余命1年の君に恋をした

パチ朗斗

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84話 4日目

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「……………」

  現在、午前十時十五分。瑠魅の提案で別々に駅に向かうことになり、約束の三十分前からここにいる。

  早く行くところを瑠魅に見られたから少し気まずさもあったけど……今はそれ以上緊張が酷い。

  どうも落ち着けなく、ずっと同じ場所で回っている。

  瑠魅には一応時間ギリギリに来て欲しいと伝えたけど、後十五分でこの緊張を抑えられる気がしない。

「落ち着け……落ち着くんだ……」

  瑠魅が来たらまずは褒める。服装でも髪型でも……とりあえず何かしら褒める。

  電車が来るまでの十分と電車移動中での二十分、映画館までの十分間。できるだけ瑠魅を退屈させないように会話をする。

  映画が見終わったら近くの店で昼食。その時の会話はたぶん映画の話が中心になるだろうから、映画は寝ないでちゃんと見る。

  時間とか体力が残っていればここで少し遊んでいく。まぁ、散歩程度になるだろうけど。

  帰りはどっちも疲れているから会話よりも無言が多くなるはず……今更無言が気まずいと感じる間柄じゃないし、帰りは大丈夫。

「ふぅ………大丈夫。俺ならできる」

  昨日の夜から会話の内容を考えたり映画のあらすじを見たり、デートプランとかを考えていた。瑠魅に楽しんでもらうためにミスはできない。

「あと七分……緊張するな」

  イメージトレーニングしたら気持ちが少し楽になった。瑠魅にゆっくり来て欲しいって伝えたのは結構ファインプレーだったな。

「よし。いける、俺ならいけるぞ」

  映画を見終えるまでが関門だが、俺にならできる。これだけ頑張ったのだから、ミスのしようがない!

「ごめんね、蓮翔。だいぶ遅れちゃって」

「いやいや。俺がそう言っ…………て」

  言葉が出なかった。絞り出せたのは意味の無い言葉だけ。

  息を呑む。比喩なんかじゃなく、本当に息をするのを忘れるほどだ。それほどまでに目の前に居る彼女は可憐だった。

  意識すらも飛びかけ、俺はその場で固まった。何をすべきか、何を言うべきか俺には分からなかった。

「……蓮翔?」

「……………綺麗だ」

  頭の中は真っ白で、何を言うべきか、どんな言葉を掛けるべきか、昨日あれほど考えてきたのに、今の俺の頭には何も残っていない。

  そんな中、反射的に飛び出した言葉。もっと服とか髪とか、そんなものを褒めようとしていたのに、気づけばこんな抽象的な言葉が出ていた。

「あ、えっと……髪とかも普段と違って良いと思うし、服には詳しくないけど、オシャレ……だと思う」

  焦った俺は捲し立てるように言葉を紡いでいく。想定と何もかもが違う。もっと具体的な何かが……。

「うん、ありがとう。電車の時間もあるしさ、早く行こ?」

「あ、あぁ」

  出だしはハッキリと言って酷い有様だ。でも、挽回できるチャンスはまだある。

~~~~

「そろそろ始まるみたい」

  あの後は特に大きなやらかしもなく映画館まで来れた。初めのアレの挽回はまだできていないが、無理に焦る必要も無い。

  映画館の広告も終盤に差し掛かり、照明がゆっくりと消え始めた。

  それに比例するように俺の心にある緊張も増幅していく。

  さっきまでは会話のおかげで紛らわせられていたけど、この暗さと静けさで瑠魅の横顔を意識してしまう。

  普段以上に可愛い。服装もだけど、いつもならしないようなリップや化粧もしている。

  映画が始まるも、俺の意識は瑠魅にのみ向けられていた。横目に映る瑠魅の横顔に無意識に視線が行ってしまう。

  せっかく買ったドリンクもポップコーンも手につかないほど、俺の意識は瑠魅に引っ張られていた。

  本来ならポップコーンを取ろうとして手が触れ合う……なんてことがあるかもしれないが、俺も瑠魅も一切手をつけない。

  無理やりに意識を逸らそうと映画に目をやると、ちょうど主人公がヒロインに告白をする場面だった。

  内容的には、この後ヒロインは記憶喪失になって、主人公は一からまた関係を築く……みたいなストーリーだった。

「大変だな……」

  誰に言うわけでもなく、小さくそう呟く。

  俺は無意識にその主人公と那乃を重ねてしまっていた。

  そう思うと無性に主人公に親近感が湧き、俺はいつの間にかその映画に集中していた。

~~~~

「思った以上に面白かったな。あの焦れったさはなかなか味わえるものじゃないよ」

「ほんとにずっと胸がザワザワしてたよ。それでね、小説にはないオリジナル展開もあったんだけどね、本当に良かった。特に──」

  映画も見終え、俺と瑠魅は近くのカフェに来ている。瑠魅にしては珍しく饒舌で、映画の感想を言うものだから見ていて楽しいし、目の保養にもなる。

  でも、その気持ちは分からなくもない。初めはちゃんと映画を見れるか心配だったけど、結局かなり見入ったのが現実だ。

  未だにあのほとぼりも冷めないし、あの焦れったさを思い出すだけで胸がざわつく。

  何様だよってツッコミたくなるけど、あの映画はかなりの良作と言えるだろう。

「──の場面は特に胸が締め付けられちゃった。でも、その後ね………って、私ばっかり話しちゃってごめんね。凄く面白かったから……」

「気にしないで。その気持ち、俺にも充分わかるし、瑠魅の話を聞くだけでも楽しいからね」

「蓮翔はあの映画、面白かった?」

  そう聞いてくる瑠魅は少し怯えているように見えた。緊張や不安、恐怖といった感情が入り交じった視線を向けられ、俺は不覚にもその表情が可愛いと思ってしまった。

  誰にもバレるはずがないのに、それを隠そうと俺は過剰なほどの勢いで相槌を打つ。

「もちろんだよ!色んな作品を見てきたけど、こんなに感情移入できたのは初めてだし、未だにあの時の熱が冷めてないくらいだ」

「なら良かった」

  俺は瑠魅の後ろ側にある掛け時計をチラリと盗み見る。

  今の時刻は二時を回ったくらいだ。家に帰るまでの体力を考えるなら五時か四時の電車で帰った方が良いか……。という事は、ここに居れるのも単純に考えて三時間と言ったところだろう。

  最近は記憶力がかなり良くなってるせいか、電車の時間の把握程度なら余裕だ。四時台の電車は確か五十四分。五時台は電車はなかったはずだから……これを逃すと六時の電車に乗って……家に着く頃には七時かもしれない。

「蓮翔、聞いてた?」

「え、あ、ごめん聞いてなかった。何の話をしてたの?」

「この後どうしようかって話だよ。蓮翔は何かしたいことある?」

  さすがにブラブラ歩くのは辛いよな。ここら辺の地理には詳しくないから下手なことは出来ない……無難にショッピング、だろうか?

「ショッピングモールに行くとかどう?見て回るだけでも楽しいし」

  この辺には他の娯楽施設はないけど、大型のショッピングモールはある。

  それに、ショッピングモールってなんだかデートっぽいし。

「うん、いいね。じゃあ、行こっか」

「そうだね」
    
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