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ウッドビーズ

第十二話 奪還作戦

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 翌日は早朝から行動を開始した。

 隣り合っている都市と言ってもそれなりに距離があるようで馬に乗ることを強いられた。とはいえ、俺に乗馬経験はなくジュウゴとアヤメも同じだったがやはり生来の違いというのか二人は少しの練習でなんなく乗りこなせる様になっていた。

 一方の俺はまったくと言っていいほど乗れずに半ば諦めて誰かの馬に相乗りさせてもらおうかと思っていたが――俺には別の馬がいた。

 馬というか、虎だが。

「まぁ、俺には合っているのかもしれないな」

 馬と違って指示を出す必要も無く、白虎の背中に寝転がっているだけで勝手に進んでくれる。

 今回の襲撃に選ばれたのは俺たちも含めて約五十人。

 内訳はスコーピオン率いる第一師団が十五人、第二から九師団まで合わせて十五人、第十師団の治療班から三人、そして団長のレオと副団長のリブラに俺たちのお目付け役であるアイン、ツヴァイ、ドライ。あとは兵士長のクルシュと兵士が四人。

 まぁ、師団のほとんどを城に置いてきたのは守りを固める意味でも理解できるが、それにしたってこちらの戦力が少ない気もする。ジュウゴやアヤメが言うところの強者が師団長クラス以上だとすると、そのレベルの者は俺たちも含めておそらく七人だけ。……いや、十分、なのか?

「マタタビ、そう不安そうな顔をするな。敵の数がどれほどであろうとも、我らが救世主である事実は変わらない。俺様たちは強い。忘れるな」

「いや、お前らはそうだろうけど俺はな……つーか、別に不安でもねぇよ。ぶっちゃけやる気はねぇけど、死ぬ気もねぇからな」

「ふんっ、ならば良い。本来ならば死なぬことより殺すことを考えるべきだが――モチベーションは人それぞれだ」

 俺にとっての第一目標は死なないことだ。殺す殺さないに関しては二の次だが、少なくともこれは戦争だ。ジュウゴの言う通り俺たちは救世主だし、やれるだけのことをやるつもりはある。

「お二人ともどう思うかしら。今回の作戦がマタタビの案だというのは良いとしても、期待の表れなのかスケープゴートなのか……どちらかしらね?」

 唐突に思えるアヤメの疑問だが、それもわかる。

「たぶん、どっちもだろ。本陣が敷かれていないであろうウッドビーズを攻めるにしても戦力差は如実。だから、勝てれば俺たちのおかげだし、負ければ俺たちのせいだ」

「まぁ、当然といえば当然だな。所詮、我らは客人で別世界の他人だ。責任も何も自ら負うしかない」

「言ってしまえば政治も含まれてますわよね。とはいえ、こちらの世界のほうが自由に振る舞えている分は感謝するべきかしら」

 おいおい、声に出して核心を突くんじゃねぇよ。付いて来ているアイン、ツヴァイ、ドライが微妙な顔してるじゃねぇか。

 おそらくこの三人は師団長クラスでもない割に団長や副団長に近い位置にいるせいか国の内情をそれなりに知っているのだろう。……そういえば三人がどの団に所属しているのか知らないな。

「なぁ、ツヴァイ。お前らってどこの団に所属しているんだ?」

「いえ、私たちは団長直属なのでどこか特定の団に所属しているわけではありません」

「ふ~ん。じゃあ強いのか?」

「……どうでしょう。単純な実力で言えば師団員以上師団長以下、でしょうか」

 その言い方だと、単純な実力以外にも何かあるって感じだな。とはいえ、少なくとも俺たちを殺すだけの力はあると判断されていたわけだから、何かがあるのは確かだろう。

「じゃあ、戦闘に入った時はお前らを気にしなくても大丈夫だということだな?」

「はい。問題ありません」

 心配事の一つがなくなったところで、先頭を行く団長が後続に止まるよう指示を出して馬を降りると、俺たちを手招きして呼び寄せた。

 ここは小高い丘の上。身を低くして向こう側を見るレオに倣って近付いていくと、下り坂の先に雲を突き抜けるほど巨大な大樹の周りに造られている街が見えた。

「どうした?」

「あそこがウッドビーズだ。ここから一段降りた丘で旗を掲げて開戦を宣言し、それと同時に戦闘が開始する。そうするとこうして話している余裕は無くなるから今のうちに作戦の確認をしておこうと思ってな」

「ああ、そっか。ちゃんとした戦争だからちゃんとした手順があるのか。面倒だな」

 呟いてジュウゴとアヤメのほうに視線を向ければ、口角を上げてまるで悪役のような笑顔を見せていた。まぁ、ようやく手加減することなく力を出せるわけだからフラストレーションが溜まっていた超人類からすれば楽しい状況なのか。

「ふんっ。今更だな。確認など不要だ。開戦の合図と共に俺様たちが敵陣の真ん中に突っ込んで場を荒らす。可能ならばこの都市の指揮官も討ち取っていいのだろう?」

「ああ、それでいい。但し私たちもすぐに向かうから無茶はするな。まだ生きている人間もいるだろうからな」

「そうですわよね。何よりも人命が最優先ですわ。一応、確認しておきますけれど、デーモンたちの捕虜は必要ないんでしたわよね?」

「捕らえることができるのならそれに越したことは無いが、奴らは生きている限りこちらを殺そうとしてくる。好きにしろ」

 その言葉に二人の耳が同時に反応した。うん、気持ちはわかる。そしてレオ、それは禁句にも近い言葉だ。暴れたい奴らに『好きにしろ』なんて言ったら暴れるに決まっている。

「レオ団長、斥候が」

 周囲を警戒していたリブラが指したほうを確認すれば赤黒い肌で二メートルに近い身長で筋骨隆々な肉体、そして頭に二本の角を生やし、槍を握る二人のデーモンが一段下の丘を歩いていた。

「兵士長」

「はいはい」

 呼ばれたクルシュ王子がやってくると抱えていた弓を取り出して弦を弾いた。すると、そこに集まってきた風が矢の形を作り上げた。

「ん~……風魔法――二射風迅」

 すると飛んでいった矢が二本に分かれてデーモンたちの首を刎ね上げた。

「よし。こちらが斥候を殺したことに気が付かれるまでおよそ五分程度だろう。急いで下まで下りるぞ」

 レオの言葉に全員が馬に跳び乗ると一斉に下り坂を駆け下りていった。あとを追うように俺たちも坂を下りていくわけだが――三人で顔を見合わせると、それぞれがうっすら疑問符を浮かべていた。

 不意打ちとはいえクルシュの一撃でデーモンを殺すことができたことへの違和感が拭えない。そうも簡単に殺せるのなら俺たちは要らないのでは? と思うのだが、どんな世界でもどんな争いでもどんなゲームでも、傍から見れば優勢なほうが負けることは多々ある。おそらくは、まだ俺たちは全てを把握できていない。いや――敢えて情報が伏せられているって感じか。

 信用があるのか無いのか……まぁ、どっちでもいいな。

 一段下の丘まで下りると都市まで約一キロくらいまでの距離になった。こちらが五十人程度だとしても、さすがに向こうも気が付いているだろう。

「そうだ。俺も一つ確認していいか? デーモンたちは遠距離武器とかを使わないって聞いたんだが本当か?」

 レオに向かって問い掛ければ大きく頷いて見せた。

「その通りだ。奴らは数に制限のある飛び道具を使うより、何よりも強靭な肉体を使って戦うことを選ぶ」

「強靭、ね」

 何も腑に落ちていないのは俺だけじゃない。

 敵が種族柄、飛び道具を使わないのであれば、こちらは飛び道具だけで離れたところから対応すればいい。けれど、そんな簡単なことが思い浮かばないはずが無い。つまり、すでに試した上で駄目だったと考えるべきだろう。

「おい、マタタビ。どちらにしても俺様たちがやることは変わらないぞ」

「そうですわ。むしろ心配するべきはどさくさ紛れで殺されないこと、かしらね」

「縁起でもねぇ」

 二人は馬から降りて真っ直ぐにウッドビーズのほうを見据えている。一方の俺はといえば白虎から降りて、しっかりと準備運動中だ。

「さぁ――貴様等、気合を入れろ。待ち望んでいた戦争だぞ」

 まるでジュウゴのその言葉に触発されたかのように剣を抜いたレオは大きく息を吸い込んだ。

「すぅ――旗を掲げろぉおお! 弓隊! 放てぇええ!」

 クルシュ率いる兵士の弓隊が放った矢が都市に降り注いだ瞬間、大きな叫び声が響いてきた。
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