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魔窟の森

第七話 実力テスト

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 それぞれが師団長の訓練を受けた六日目。俺たちはテストを受けるために城の裏門に集められていた。

「テストというからにはレオに一撃を与える、とかかと思ったが違うようだな」

 ジュウゴは防火繊維で出来た服に身を包み、腰には刀を携えていた。本人曰く――「戦いはこの身一つのほうが都合が良いが、俺様を俺様足らしめるには日本刀が良く似合う」だそうだ。

 後半のほうはちょっと何を言ってるのかわからなかったが。ご愛嬌ということで。

「本音を言えば鬼との戦闘に投入されたほうがまだ楽だとは思うのだけれど、どうやら実践には違いないようですわね」

 アヤメは髪をポニーテールに束ねて、胸や腕に鎧を付けているが動き易さを重視しているのか面積が少ない。それに加えて、まるで木の枝で編まれたような先の尖った禍々しい杖を握っている。それそのものが武器になるとは思えないが、おそらくは力の補助に使うのだろう。

「魔窟の森って言うらしいぞ。城の裏には鬼も近寄らないほど、モンスターが多く生息する森があるんだとか」

 二人に比べれば俺は圧倒的に軽装だ。元の世界で言うところのカーボン繊維を編み込んだ様な丈夫なカーゴパンツは動き易いように足首で窄むように作ってもらい、頑丈なブーツと薄くて丈夫なグローブをもらった。そもそもが素手で戦う武術なせいで違和感も拭えなかったが、さすがに慣れた。

「そういえば、武闘家は素手素足じゃないと実力を出せないと聞いたことがあるが、貴様はどうなんだ?」

「うちは実践武術だ。道場の中でも靴を履くし、道着じゃなく服を着る。問題は無い」

「来たわよ。二人とも」

 アヤメの視線を追えばルネと共に、団長のレオ、副団長のリブラ。それに俺たちを訓練した三人と、ルグル王までやってきた。

「待たせしたな、救世主様方よ。本日はテストと聞いてな。激励に来たぞ!」

「感謝する、王よ。だが、王の一言で結果が変わる我らでは無い」

 ジュウゴの言葉に王の周りを固めている兵士たちが武器に手を伸ばした。

「良い良い。心強いではないか。では、あとのことは任せたぞレオ団長」

「承りました」

 去っていく王にほとんどの兵士が付いていき、残った中には見覚えのない顔が三人ほどいる。いや、正確には訓練中に何度か見かけたが……それなりの雰囲気を持っている。兵士では無く師団員だろう。

「さて、救世主共。まずはこの者たちを紹介する。お前らを採点するため選りすぐられたうちの師団員だ。左からアイン、ツヴァイ、ドライ。それぞれに付いてもらう」

 全員女性で髪型は違うが同じ顔で同じ剣を腰に下げている。三つ子かな?

「よろしくお願いします」

「どうも」

 名乗りはしなかったが俺のところに来たのはミディアムヘアを高めの位置で束ねたツヴァイだと思う。

「そいつらは有事の際にのみ抜刀を許可している。故に期待はしないことだ」

「ふん、元より採点など必要ない。お望みとあらば今ここで貴様の相手をしてやらんこともないぞ?」

 ジュウゴとレオの間にピリついた空気が流れると、その気に中てられたのかアヤメまで戦闘態勢に入ろうとしていた。まぁ、だからといって止める気も無いのだが。

 どうなるのか見守っていると、躊躇なく間に割って入ったのはリブラだった。

「矛をお納めください、救世主様。団長も、あまり大人げないことをしないように。それでは私の方からテストの内容を説明させていただきます。お三方には採点員を伴って魔窟の森に入っていただきます。そこで、任意のモンスターを倒してください。細かい採点基準などはお教えしませんので、お好きなように戦っていただいて結構です」

「つまり、戦い方や倒したモンスターによって点が変わるということよね。ちなみに期限はあるのかしら?」

「半日です」

「十二時間か。意外と長ぇな」

 おそらくはそれだけ実際の戦闘に寄せてテストをしたい、ってことなのだろう。戦争ともなれば戦い通しになるのは目に見えているし、長時間の緊張状態はそれだけストレスを生む。

 裏門の前で準備体操をしていると、横に並んだジュウゴとアヤメは待ちわびていたように体を疼かせている。

「おほんっ」

 咳払いをする声に振り返れば、じいさんだけじゃないくスコーピオンやアリエスまで見送るように不敵な笑みを浮かべていた。それが期待か諦めかを判断できるほど深く知り合ってもいない。

「それじゃあ、行くか。アヤメ、マタタビ――気を抜くなよ」

 さすがにジュウゴもアヤメも魔窟の森から漂ってくる嫌な気配に気が付いているか。

「最後に伝えておくが、魔窟の森に潜んでいる『影無き捕食者』に遭った時は問答無用で逃げることだ」

 外に出て門が閉まる直前に言われたその言葉に疑問符を浮かべたが、真意を聞く前に閉じ切ってしまった。

「……影無き捕食者?」

 その問いをツヴァイに投げ掛ければ、仕方ないように溜め息を吐いて口を開いた。

「それはこの森の主の通称です。誰一人として姿を見た者は居らず、そう呼ばれています。雑食で凶暴、などと言われていますが、そのおかげでデーモンも寄り付かないのでは? と」

「なるほど。そりゃあヤバそうだな」

 それはそれとして。

 テストというからには分かれて行動することを促されるかと思ったが、採点員の三人は何も言ってこない。有事の際にのみ――つまり、俺たちがモンスターに殺されそうになったりしない限りは口も出してこないってことか。

「アインと言ったな? この森にはどんなモンスターが生息しているんだ?」

「主立ったところではオオイノシシや毒トカゲ、オオコウモリやミニクロサウルスなど獣系が多く生息しています」

 前三つは想像できるが最後の一つは二足歩行で前足の短い恐竜しか思い浮かばないな。まぁ、どんなモンスターが相手であれ、俺は素手で戦うことになるから関係ないんだが。

「問題は遭遇したモンスターとどういう順番で戦うのか、ですわよね。いっそのことばらけたほうがいいかしら」

 そうは言っても良くわからない場所で信用できない人間と二人きりになるのは避けたい。などと思っているのは俺だけかもしれないが、離れていかないのは少なくとも様子見をしたいからだろう。今はまだ――ここは得体が知れない。

 森を進み始めて約二十分。数分前から気が付いていたが、何かに周りを囲まれている。

 おそらくは先頭を行くジュウゴも気が付いたのだろう。自然に振る舞いながらも足早に開けた場所まで行き、立ち止まった。

「さて、貴様等も気が付いているな? 丁度よく敵は三方に居る。どんなモンスターに当たろうと恨みっこなしだ」

「三つ子ちゃんたちは私たちの後ろに。巻き添えにならないよう注意することですわ」

「はぁ……気乗りしねぇなぁ」

 イノシシかトカゲかコウモリか。まぁ、飛んだりしないモンスターだと有り難い。

 そして目の前に現れたのは――歪んだ二本の角を生やした体長二メートルを超える赤い毛で全身を覆ったクマだった。

「……ん?」

 振り返ってツヴァイを見れば、気が付いたように口を開いた。

「レッドベアーです」

「ああ……そう」

 ジュウゴのほうはオオイノシシが二匹と、アヤメのほうはオオコウモリが三匹。で、俺の相手がクマ一匹? うん。想像の斜め上だった。

 しかし、俺にとっては好都合だ。二足歩行の獣なら急所の場所はある程度の予想が付く。

「んじゃあ、やるか」

 前にじいちゃんに言われたことを思い出した。

 ――対人はやり易い。なんたって思考の裏を読めばいいからな。だが、もしもお前が野生の獣と戦う時があれば気を付けろ。奴らには野生の勘がある。それはどうしたって人間が後から身に付けられないものだ――と。

 まぁ、ぶっちゃけ野生の獣と戦う時ってどういう状況だよ、って適当に聞き流していたが、今ならわかる。

 相手をことでは無く、純粋にという意志は――おそらく人間は本来持ち合わせていない感情だ。

 人間なら、な。
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