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72話 花火大会 1
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「緊張するな……」
胸が妙にざわついて落ち着かない。ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出すも、スマホの真っ黒な画面を眺めてすぐにポケットへとしまう。
特にやる事もなく上に視線をやれば紅く染まった空が目に入る。
胸がドキドキして喉が詰まってるかのように呼吸が浅くなる。
今日の夏祭りは瑠魅と那乃と俺の三人で回る予定だ。でも、瑠魅の話が本当ならば、那乃はこの夏祭りで俺に告白をするらしい……。
「このまま時が止まれば良いのにな」
目の前を浴衣を着た人たちが楽しそうな顔を浮かべながら通り過ぎていく。
木陰の下でそんな光景をぼんやりと眺めながら俺は悪態をつく。
大丈夫、いつも通りに過ごせば良い。それだけで……。
そう心に言い聞かせ、落ち着かせようとするも鼓動は無駄なほどに音を立てて動く。
「やっほ、蓮君」
「ッ………那乃」
名前を呼ばれてその方へ顔を向ける。那乃の姿を見た俺の思考は止まり、全身が妙な熱を放つ。
紺色を基調として、ピンクのアサガオの模様が入れられた浴衣を羽織った那乃は、何時になく大人に見えた。髪もいつもと違って後ろでまとめられている。
意識が徐々に戻って来ると、那乃と見つめ合っているこの時間が恥ずかしくなって顔を逸らした。
「瑠魅は……?」
「もう少しで来ると思うよ」
浅くなる呼吸なか、俺は無理やり深呼吸で吸う。
今言うべきはこれじゃない。もっと他に言うべきことがある。俺は更に息を吸って喉でつっかえているものごと声を出した。
「………に、似合ってるな、それ」
「フフッ。そうかな?ありがと!」
那乃の余裕の返しで幾分か心が軽くなる。ぶっきらぼうな言い方だったけど、俺からすれば充分及第点と言える。
「ッ……な、なんだよ?」
「何も?ただ、わたしもこの木に寄り掛かりたくなっただけ」
隣で木に寄り掛かる那乃。いつもは意識したことがなかったけど、とても良い香りが鼻をくすぐった。
そのせいか、俺はその瞬間那乃を女の子として明確に意識をしてしまった。
「ごめん、少し遅れた」
「ッ…………」
「わぁ、瑠魅ちゃん可愛い!」
立て続けに現れた瑠魅。俺はゆっくりと視線をあげて瑠魅の方を見る。俺は目の前で恥ずかしそうに笑う瑠魅の姿を見て思わず息を呑んだ。
紫色の無地の浴衣。でも、どこか絵になるその姿に俺は何も喉から出なかった。
出てきた言葉を何度も飲み込み、俺はその姿に見惚れていた。
「蓮翔……?」
「ッ……あ、あぁ……うん、似合ってるよ」
その一言で俺の意識が現実に戻されて、反射的に言葉を発した。
「蓮君も浴衣着てくれば良かったのに」
「そ、そうだな……うん。でも、家にはないからさ」
浮ついた心が俺の思考を鈍らせていく。ふわふわとしていてどこか夢見心地。呼吸をすることすら忘れて目の前で話す那乃と瑠魅の姿を眺める。
そこだけはどこか別の世界に見えた。夕日に照らされる二人の姿は幻想的で神秘的、どこか現実離れした画。
「じゃあ、行こっか」
「うん、そうしよ」
「………そうだな」
二人が歩き出す。俺はその後ろ姿を気に寄り掛かりながらボォッと眺めた。
胸から何か熱いものが込み上げて来て、目元が熱を帯び始める。
「ハハッ……泣きそうだ」
俺は二人を見失わなまいと駆け足で二人の後を追う。
俺は二人の後ろ姿を見て、こんな風に楽しく過ごせるのもあと僅か。実感なんて湧かない『死』というものが俺に近付いてきている、と……不意にそう思ってしまった。
胸が妙にざわついて落ち着かない。ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出すも、スマホの真っ黒な画面を眺めてすぐにポケットへとしまう。
特にやる事もなく上に視線をやれば紅く染まった空が目に入る。
胸がドキドキして喉が詰まってるかのように呼吸が浅くなる。
今日の夏祭りは瑠魅と那乃と俺の三人で回る予定だ。でも、瑠魅の話が本当ならば、那乃はこの夏祭りで俺に告白をするらしい……。
「このまま時が止まれば良いのにな」
目の前を浴衣を着た人たちが楽しそうな顔を浮かべながら通り過ぎていく。
木陰の下でそんな光景をぼんやりと眺めながら俺は悪態をつく。
大丈夫、いつも通りに過ごせば良い。それだけで……。
そう心に言い聞かせ、落ち着かせようとするも鼓動は無駄なほどに音を立てて動く。
「やっほ、蓮君」
「ッ………那乃」
名前を呼ばれてその方へ顔を向ける。那乃の姿を見た俺の思考は止まり、全身が妙な熱を放つ。
紺色を基調として、ピンクのアサガオの模様が入れられた浴衣を羽織った那乃は、何時になく大人に見えた。髪もいつもと違って後ろでまとめられている。
意識が徐々に戻って来ると、那乃と見つめ合っているこの時間が恥ずかしくなって顔を逸らした。
「瑠魅は……?」
「もう少しで来ると思うよ」
浅くなる呼吸なか、俺は無理やり深呼吸で吸う。
今言うべきはこれじゃない。もっと他に言うべきことがある。俺は更に息を吸って喉でつっかえているものごと声を出した。
「………に、似合ってるな、それ」
「フフッ。そうかな?ありがと!」
那乃の余裕の返しで幾分か心が軽くなる。ぶっきらぼうな言い方だったけど、俺からすれば充分及第点と言える。
「ッ……な、なんだよ?」
「何も?ただ、わたしもこの木に寄り掛かりたくなっただけ」
隣で木に寄り掛かる那乃。いつもは意識したことがなかったけど、とても良い香りが鼻をくすぐった。
そのせいか、俺はその瞬間那乃を女の子として明確に意識をしてしまった。
「ごめん、少し遅れた」
「ッ…………」
「わぁ、瑠魅ちゃん可愛い!」
立て続けに現れた瑠魅。俺はゆっくりと視線をあげて瑠魅の方を見る。俺は目の前で恥ずかしそうに笑う瑠魅の姿を見て思わず息を呑んだ。
紫色の無地の浴衣。でも、どこか絵になるその姿に俺は何も喉から出なかった。
出てきた言葉を何度も飲み込み、俺はその姿に見惚れていた。
「蓮翔……?」
「ッ……あ、あぁ……うん、似合ってるよ」
その一言で俺の意識が現実に戻されて、反射的に言葉を発した。
「蓮君も浴衣着てくれば良かったのに」
「そ、そうだな……うん。でも、家にはないからさ」
浮ついた心が俺の思考を鈍らせていく。ふわふわとしていてどこか夢見心地。呼吸をすることすら忘れて目の前で話す那乃と瑠魅の姿を眺める。
そこだけはどこか別の世界に見えた。夕日に照らされる二人の姿は幻想的で神秘的、どこか現実離れした画。
「じゃあ、行こっか」
「うん、そうしよ」
「………そうだな」
二人が歩き出す。俺はその後ろ姿を気に寄り掛かりながらボォッと眺めた。
胸から何か熱いものが込み上げて来て、目元が熱を帯び始める。
「ハハッ……泣きそうだ」
俺は二人を見失わなまいと駆け足で二人の後を追う。
俺は二人の後ろ姿を見て、こんな風に楽しく過ごせるのもあと僅か。実感なんて湧かない『死』というものが俺に近付いてきている、と……不意にそう思ってしまった。
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