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第9話 不動流

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 二十九階――古代遺跡? 壁に刻まれた紋様と触れた材質が感じたことの無い初めてのものだ。

 前を行くネイルが一本道をそのまま進んでいるってことは、特に仕掛けも無い、と。それはそれで残念だな。

「……おい、なんかヤバそうなのがいるぞ」

「わかるんですか?」

「ああ、嫌な雰囲気だ」

「まぁ考えてもしょうがにゃいにゃ! 突撃~!」

 駆け出したネイルの後を追っていけば、広い場所に出た。嫌な予感しかしない。

 鼻を突く埃っぽい臭いに――澱んだ空気。

「上だ!」

「んにゃっ!」

 見上げたネイルが飛び退けば、落ちてきた何かが砂煙を巻き上げた。

「《空白の目録》!」

 本を取り出したヨミと共に煙の中に視線を送れば、徐々に姿を現してきた。

「……鎧? 騎士か?」

 頭から爪先までを鎧で覆う騎士が三体。剣を握ってこちらに向かってくる。

「にゃっははっ!」

 脇目も振らずに駆け出したネイルの拳が一体の騎士を吹き飛ばした。

「案外弱い、のか?」

「いえ、まだです」

 倒れてバラバラになった鎧は中身が無く、もぞもぞと元の形に戻って剣を握った。モンスターと言うより操られている人形みたいだな。

「ああいう手合いを倒す方法はあるのか?」

「わかりません。私たちも人型と対するのはほとんど初めてなので」

「にゃんか、そんにゃに強くにゃいにゃ!」

「レベルは?」

「十七にゃ!」

 ライナバックスよりは弱いわけか。さっきの一撃で倒せなかったってことは、何か特別な倒し方があると考えたほうがいい。

「フドーさん。とりあえず一体はお任せしてもいいですか?」

「引き付けるくらいは大丈夫だ」

「では――ネイルは倒せるまで色々と試してください。私は拘束してみます」

「にゃん」

 左右に分かれたネイルとヨミのほうに二体が分かれて、残った一体がこちらに向かって来た。

 三対三――入ってきた人数に合わせてモンスターの出現数が変わるってことは無いだろう。遺跡、ってことが関係している可能性は?

「まぁ、囮の役割くらいは果たすとするか」

 向かって来た鎧騎士に対して大蜘蛛の牙を構えて牽制しつつ、思考を廻らせる。

 息遣いは聞こえない。少なくとも生き物では無いと思うが、動きに機械性は無い。振ってくる剣を避け、弾いて、再び距離を取って蜘蛛の牙を中段で構えた。

 ネイルとヨミのほうも鎧騎士の動きはバラバラで、生き物では無いがモンスターではあるってところか? ……自分で言っていて訳が分からなくなってくるな。

 ヨミにも初見で倒し方がわからない――ということは、俺が探るしかない。

 こういう類のモンスターの倒し方はいくつかある。

 まず核があるパターン。生き物で無いのなら心臓というよりは起動式のようなものだと思うが、何度となく鎧騎士の体をバラバラにしているネイルが見付けていないってことは無さそうだな。特定の位置を守るような仕草も見れないし。

 あとは鎧騎士を操る魔術師やらがいるパターンだが……同じ空間には居なさそうだ。

「ぜんっぜん倒せにゃいにゃ!」

「こちらも動きを停めておけません!」

 無敵? ってことは無いだろう。条件があるのか弱点があるのか――モンスターが三体ってことを考えれば凡その予想は付くが、もしもその予想が正しければ……俺たちは負ける。

「……強くは無い。強くは無いが――」

 この良い塩梅の戦い易さは面倒だ。

 俺は攻撃を避けて逃げているだけだが、ネイルは一発で倒そうと全力で殴っているのにその度に復活するから休む暇も無く疲弊しているし、ヨミのほうは本から出ている触手? で鎧騎士の動きを停めているが、ずっと力を使い続けるのはキツそうだ。

「ヨミ! ネイル! どっちか二体を同時に倒せる力は無いか!?」

「あっ、ありません!」

「ボクも無いにゃ! 何か思い付いたのかにゃ!?」

「……おそらくだが、こいつらは三体同時に倒す必要があるんだ。だから、俺たちは勝てない」

「にゃら、フドーが戦えば済む話にゃ!」

 目を輝かせるんじゃねぇ。

「言っただろ!? 俺を戦力に数えるな!」

 斬り掛かってきた鎧騎士の剣を蜘蛛の牙で弾き、距離を取って再び中段に構えた。

 俺の相手は無理に攻めてくるようなことはしない。体力が無いおかげで、こちらのスタミナ切れをいくらでも待てるってことだろう。

 だが、ネイルはジリ貧だ。レベル差の少なさと、これまではほぼ一撃で戦いを終えてきたからスタミナ切れが早い。今は守りに徹しているようだが、集中力が切れれば負ける。

 ヨミのほうはどうだ? 拘束している状態から倒す方法があるのかはわからないが、勝算はあるんだろう。そうでなければ俺やネイルから離れていくはずはない。

「フドー! どうしたってフドーの力が必要にゃ!」

「っ――フドーさん!」

 血を流すネイルに、膝を着いたヨミ――そして、俺は?

 戦えない――そんなのは今更だ。刀が振れないわけじゃない。問題はもっと根底にある。

 ――剣士が長物を持てば、負けることは許されない。

 わかってる。

 ――勝敗では無い。生き様だ。

 だから、わかってる。

 だが、それでも。

「ダメだ……傷付けられない――俺は、誰も傷付けたくないんだ」

 心と感情が振り切れない。負の想いに包まれたまま、体が動かない。

「そんにゃっ――傷付けるとか傷付けにゃいとかはよくわからにゃいけど――守れる力を守るために使わにゃいのも、救える力で救わにゃいのも――力を持つ者がそれを放棄するのは怠慢だと思わないのか!?」

 じいちゃんと同じようなことを――『武士・侍・剣士・剣術家、時代が変わり呼び名が変わったところで変わらないことがある。それは、常に守る者であることだ。主君を、民を、平和を――それが刀を握る者の義務。殊更、不動流はな』――今の今まで忘れていた言葉だ。

 感情論は嫌いだ。周りが見えなくなる。

 精神論も好きじゃない。根性でどうにかできるものでも無い。

 だが、剣術だけは好きだった。勝つために竹刀が振れなくなったあの日からも、毎日剣術の型だけは練習していた。習慣というのもあるが、単純に好きだから――ああ、そうだ。俺は剣術が好きだった。

「はぁ……ネイル。猫語を忘れてるぞ?」

「にゃっ?」

 そのおかげかはさて置き、心が落ち着いてきた。

「ネイル。ヨミ。頼んだぞ。不動流――」

 半身を引いて脇構え。取るのは後の線――息を吐いて、全身の力を抜いた。

 不動流の真髄は『不動うごかず』。

 真の脱力は不動に見える、と。まぁ、その言い分には納得していないが、理屈はわかる。脱力からの緊張で生まれる爆発力を刀に乗せるわけだ。

 振り下ろされる剣に体を半身分だけ退き、次の瞬間――足から腕へと伝わる筋肉の緊張を乗せて刀を振り上げた。

「――地の型」

 鎧騎士の体を斜めに斬り裂き、その全身が崩れ落ちた時、無意識に全身の力が抜けて、蜘蛛の牙を杖にして留まった。

 ネイルのほうも鎧騎士を吹き飛ばし、ヨミは本から出ている触手で鎧騎士を握り潰していた。

 刀が、触れたな。
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