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リバーエッジ

第二十三話 現状把握

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 痛み分け、とはいかないのが事実だろう。

 こちらが失ったモノといえばタナトス率いる第四師団を含む師団員三十二名と、ジュウゴだ。まったく割に合わない勝利だろう。

 ジュウゴは天上天下唯我独尊、何者にも従わず何者にも傅かない。そんな男が敵側に寝返った――ここでは敢えて寝返ったと言っておこう――それも、デーモン約二千体ほどの強さの持ち主だ。厄介だな。

 アヤメと共に山を下りていけば待ち構えていた三つ子とペロが駆け寄ってきた。

「ミコ様! 生きておられましたか!?」

「ああ、無事だ」

 下ろして地面に寝かせれば、すり寄ってきたペロが巫女の姫に怪我が無いから確かめるように優しく触れていた。

 そして、三つ子は。

「アヤメ様、マタタビ様……ジュウゴ様は、どこに?」

「……ここにはいませんわ」

「では、いったい……もしかして――」

「死んではいない。だがまぁ、状況的にはそれよりマズい。とりあえずお前らから報告してくれ。ジュウゴはデーモン側に付いた」

「けじめは私たちが付けますわ。手出しは無用」

「……わかりました」

 手出し無用だと言ったところで実際にそうしてくれるはずはないが、釘を刺しておく意味はある。

「ああ、誰かついでに治療班を呼んできてくれ」

 俺は大丈夫だが、未だに目を覚ましていない巫女も、体を打ち付けたアヤメも心配だ。……いや、まぁ俺も俺で疲労がピークらしい。立っているのもきつくて座り込めば、アヤメも地面に腰を下ろして俺の背中に体を預けてきた。

 戦いが終わってゆっくりと休めたのは二時間ってところか。

 やってきた治療班と師団員が動けない俺たちを城へと運び、奪還したリバーエッジの後処理を終えたレオやリブラが戻ってきて三度、会議が開かれた。

「さて、誰がどう責任を取ってくれるのかね。こちらの戦力であった救世主の一人が裏切るとはな」

「いや、王よ、現時点で裏切ったと断じるのは早計です」

「そうかね? しかし、この場におらず死んでもおらずデーモンと共に行ったのであれば変わらぬだろう。敵だ」

「しかし――っ!」

 責任の有無を問う王と老中、俺たち――というか救世主を擁護するレオやルネの師団側の言い合いってところだな。

 まぁ、王が掌返しをするのは想定内だ。元からあまり良い顔をしていなかったわけだし、おそらくは救世主が使えないなら適当に切り捨てて自国民の士気を上げるために利用する、って感じだったのだろう。それか王自身が裏切者か。

「そもそも救世主様方をお呼びしたのは私なので、責任というのなら私が取るべきかと」

「いいや、それは違うぞ、ルネよ。一流の職人が掛けた橋が崩れたからといって職人が責められるべきではない」

「その理屈であれば崩れた橋も悪くないでしょう。悪いのは橋を壊した者――つまり、デーモンだ」

 とはいえ、言いたいことは色々とある。

 俺たちは橋かよ、とか。責任のなすり付け合いをするくらいなら俺たちは戦わない、とか。

 ……いや、違うな。俺の隣の席が空いている理由は他にある。もっと根本的な問題が。

「――おい」

 握った拳をテーブルに振り下ろせば、響いた音と衝撃で沈黙が訪れた。

「教えろ。名を冠する十鬼将ってのはなんだ? 俺たちが相対したのは騒乱のグランとかいうデーモンだった。言いたいことはわかるよな? がいることを、どうして黙っていた? 知っていれば対処することも出来たはずだ。つまり――この場にジュウゴがいない原因はお前たちにもある」

 再び訪れた沈黙と、こちらに向けられる視線には言い訳が込められている気がするが口を開かないのなら黙っているのと変わりない。王などはわざと言わなかった可能性もあるが、ならばとルネに視線を向ければ考えるように俯き、徐に口を開いた。

「……私たちにとってもこんな近くに名持ちのデーモンがいるのは想定外だったのです」

「名持ち、というのがこちら側での呼び名ですの?」

 アヤメの問い掛けにルネとレオは顔を見合わせたが、口を開いたのはリブラだった。

「そうですね。まずはそこから説明するべきです。デーモンというのは基本的に個では無く集団として存在しています。故に殺される抵抗も無く向かってくるわけですが……しかし、その中で名持ちと呼ばれる普通のデーモンよりも強い力を持った個体がいるのです」

「普通の奴より強いのは戦わなくてもわかったが、問題はお前らはデーモンには魔法は使えないと言っていたよな? じゃあそれは、普通のデーモンには魔法が使えないってことでいいのか?」

 俺の言葉に会議室がざわつくと、レオが大きく息を吐いた。

「はぁ――デーモンについてはわかっていないことも多いのだが、把握していることはいくつかある。名持ちと呼ばれるデーモンは全部で十体。その内の三体はデーモン族の牙城におり、他の七体は各地、各国の城を根城にしている……はず、だったのだがなぁ」

 レオの落胆に続くよう師団側は頭を抱えて肩を落とし、王と老中は鼻息を鳴らした。

「言いたいことはわかりましたわ。詰まる所、こちらの領土を拡大しつつ、その十鬼将とやらに近付き次第、話すつもりだった、と。後手というよりは……あまり良い考えとは言えませんわね」

「否定はできない。たしかに事前に話しておくべきだった」

 この場に空席は三つ――裏切ったジュウゴと、怪我人の治療に当たっているヴィゴ、そして殺されたタナトス。

 ジュウゴがいないのもそうだが、師団にとってはタナトスを失ったのが痛手だろう。何せ、聞いた話ではレオやリブラに次いで各師団長の中で最強だと言われていたらしい。俺自身はあまり関わったことは無いが、確かに醸し出す雰囲気は強者のそれだった。だからまぁ、個人的にこの場で話し合うべきは元よりいなかった救世主が裏切ったことの責任をどうするのかではなく、師団最強の一人でもあるタナトスの穴をどう埋めるのか、だと思うのだ
が。

「情報を出し渋ったそちらにも、互いを制御し切れなかったこちらにも比がある。とはいえ、喧嘩両成敗って訳にもいかない。なら、こうしないか? ジュウゴの責任は俺たちが持つ」

 そう言うと、続けようとした言葉を待たずに王が口を開いた。

「具体的には?」

「次の侵攻で騒乱のグランというデーモンが待つトウガシの城とやらに向かう。そこでジュウゴを取り戻すか――それが無理なら殺す。どちらも出来ずに、ただの敗走をした場合は俺たちを処刑でもなんでもすればいい。どうだ?」

「ふむ……悪い話では無い。だが、それでは不十分だ。現状では一人裏切った時点で貴様らを信用するだけに足る理由が無い。そもそもな前提が間違っているのだ。貴様等もデーモン共と結託して我らを敵の根城に送り込もうとしていないとどうして言える?」

 貴様等、か。随分とわかりやすい掌返しだが、言っていることは正しい。山で名持ちのデーモンと戦い、ジュウゴが裏切った姿を見たのは俺たち二人のみ。つまり、俺たちもジュウゴと共に操られていて口裏を合わせていれば、何が真実であろうと手放しに信用することは出来ない、と。

 疑いを晴らす方法はいくつかあるが、どうするかな……などと考えていると隣のアヤメが徐に口を開いた。

「簡単な話ですわ。私たちを信用する理由は――あなた方が今、生きてこの場に居られること。それ以外にありません」

 その言葉に、レオが身を乗り出した。

「どういう意味だ?」

 警戒と疑心、だな。

「つまり、私とマタタビが本気を出せばこの場にいる全員を数分と掛からず殺すことができるのにわざわざデーモンが待つ城に連れていく意味は? と」

 その方法でいくわけか。とはいえ、賭けだぞ? まぁ、ここまで来たら乗るしかないが。

「俺たちがジュウゴのように裏切っているのなら、まずこの席に着くことは有り得ない。この場にはこの国の最高権力と最強戦力が揃っている。それがわかった時点で殺しているだろう。そうしていないことが裏切っていない証拠、だな」

 言葉と同時に殺気をチラつかせてみれば二人の老中以外全員が立ち上がり、背後にいる三つ子までもが警戒するように鞘に手を掛けた。

 まさに一触即発。

 倣うように俺たちも立ち上がると、その瞬間に師団側は武器を抜こうとしたがアヤメが掲げた手の中に大きな重力球を作ると、そこから漏れ出した重力で全員が苦しそうに息を止め、動きを停めた。

 仕方が無い。俺も少し本気を出すか。

 鼻から大きく息を吸い込み、握った拳を先程と同じようにテーブルに振り下ろすと、大理石で出来ているようなテーブルは粉々に割れた。だが、テーブルを割るくらいは俺以外でも出来るだろう。だから次は、握った拳を床に向かって――

「っ――わかった! 信用しよう!」

 王の言葉に、アヤメは重力球を消し、俺も拳を止めて二人して椅子に腰を下ろした。

「じゃあ、話はついたってことでいいか?」

 問い掛ければ、武器を納めた師団や王も座り直し、ルネは冷や汗を拭っていた。

「では、お二方は……いえ、エンマドウ様も含め――これまでの戦闘で一度も本気を出していない、ということですか?」

「それは語弊がありますわ。戦うこと自体は本気ですけれど、底を見せていないだけ、と言ったところでしょうか」

 それを語弊とは言わないだろう。

「ともかく、話は終わりだな。しばらくは奪還した三都市についても色々あるだろうし、当分は静かにしておくよ」

 そして会議は終わりを告げた。

 部屋に残ったのは俺とアヤメとルネだけで何かを言いたげだったが、勢いよく開かれたドアから入ってきたペロと白虎によって遮られた。

「マタタビ殿! 巫女の姫が目覚めましたぞ!」

「……はぁ」

 次から次にだな。

 まぁ、これは関わらないわけにはいかない。面倒なことには違いないが。
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