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第一章

第10話 天災

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 まぁ、想定外だったことには違いない。

 鑑定所で近衛兵に拘束されて連れられたのは街の中央に悠然と構える王城だった。どこに行くのかという問い掛けには応じず地下まで行くと、檻に入れられて今、だ。

「……まさか、アタイたちまで容れられるとはな」

「まぁ、仕方ないよね~。サーシャたちはチームなわけだし」

「はぁ?」

「ん~、なに?」

 狭い檻の中で睨み合う二人は、とりあえず措いといて。状況を整理しよう。

 まずはこの場所だ。連れられてきた時に見えたが、同じような檻が並んでいたことを思えば十中八九、犯罪者が容れられる檻だろう。広さは大体六畳くらいで、拘束は解かれたが武器は没収された。だが、この程度ならロットーの『異能力』を使えば簡単に逃げ出すことはできる。しかし、それをさせないための地下なのだろう。出入り口は一か所のみで確実に見張りが居る。まぁ、そもそも逃げ出すという選択肢は無いのだが。

 何故、檻に容れられたのかの理由も必要だろう。間違いないのは水の色が黒になったことが原因だということだ。そしておそらく、二人もそれが何かを知っている。

「ロットー、サーシャ、とりあえず座れ。そんで、教えてくれ。水が黒くなった理由は無んだ?」

 すると、言い合っていた二人は途端に目を合わせて静かに腰を下ろした。

「……どこから話す?」

「ん~……じゃあ、まずサーシャたちの『異能力』について?」

 黒になった理由を説明するのに二人の『異能力』が関係しているのか。

「まだ時間はある。必要なら、話してくれ」

「なら、アタイから。すでに教えたと思うけど、アタイの『異能力』は腐食。ものを腐らせる力で物質も生物も関係なく腐らせることが出来る。能力ランクはシルバーで稀少な特異能力だ」

「サーシャの『異能力』は日光。日の光をそのまま武器に変えることが出来る力だけど、そんなに汎用性は高くないかな~。サーシャ的には無限に矢が使える~、ってくらいにしか思ってないけど。能力ランクはシルバーで、ピクシーと同じ稀少な特異能力ね」

「……で? なんか能力を自慢されたような気しかしないんだが、俺の『異能力』を鑑定した時に出た黒色についての説明は?」

 詰め寄るように問い掛ければ、気まずそうに視線を外して苦々しい顔をした。理由は知っているし、説明もできるが口籠るような内容だということか? どちらにしても話してくれなければ俺自身の立ち位置を判断できない。

 沈黙に耐え兼ねたのか、ロットーは小さく溜め息を吐いて口を開いた。

「ギルドリングの色は普通以下のカラーリング、戦闘レベルのブロンズリング、稀少能力のシルバーリング、魔王討伐が可能なゴールドリング。そして――天からの災いブラックリング。鑑定は、やり方は違っても結果の出る色は同じだ。つまり、栞の黒色は……ブラックリングということになる」

 てんさい――天才ではなく天災だったのか。ネーミングからして相当強力な『異能力』を持っていそうだが……今のところ、俺自身に変化は見られないし、集中してみたところで『異能力』使えそうな雰囲気は無い。

「ギルドリングについて説明した時に、そのブラックリングってのを省いたのには何か意味があるんだろう? サーシャ」

「ん~……この世界には予兆の文言っていう書物があって魔王の復活とか勇者の誕生とかが書かれているんだけど――まぁその書物自体は十分の一も解読されていないんだけど――そこには七つの天災っていうのが書かれているんだけど、その七つはすでに存在していて……だから本来なら八つ目のブラックリングなんて存在していないはずなんだ」

「つまり、俺がその八つ目の天災ってわけか。その予兆の文言ってやつに書かれていなかったから、あんなに衝撃を受けたような反応だったのか?」

「それもあると思うけど~……ブラックリングだったってこと自体に問題があるのかな」 

「問題って?」

「ん~……」

 考えるように口を噤んだサーシャに代わって、ロットーが仕方が無いように口を開いた。

「七つの天災ってのは、その名の通り天災なんだ。それぞれがそれぞれに大陸を一つ沈められるほどの力を持っている。現在は北の大陸に一つと三つの国にそれぞれ一名ずついて、残りは何とも関わらずに、ただ存在している。そこに八つ目の天災ってのが問題なんだよ」

「……なるほど」

 ブラックリング、予兆の文言、七つの天災――なにやら話が大きくなり過ぎてる気がする。俺如きに大陸一つを沈めることが出来るだけの力があるって? 俄かには信じられないが……二人の表情や鑑定士の態度、それに今の状況から考えても信憑性は高いのだろう。とはいえ、予想外過ぎて先の展開が想像つかない。問題になるとしたら、俺の能力そのもの、か?

「ちなみにだが、お前らはこの後どうなると思う? 今、上では何をしているんだ?」

「とりあえず身元調査じゃないか? 国とかギルドは天災がどこに味方するのか知りたいだろうからな」

「ん? ギルドリングを嵌めているってことはギルド所属じゃないのか?」

「ゴールドリングとブラックリングは特例なんだよね~。所属はしてないけど管理しているのはギルドって感じ?」

 つまり、もしも俺が本当にブラックリングなら立ち振る舞い如何でどうにでも出来るってことだろう? それがわかっただけでも見通しは良くなったが、目下は自分の『異能力』を知らなければ話にならない。

「うん、まぁ……なんとなくは理解できた。が、腑に落ちない点がある。サーシャは街に出入りしているんだろうから色々と知っていてもおかしくは無いと思うが、ロットーはどうしてだ? 家には本も無かったのに、知り過ぎだろう」

「なんだか失礼な言い方にも思えるがアタイの話のほとんどは寝物語だ。種族についても、天災についても、全部両親から聞いた」

 お伽噺にしては随分と殺伐とした話だな。

「語り継がれているってわけか。そういえば、お互いに名前は知っているが年齢は教えていなかったな。俺は十八歳だ。二人は?」

 そう言うと、ロットーはサーシャのほうを気にしながら小さく舌打ちをした。

「……アタイは十七だ」

「じゃあ、サーシャが一番年上だね! 七十五歳!」

「ななじゅう……ん?」

 どう見ても子供だと思っていたのが推定年齢よりも高過ぎて確かめるようにロットーに視線を送った。

「エルフは長寿の種族だからな。とはいえ、基本的には他の種族の年齢に換算するのが普通だ」

「換算すると?」

「七十五、ってことは……十五歳か?」

「そそっ。でも、生きてきた年数に変わりはないから敬いたまえよ、ピクシー。あ、栞は別にいいからね~」

「はっ、誰が」

 エルフの五歳が他種族の一歳か。まるで犬みたいだな。

 一匹と一人のいがみ合いは放置して、ちょっと真面目に自分の『異能力』を感じてみるか。ロットー曰く、異能力名を知ってから使えるようになる者もいれば、その前から使える者もいるらしい。ならば、少なくとも『異能力』を持っていることが証明されたのだから、五割くらいは使える可能性に賭けてもいいだろう。

「………………」

 しかし――やり方がわからない。目を閉じて何かを感じようにも、それが脳なのか心臓なのか、はたまた全身なのかわからず、どうしようもない。いや本当に、どうにもこうにも見事に何も感じない。

 実は勘違いの間違いでした、って可能性も視野に入れておいたほうが良さそうな感じだな。

「ん――おい、お前ら。静かに」

 足音が聞こえて黙るように促すと、ロットーもサーシャも素直に口を噤んだ。

 階段を下りてくる音を聞いていると、鎧で顔を隠した近衛兵が檻の前で立ち止まった。

「王が貴様らとの面会を望んでいる」

「拘束はしないままで、とのことだ。不用意な行動は避けられよ」

 開けられた檻から出れば前後を近衛兵に挟まれて階段を上がっていく。

「まさか王直々とはね~。たぶん、ギルドのお偉いさんとかもいるかもね」

 お気楽そうだったサーシャだが、ギルド関係の者が来るかもしれないと気が付いて考えるように俯いた。

「王ねぇ……ロットーは知っているか?」

「詳しくは知らない。種族はセリアンスロォプで、凶暴な大男。話に聞いたのはそれだけだ。だが、これだけの街を治める王だ。生半可ではないだろうな」

「……だな」

 階段を上り切ったところには別の近衛兵が二人いて、それぞれが俺の剣針とサーシャの弓を持っていた。しかし、まだ返す気は無いようで、最後尾に居た近衛兵の後ろに付いてきた。長い廊下に等間隔に並んだ近衛兵は皆同じ鎧を纏っていて判別が付かない。しかも腕周りも鎧を着ているからギルド所属かどうかもわからないが、『異能力』というのはヴァイザーによって異なるのなら使う道具や戦い方も違うはずだ。つまり、近衛兵は王国を守るセリアンスロォプの軍隊だ。もしも、逃げなければならない状況になった場合は『異能力』を使えるこちらが有利、か?

 前を行く近衛兵が扉の前で足を止めた。

「王よ! お連れしました!」

 そう言いながら扉を開けると、中の大広間の奥に置かれた王座にライオンの獣人が鎮座していた。まさしく百獣の王か。期待を裏切らないな。その横に立っているのはヒューマーのようだが、神官のような服装で腕にはブロンズリングを嵌めてる。あとは周りに重役っぽい獣人が数匹と、それに俺を鑑定した老婆もいる。

 少なくとも雰囲気が良いとは言えないな。さながら魔女裁判って感じか? 有罪確定間違いなし。さぁ――俺の罪は?
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