ」

「はいは~い」

 サーシャと共に家に入れば、テーブルの上にはすでに料理が並んでおり、狼だったハティも元の姿に戻っていた。

 席に着くと三方向からの視線が俺を見詰めてくる。手を合わせて待つのはいつものことだが、この号令はロットーの役目じゃないか? まぁ、今更言ったところで、だな。

「じゃあ――いただきます」

「〝いただきます〟」

 声を揃えて食事が始まる。

 さすがはロットーだ。いつも通りに美味い。外に出れば基本的には携帯食だから、食えるときに食っておかないと。

 さて、食事もそこそこに。

「さっきロットーには言ったんだが、そろそろヴァイザーとしての仕事を始めようかと思う。どうする? まぁ、物のついでみたいなものだが」

「仕事の依頼がついでってことか? 本筋はなんだ?」

「神器だ。真名を知るにはホワイトフォレストに行かなければならないらしくてな。その道中にでも、と」

「ホワイトフォレストかぁ。最近あんまり行ってないなぁ」

 生きてる時間が違い過ぎるハーフエルフの言う最近が俺らにとっては昔のことだというのはわかっているから大してツッコむこともせず。

 ハティは話を聞きながらも食べる手を停めず、ロットーは考えるように首を傾げた。

「ホワイトフォレストは良いが……そこで真名を知れるというのは誰からの情報だ? まぁ、ブラックリングの栞に嘘を教える者もいないと思うが」

「最初に話を聞いたのはライオネル王だ。そこからドワーフに――」

 そう言ったところでハティが目を見開き、ロットーとサーシャが視線を交わせると大きく肩を落とした。

「〝ドワーフかぁ〟」

 落胆という以上に深みのある呟きだな。

「気持ちはわかる。だが、俺が会ったドワーフはこの剣針を造ったドワーフを知っていたし、可能性は高いんじゃないか?」

「ドワーフの言い分をそのまま鵜呑みにするのは栞くらいなものだ」

「でも、しーちゃんがそのドワーフを信じているのならボクも信じます。それが仲間、ですよね?」

「あまり信頼され過ぎるのも問題だと思うが、俺にはこの世界のしがらみやらが無いからな。何に対しても平等な視点を持っているのは確かだろう。そこは信用してもらっても良い」

 軽い牽制だ。この場にいるのは迫害を受けている側だから差してストレスを感じないが、風潮に流されるだけなのを良しと考えるのは少々気に障るのでね。

「まぁ、なんにしてもアタイらは栞に付いていく」

「そうだねぇ、サーシャたちにとって大事なのは栞といることだからね」

「じゃあ、行き先はホワイトフォレスト。依頼については明日、ギルドに行って何かないか確かめよう」

 話し合いと共に食事も終わり後片付けが済んだ時、不意にドアをノックする音が聞こえてきた。

「俺が出る」

「サーシャたちはお風呂~」

 目に付かない場所に引っ込むのは正解だ。なにせこの家はヒューマーと他種族が同居していることで好奇の目に晒されている。それを良しとしない者もいるだろうし……ここに客が来るのは初めてだ。

 警戒しながらドアを開ければ、そこには見覚えのある男がいた。

「久方振りだな。栞」

「ソル。あんまり久し振りって感じもしないが、とりあえず中に入るか?」

「いや、少し内々の話をしたい。外で良いか?」

「別に構わねぇよ」

 天災の伍『武軍』のソル。会ったのは城の中で、一対一の対決で俺が殺された日が最後か。その後に同じ風呂にも浸かったが、まぁ殺されたインパクトのほうが強いよな。

 外と言いつつブラックリングが揃って街中を歩くわけにはいかないので、うちの庭の真ん中で顔を突き合わせた。

「ライオネル王から話は聞き及んでいる。神器について、将の知っていることを伝えに来た」

「そりゃあ有り難い。忙しいかと思って声を掛けることはしなかったんだが、そっちから来てくれるとは」

「とはいえ将にも話せることは限られている。どこまで知っているのかわからないが、何を訊きたい?」

 改めて訊かれると難しいな。これまで感じた空気から察するにドワーフのことはあまり口にしないほうが良いのだろう。

「あ~……ソルの神器はその刀だろ? それ自体に特殊な力があったりするのか?」

「ある。そこについては警告だ。真名を呼ぶときは覚悟を決めろ。将等は武器が無くとも天災として数えられるが、神器を手にした時こそもう一段進むことになる。神器の真名を解放すればそこには強大な力が生じることになる。そして強大な力には責任も生じる。わかるか?」

「言わんとしていることはわかる。まぁ、俺は他の天災と違って周りに影響を及ぼすタイプの異能力でもないだろうが……肝に銘じておくよ」

「そうは言っても栞は『不死』だ。天災にはそれに見合った神器が引き合わされる故、おそらく大丈夫だろうが」

 同感だ。ソルの異能力の詳細は知らないが、少なくとも攻撃型であるのは間違いない。そこに馴染むような軍刀が神器なわけだから、この剣針も俺に見合っているってことなんだろう。

「そういえば、『落雷』と『精霊』には会ったことがあるんだったよな? そいつらの神器はなんだったんだ?」

「『落雷』は槍、『精霊』は弓だ。ヴァイザーとして生きていくならいずれ会うこともあるだろう」

「楽しみにしておくよ。それに、そいつらには殺されないよう願っとく」

 呟くように言えば、ソルは握っていた軍刀を地面に突き立てた。

「自覚することだ。貴様は強い。そして、強さとは一様に語れるものでもない。ただの唯一を除き、我ら天災は同等だ。……先程の発言は撤回しよう。天災に覚悟など不要。真名を叫べ。さすれば己の価値に気が付くはずだ」

 そう言うと、突き立てた軍刀を抜いて歩き出した。

「もう帰るのか?」

「ああ、伝えるべきことは伝えた。あとは貴様次第だ。健闘を祈る」

 別に戦いに行くわけでもないが、見送るように手を振ればソルはこちらを一瞥して帰っていった。

 己の価値と言われたところで、って感じだな。認識の差だ。天災かどうかも、異能力も種族も関係なく――すべては等しく同価値だ。まぁ、そこら辺はこの世界に限ったことではないだろうが。
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