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第二章 北都

第二十話 入都審査②

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「さてと、まずは、あれか」
 
 秀人に視線を送る。

「まずは、危険物などを持ち込んでいないかの検査だね。あの機械の中を通ってチェックを受けるんだ」
「ほー。まー俺らには関係ないか」

「ああっ! そうだ! クーちゃんはどうしよう。ま、まずいよ!」
「え、動物の持ち込みはだめなのか?」

「病原菌等の関係もあってペットの入都は固く禁じられているんだよ」
「服の中にでも隠して――」
「駄目だよ。あの機械はどこに隠しても無駄なんだ」
「んなこと言われたって、どうすんだよ……」

 頭を抱える僕の首元からクーが顔を出す。すぐに這い出し肩へと移動した。

「おい、一体どうしたんだよ」

 クーは小さく一鳴きすると四本の足を曲げて屈み込んだ。


「あっ! 嘘っ――」
 
 驚く秀人の口を慌てて手で塞いだ。そして耳元で囁く。

「おい、ヒデ。いいから黙れ」

 正直、僕も驚いていた。二本足で立つクーがこちらを向いていた。可愛らしく手を振って離れていく。
 クーはホバーポーターに乗っていた。僕らの脇を通り抜けようとしたそれに飛び移ったのだ。係員は前を向いて運転したままだ。後ろの足元に佇む小さな生き物には気づきもしないようだ。

「さすが、クーね。さ、私達も、行こ」
 
 エリカは驚くよりも感心していた。
 受付の検査官に番号札を渡す。検査官はそれを専用の読み取り機に翳した。台上のスクリーンに情報が映しだされた。三人の氏名と年齢、出身地、そして種別欄はネクストヒューマンとなっていた。

「モニタに表示されている情報に間違いはございませんか?」
「え、あ、ああ」
「では、あのゲートの中をゆっくりと歩いて通り抜けてください。三人一緒で構いません」

「何だよネクストヒューマンって」
「セイビーのことだね。オリジナルヒューマンと区別しているようだよ」
 
「短いトンネルのようなものだったな。で、次の検査は――」
「すまないが、そこの君、もう一度通過してもらえないか」
「は? 俺」

 なぜか僕だけが警備員のような人に止められた。

「ああ、ちょっと気になることがあったんでな」
「はあ、どうせ何も持ってないんでいいけどね」

 その後、僕は十回ほど検査ゲートを行き来させられた。

「ったく何だったんだよ」
「ほんとだよね。なんか計測できないとか何とか言ってたよ」
「機械では図りしれないポテンシャルってことだな」

「機械にまで愛想つかされた」
「な、なんだと!」
「ちょっ。翔くんもエリカちゃんも仲良くしてよ。いいから次に行こうよ」

 ちっ、エリカの奴め。気を使いやがって。正直気落ちしなくて助かったけど。自分はやはり何か他の人とは違うのだろうか。


 次の検査の列に並んでいると小さな鳴き声がした。

「おお、おかえり。でかしたぞ」

 足元のクーを抱え上げ頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細めるクー。

「流石に、それは無いよ!」

 秀人のぎょろ目がさらに開いていた。ちょっと怖いかも。

「だって、クーちゃん。僕らの言葉を完全に理解していたよね?」

 秀人は片手で眼鏡を外し、もう一方の手をポケットへと突っ込む。ハンカチを取り出した。ぶつぶつと呟いている。僕は秀人の肩に手を置いた。

「ヒデ、現実を直視しろ。眼鏡を拭いたところで何も変わらないぞ」
「でも!」

 肩に置いた手に力を込める。

「あれだ。気にしちゃ負けなんだ。さあ、気を取り直して次の検査だ。次は何だ?」
「え、う、うん。つ、次は――」

 検査は気が遠くなるほど多かった。静紋登録、虹彩登録、声紋登録、顔登録など。最新鋭の機器で個人情報の全てが抜き取られていく。

「ふぅ、やっと次で、最後のようだな」

 口の周りを手で押さえながら、ため息をついた。
 
「あれ、もう嫌」

 エリカも顔を顰めていた。さっきのDNA検査は衝撃的すぎた。口腔内の粘膜に何か棒状の物をいきなり突っ込まれたのだ。

「そうだね。ここの検査機器は北都内では相当古いみたいだから」
「いやいやそういう意味じゃない。十分にカルチャーショックを受けてるぞ」

 最新式は無人検査と無接触がスタンダードとのことだった。

「そうそう、それで最期は脳波パターンの登録と犯罪履歴の検査だね」
「おいおいこれ大丈夫かよ」

 椅子が数脚並んでいた。頭部の高さに物々しい機器がついている。椅子に座ると直ぐにそれが僕の頭を覆う。頭部に熱を帯び、一瞬、視界が白く歪んだ。しかしすぐに元に戻った。

「はい、犯罪歴はございませんね。おめでとうございます。今日からあなたも世界市民です」
「あ、ありがとう……」

 四角い薄いカードと黒い無地の帽子、そして分厚い冊子を渡された。カードにはシルバーチップが埋め込まれ、自分の顔写真が大きくプリントされていた。冊子には『世界市民の心得』と書いてあった。
 女性の係員が話を続ける。

「カードとその帽子が身分証明になります。北都内の各施設では、その帽子を介した脳波によって個人認証されます。なので、街中では常にその帽子を着用してください。なお、帽子は紛失や盗難されても問題ありません」

「え、ちょ――」

「それはあくまでネットワークに繋ぐだけのインターフェースの汎用品ですから。ただし、再発行費用はかかりますのでご注意ください。街の商店でデザインや色の異なる帽子も販売されていますので、買い替えても結構です。帽子の使えないような場所では、そのカードが身分証明書になります。決して無くさないように管理してください。また、帽子の機能は色々とございますが、それは冊子にてご確認ください。それでは登録手続きはこれで終了です。お疲れ様でした」

 あまりにも矢継ぎ早な説明だった。正直、僕には理解が追いつかなかい。多分エリカはもっと酷いはずだ。それでも何も質問を返さなかった。ただ、お礼を言ってその場を後にした。
 なぜなら僕らには優秀なサポートスタッフが常に控えているからだ。小難しい話を理解するための努力、それを怠る癖がいつの間にかついてしまっていた。
 その有能なスタッフは目を輝かせていた。係員から支給された物が余程嬉しかったようだ。

 ホールの出口は雑然としていた。避難民を迎えに来た親族や友人らが再会を喜び合っている。涙ながらに抱き合う人々までいた。
 一方で身寄りのない家族は戸惑ったように立ち尽くしていた。

「確かに、あの畳みかけるような係員の説明。避難民には理解できるはずがないよな」
「不可能」

 文明の乖離が激しすぎるのだ。しかも、身寄りのない人達に対しての重要な説明が抜けていた。
 これから北都ですべき手続きについてのアドバイスは一切なかった。不親切極まりない。

 検査場の出口の両脇に数件のショップが建ち並ぶ。ここも生活必需品などを買い漁る人でごった返していた。三人には、迎えに来るような身寄りの親族はいない。当然、生活用品を買うような金の持ち合わせもない。

 僕は二人の様子を伺う。秀人は抱きしめ合う家族を寂しそうに見つめていた。エリカはなおのことそうだろう。そう思ってエリカの方を振り向く。視線が合った。どうやら僕の横顔を見ていたようだ。

「俺の頬に何かついているか」

 頬を擦ったが何も無かった。

「なんでもない」

 そう答えだけで前を向くエリカ。

「なんだよ」

 付き合いの長い僕にもわからない視線だった。あれ、でも最近、同じ視線を浴びたような気がするな。
 エリカの瞳に宿っていた感情。それは今の翔には到底理解のできないものであった。

「ほら、いくぞ! 俺ら三人みなし子家族。これからは一心同体ってことだな」

 僕は無理に笑顔を作ると前へと進む。人込みを掻き分けながらホールの外へと出た。数時間ぶりの屋外だった。太陽はすでに真南の位置だ。
 強い日差しに、思わず手で目を覆う。

「え? なんで」

 最初に視界に飛び込んだものに目を疑う。五百メートルほど先に嶄然と立ちはだかる漆黒の壁。状況がまったく飲み込めなかった。
 思わず、口から「は?」という間抜けな声がついてしまった。つい先程、外壁の中を通り抜けたんじゃなかったのか。なぜ正面に壁が存在するのか。
 あ、さては秀人の奴、間違いを教えやがったな。僕は振り返る。秀人に文句をつけるためだ。だが、僕の口は開いたままで音を発しなかった。そこにも同じように漆黒の大きな壁があったからだ。

「ああ、翔くん。正面に見えるのは内壁だよ」
「へ?」

「万が一、シェイドが外壁を破壊して侵入してきた場合に備えてあるんだ。これがあれば直ぐには街内に侵入できないからね」

 僕の混乱が手にとるようにわかったのか。秀人がわかりやすく状況を説明してくれた。

「確かに、よく見ると外壁とは違うな」

 高さが少し低いし壁には砲台は設置されていなかった。それに壁と壁の間には多くの建物が立ち並んでいた。外壁周辺とは違い小綺麗な建物が整然と並んでいる。
 何より大きな違いがあった。

「なあ、ヒデ。屋根には雪が少し積もっているよな」
「そうだね。それが?」

「それなのに、なぜ地面には雪がまったく残っていないんだ」
「あ、そうだね」

「これって、おかしいよな。外壁の外は真っ白な雪で覆われていたじゃないか。除雪したとしても乾燥するような気温じゃないだろ」
「ちょっと待って……。ああ、そうなんだ」
 
 秀人は一人で納得していた。いいから早く説明してくれ。
 
「えーと、どやら北都のほぼ全域に渡って地下に温水配管が張り巡らされているみたい」
「どういうことだ」

「要するに、街の地面全体が温められているってことだよ。でも、この規模でそんな事をできるのが驚きだね。お金もそうだけど、もの凄いエネルギーが必要になるよ。さすがに信じられない」
「そういえば入都審査のホールの壁も床も暖かかったぞ。それが街全体でされているってことかよ」
 
 あまりのスケール感に呆れるしかなかった。

「ヒデのその眼鏡、ほんと便利。欲しい。でも、見れない……」

 エリカは羨ましそうに秀人の眼鏡を見つめる。

「ほんとだよな。あ、でも俺って見れちゃうのか」

 秀人はいつでもどこでも知りたい情報を引き出せるのだ。わからないことがあれば右目の眼鏡の前で指を規則的に動かすだけだ。ただし、眼鏡に流れる記号はセイジI型以外には解読できない。僕は見えるけど一般的にはそういう事になっている。

「でも俺はもっと便利なもの持っているぞ!」
 
 二人が不思議そうに僕を見る。

「疑問を喋るだけで正しい答えが音声付きで返ってくるんだ。凄いだろ!」

 胸を張って得意げにする。秀人はなんとも言えない表情をしていた。
 エリカは例の如く冷たい視線で僕を見下ろしていた。そんな視線にはすでに慣れている。エリカは普段から目つきの悪い女で損しているよな。そう思う。無論口にはしない。

「翔くん……。あ、でも、今のは眼鏡じゃないよ。二人も同じ事ができるよ」

 秀人は自分の頭を指さす。いつのまにか係員に渡された黒い帽子を被っていた。理解できない僕らに秀人は解説する。

「これは通称ビニックと呼ばれる脳通信インターフェース! 僕がかけているインテリグラスよりも数倍も優れているんだ。頭の中で知りたい事をイメージするだけ。それだけで脳内に直接文字や画像が展開されるんだよ。リーディングとライティングの機能が――」
「まてまてまて! そんなに一度に言われても何がなんだかわからない。ほら、エリカを見てみろ」

 慌てて秀人を遮る。エリカはどこか遠くを見つめる瞳で固まっていた。脳の処理能力を大きく超えていた。

「と、とにかく、今は移動するぞ! どこに行けばいいんだ?」
「え、えーと。道を渡った正面に小さな入口が見えるよね」

「あーなんかゲートみたいなものがあるな」
「あそこから地下に降りるんだ。そこに地下高速歩道があるんだよ。ステーションレーンから東西メインレーンへと乗り換え、行政区ステーションで降りるんだ。ステーションの三番出口から出ると目的の北都防衛軍の本部があるよ」

「ごめん。もう、ヒデが日本語を話しているのかさえわからん」
「えー。そんなぁ」

「とりあえず、あそこの階段を潜ればいいんだな」

 僕は話の内容に頭を抱えた。折角、話題を変えたのだが意味がなかった。さらに理解の範疇を超えてきた。
 エリカは再起動しそうにない。仕方ないな。僕はエリカの手を掴むと地下への入口まで引きずっていく。

 翔に手を握られたエリカの頬は赤く染まっていた。オーバーヒートした時点で彼女の顔はすでに赤らんではいた。鈍い二人は彼女の僅かな変化に気づくことはなかった。
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