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第一章
第5話 種族
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流れる川の上に掛かった橋を通り、ウサギの遊ぶ草原を通り過ぎて、草木が一本も生えていない岩場に辿り着いた。
「村まで半分くらいのところまで来たし、この辺りで一度休憩にしようかい」
丁度いいベンチのような岩に腰を下ろすと、バッグの中から包みを取り出してロットーに手渡した。
「そこそこの長距離移動だが、この世界には何か乗り物は無いのか? 移動手段は?」
「地上を移動するなら馬が主流ね。海なら船、空なら飛行船、一応は空間転移魔法を使える者もいるけど、生物の転移は成功率が低いから禁止されてる。はい、干しイモ」
「ああ、ありがとう。空間転移なんて『異能力』もあるのか。失敗するとどうなるんだ?」
「よく聞くのは別の場所に転移させられるらしい。上半身と下半身が」
「……なるほど。それは止めたほうがいいな」
噛り付いた干しイモの美味さに驚愕だが、今の会話だけでいくつかのことがわかった。
まず、海がある。そして船があるということは陸続きの世界では無く、いくつかの島が点在しているというわけだ。飛行船もあるのなら技術はそこそこ発展している。だが……馬か。元より車もバイクの免許も持っていないから自動車があったところで意味は無いが。
「そういえば栞、ママに何か言われたでしょ? なんて言われた?」
「ん? ……ああ、ハグされた時のか。なんだったかな――俺は世界を変えるかもしれない。三人の賢者に気を付けて……? とか、だったな。あれはなんなんだ? 予言っつーか、忠告か?」
「予言と忠告、どちらもだな。ママの占いはよく当たるから覚えておくに越したことは無い」
「占いね。『異能力』じゃないんだろ?」
「じゃないね。でも、当たる」
どこの世界でも同じようなものらしい。女性は占い好きだが、そこまで断じられるのも珍しい。
「……もしかして、ロットーが家を出ていくことも予言されていたのか?」
「そう。アタイの場合は――遠方からの来訪者有り。関わりを持てば自らの存在価値を知る――って。別に存在価値を知りたいわけじゃないけど、でも、栞に会った時からこうなることは予感してた」
「まぁ、遠方なのは間違いないな。なんせ別の世界なんだから」
「アタイもまさかそんなに遠いところからの来訪者とは思っていなかったよ」
想定外だったのはお互いさまか。俺だってまさか異世界に来て最初に美少女に会うなんて思ってもいなかった。これじゃあまるで、主人公のようだな。
「じゃあ、そろそろ行くか」
再び歩き出し、岩場を超えたところで体の異変に気が付いた。いや、正確に言えば変わったところがあるわけではなく――これだけ歩いているのに全く疲れていないのはおかしいだろう。元の世界では引きこもりみたいな読書家だぞ? なんなら駅の階段を上がっただけでも若干息切れするくらいの俺が、平然としているのは変だ。
「なぁ、ロットー。この世界では誰も死なない、とか、無いよな?」
「誰も死なない世界? そんなのあるわけないだろ」
「そりゃあそうか」
この世界でもちゃんと人が死ぬ。だとすると、猪に突っ込まれた痛みや刺された傷が消えた理由に説明がつかない。……主人公補正? そろそろゲーム脳的なラノベ脳で物事を考えるのがキツくなってきたな。
とりあえず、一つ一つの疑問を解消していくか。
「これまで何度か種族って話が出ていたが、ヒューマーとピクシー以外にどれくらいあるんだ?」
「ん~……種族間契約ってのをしているのが七つあって、数が多い順から戦士のヒューマー、働き者のセリアンスロォプ、手先の器用なエルフ、戦場を駆けるヴァルキリー、農耕のピクシー、森に住まうポックル、温厚な巨人グレンデル。あとは契約をしていない種族がいくつか」
ヒューマー、エルフ、ピクシー、グレンデルはいいとして、ヴァルキリーは馬で戦場を駆ける女戦士だろう? ポックルは小人で、セリアンスロォプは獣人か。これぞ、まさに異世界だ。
「種族間契約って?」
「簡単に言うと、別々の種族で同じ通貨を使ったり、争いを禁止するって契約。一応、今のところは守られてる」
つまりEUみたいなものか。これまた深い歴史がありそうだが、そういうのは本で読んだほうが理解が早い。
「特にどこの種族の権限が強い、とかあるのか? やっぱりヒューマーか?」
「いや、そういうのは特に無い。ヒューマーの数が多く、力を持っているのは確かだけど、基本的な権限を持っているのは三国を納めているそれぞれの種族かな」
「じゃあ、向かっているアイルダーウィン王国街ってのは――」
「そう。アイルダーウィンはセリアンスロォプが治める街だから、住人の七割はセリアンスロォプらしい。アタイが最後に行ったのは結構前だからあんまり憶えていないけど」
獣人の街か。マニアが聞いたら喜びそうだな。
会話もそこそこに岩場を抜けて、知っている竹よりは三倍も太い竹林を通り過ぎると人工物が見えてきた。
「……木の柵?」
「魔物対策ね。少ないとはいっても偶にゴブリンなんかが近付いてくることがあるから」
「じゃあ、村全体が囲まれているわけか」
「ここには週に一度、うちの畑で採れた野菜を届けているから、今日の宿くらいは世話してくれるはず――なんだけど……まだ夕方なのに門が閉まってる?」
柵から離れた位置で脚を止め、村の中にある高櫓に手を振ると、木で造られた門がゆっくりと開き始めた。
「随分と厳重だな。普段は違うのか?」
「いつもは日が暮れるまで門が開いているはずだから、何かあったのかもしれない」
一人分が通れるほど開いた門から中に入ると、柵の向こう側には深さ二メートルほどの堀があった。仮に柵を超えたとしても、穴に落ちるという仕掛けなわけか。
「ちなみにこの村にいる種族は?」
「ピクシーだけ。アタイらの種族は性転換っていう他には無い特徴があるから他の種族と関わらずにまとまって暮らしていることが多いの。もちろん、それに限ったことでは無いけど」
「へぇ……小コミュニティってことか」
柵や堀を見る限り、さすが農耕のピクシーってところだな。外から柵を見たが真新しい傷などは無かったように思えるが、猪を前にした時のロットーの両親の行動からして自らの身を守れないほど戦えない種族では無いのだろうが、状況からして何かを警戒しているのか?
背後で門が閉まると、立ち並ぶ木造の民家の中から筋骨隆々のピクシーが十数人出てきた。これだけ居ると圧迫感があるな。
「やぁ、ロットーちゃん。先程ご両親から連絡があったよ。そっちのヒューマーについても。今日の寝床は用意してあるからゆっくり休むと良い」
「それはありがとうございます。それよりも村長。何かあったんですか? 何やら警戒しているようですが」
「ああ、やはり気が付くか……」
先頭に立っている暗い赤髪をしたピクシーが困ったように頭を掻くと大きく息を吐いて肩を落とした。周りのピクシーの視線がチラチラと俺に集まっているように感じる。つまり、言い淀んでいるのは種族の違う俺がいるせいか。それに気が付いたロットーも俺のほうを見詰めているし、選択肢なんか無いのだろう。
「一宿一飯の恩義ってのがある。困っていることがあれば手助けしよう」
そういうと、何故だかピクシーたちはざわついて驚いたような顔を見せていた。
「……ロットー。俺、何か変なことを言ったか?」
「いいや。ただ普通のヒューマーは無償で他の種族を手助けするようなことはしないから、その戸惑いがあるんだ。栞、服の袖を捲って腕を上げて見せて。――村長、みんな、これを見ればわかると思う。栞は普通のヒューマーじゃないんだ。大丈夫、手を貸してくれるよ」
腕を見せれば二度目のざわつきだ。これだけでギルドリングってやつの影響とヒューマーがどう思われているのかは大体わかった。そして、自分の腕を差し出したことで気が付いた。ロットーの腕に――ギルドリングが嵌まっている。
「ロットーちゃんが言うのなら……じゃあ、中で話そうか」
村長についていくと、数人を残したそれ以外のピクシーは警戒心を保ちながらそれぞれの家へと戻っていった。
俺が巻き込まれ体質でないのなら初めのうちは自分から首を突っ込んでいくのが吉だ。仮に結果が凶であっても、な。
「村まで半分くらいのところまで来たし、この辺りで一度休憩にしようかい」
丁度いいベンチのような岩に腰を下ろすと、バッグの中から包みを取り出してロットーに手渡した。
「そこそこの長距離移動だが、この世界には何か乗り物は無いのか? 移動手段は?」
「地上を移動するなら馬が主流ね。海なら船、空なら飛行船、一応は空間転移魔法を使える者もいるけど、生物の転移は成功率が低いから禁止されてる。はい、干しイモ」
「ああ、ありがとう。空間転移なんて『異能力』もあるのか。失敗するとどうなるんだ?」
「よく聞くのは別の場所に転移させられるらしい。上半身と下半身が」
「……なるほど。それは止めたほうがいいな」
噛り付いた干しイモの美味さに驚愕だが、今の会話だけでいくつかのことがわかった。
まず、海がある。そして船があるということは陸続きの世界では無く、いくつかの島が点在しているというわけだ。飛行船もあるのなら技術はそこそこ発展している。だが……馬か。元より車もバイクの免許も持っていないから自動車があったところで意味は無いが。
「そういえば栞、ママに何か言われたでしょ? なんて言われた?」
「ん? ……ああ、ハグされた時のか。なんだったかな――俺は世界を変えるかもしれない。三人の賢者に気を付けて……? とか、だったな。あれはなんなんだ? 予言っつーか、忠告か?」
「予言と忠告、どちらもだな。ママの占いはよく当たるから覚えておくに越したことは無い」
「占いね。『異能力』じゃないんだろ?」
「じゃないね。でも、当たる」
どこの世界でも同じようなものらしい。女性は占い好きだが、そこまで断じられるのも珍しい。
「……もしかして、ロットーが家を出ていくことも予言されていたのか?」
「そう。アタイの場合は――遠方からの来訪者有り。関わりを持てば自らの存在価値を知る――って。別に存在価値を知りたいわけじゃないけど、でも、栞に会った時からこうなることは予感してた」
「まぁ、遠方なのは間違いないな。なんせ別の世界なんだから」
「アタイもまさかそんなに遠いところからの来訪者とは思っていなかったよ」
想定外だったのはお互いさまか。俺だってまさか異世界に来て最初に美少女に会うなんて思ってもいなかった。これじゃあまるで、主人公のようだな。
「じゃあ、そろそろ行くか」
再び歩き出し、岩場を超えたところで体の異変に気が付いた。いや、正確に言えば変わったところがあるわけではなく――これだけ歩いているのに全く疲れていないのはおかしいだろう。元の世界では引きこもりみたいな読書家だぞ? なんなら駅の階段を上がっただけでも若干息切れするくらいの俺が、平然としているのは変だ。
「なぁ、ロットー。この世界では誰も死なない、とか、無いよな?」
「誰も死なない世界? そんなのあるわけないだろ」
「そりゃあそうか」
この世界でもちゃんと人が死ぬ。だとすると、猪に突っ込まれた痛みや刺された傷が消えた理由に説明がつかない。……主人公補正? そろそろゲーム脳的なラノベ脳で物事を考えるのがキツくなってきたな。
とりあえず、一つ一つの疑問を解消していくか。
「これまで何度か種族って話が出ていたが、ヒューマーとピクシー以外にどれくらいあるんだ?」
「ん~……種族間契約ってのをしているのが七つあって、数が多い順から戦士のヒューマー、働き者のセリアンスロォプ、手先の器用なエルフ、戦場を駆けるヴァルキリー、農耕のピクシー、森に住まうポックル、温厚な巨人グレンデル。あとは契約をしていない種族がいくつか」
ヒューマー、エルフ、ピクシー、グレンデルはいいとして、ヴァルキリーは馬で戦場を駆ける女戦士だろう? ポックルは小人で、セリアンスロォプは獣人か。これぞ、まさに異世界だ。
「種族間契約って?」
「簡単に言うと、別々の種族で同じ通貨を使ったり、争いを禁止するって契約。一応、今のところは守られてる」
つまりEUみたいなものか。これまた深い歴史がありそうだが、そういうのは本で読んだほうが理解が早い。
「特にどこの種族の権限が強い、とかあるのか? やっぱりヒューマーか?」
「いや、そういうのは特に無い。ヒューマーの数が多く、力を持っているのは確かだけど、基本的な権限を持っているのは三国を納めているそれぞれの種族かな」
「じゃあ、向かっているアイルダーウィン王国街ってのは――」
「そう。アイルダーウィンはセリアンスロォプが治める街だから、住人の七割はセリアンスロォプらしい。アタイが最後に行ったのは結構前だからあんまり憶えていないけど」
獣人の街か。マニアが聞いたら喜びそうだな。
会話もそこそこに岩場を抜けて、知っている竹よりは三倍も太い竹林を通り過ぎると人工物が見えてきた。
「……木の柵?」
「魔物対策ね。少ないとはいっても偶にゴブリンなんかが近付いてくることがあるから」
「じゃあ、村全体が囲まれているわけか」
「ここには週に一度、うちの畑で採れた野菜を届けているから、今日の宿くらいは世話してくれるはず――なんだけど……まだ夕方なのに門が閉まってる?」
柵から離れた位置で脚を止め、村の中にある高櫓に手を振ると、木で造られた門がゆっくりと開き始めた。
「随分と厳重だな。普段は違うのか?」
「いつもは日が暮れるまで門が開いているはずだから、何かあったのかもしれない」
一人分が通れるほど開いた門から中に入ると、柵の向こう側には深さ二メートルほどの堀があった。仮に柵を超えたとしても、穴に落ちるという仕掛けなわけか。
「ちなみにこの村にいる種族は?」
「ピクシーだけ。アタイらの種族は性転換っていう他には無い特徴があるから他の種族と関わらずにまとまって暮らしていることが多いの。もちろん、それに限ったことでは無いけど」
「へぇ……小コミュニティってことか」
柵や堀を見る限り、さすが農耕のピクシーってところだな。外から柵を見たが真新しい傷などは無かったように思えるが、猪を前にした時のロットーの両親の行動からして自らの身を守れないほど戦えない種族では無いのだろうが、状況からして何かを警戒しているのか?
背後で門が閉まると、立ち並ぶ木造の民家の中から筋骨隆々のピクシーが十数人出てきた。これだけ居ると圧迫感があるな。
「やぁ、ロットーちゃん。先程ご両親から連絡があったよ。そっちのヒューマーについても。今日の寝床は用意してあるからゆっくり休むと良い」
「それはありがとうございます。それよりも村長。何かあったんですか? 何やら警戒しているようですが」
「ああ、やはり気が付くか……」
先頭に立っている暗い赤髪をしたピクシーが困ったように頭を掻くと大きく息を吐いて肩を落とした。周りのピクシーの視線がチラチラと俺に集まっているように感じる。つまり、言い淀んでいるのは種族の違う俺がいるせいか。それに気が付いたロットーも俺のほうを見詰めているし、選択肢なんか無いのだろう。
「一宿一飯の恩義ってのがある。困っていることがあれば手助けしよう」
そういうと、何故だかピクシーたちはざわついて驚いたような顔を見せていた。
「……ロットー。俺、何か変なことを言ったか?」
「いいや。ただ普通のヒューマーは無償で他の種族を手助けするようなことはしないから、その戸惑いがあるんだ。栞、服の袖を捲って腕を上げて見せて。――村長、みんな、これを見ればわかると思う。栞は普通のヒューマーじゃないんだ。大丈夫、手を貸してくれるよ」
腕を見せれば二度目のざわつきだ。これだけでギルドリングってやつの影響とヒューマーがどう思われているのかは大体わかった。そして、自分の腕を差し出したことで気が付いた。ロットーの腕に――ギルドリングが嵌まっている。
「ロットーちゃんが言うのなら……じゃあ、中で話そうか」
村長についていくと、数人を残したそれ以外のピクシーは警戒心を保ちながらそれぞれの家へと戻っていった。
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