上 下
27 / 27
エリアナ・ディエムのやり直し

(21)異なる道

しおりを挟む
「おい、まだ見るつもりか」

「待って。もう少しだけ」

 ノインの不機嫌な声を背中に受けながらも、両手から視線を外せなかった。

「ノインは先にお屋敷に戻っててもいいよ」

「なんでお前を一人残して帰らなければならないんだよ。病み上がりだろ。早く戻らないとニアが心配するぞ」

 ニアを心配させたくはないけど、決められないのだ。

 ここは、おばあ様のお屋敷から少しの距離にある雑貨店。

 おばあ様の家がある場所、ディエム侯爵領は、そこそこお店は充実している。

 目立った特産品はないけどそれなりに裕福な領地のはずなのに、どうして娘を売らなければならないほど困窮したのか。

 今はおばあ様がきちんと管理されているから、おばあ様がいなくなって一気に家が傾いてしまったってことなのかな。

 両親がアレだから。

 それはさておき、両手に持った金属製のしおりをノインの目の前に差し出してみた。

 職人が作った素敵な物だ。

 影絵を型抜きしたようなデザインは、ニアが気に入ってくれると思う。

「これ、どっちの色がいいと思う?」

「つい最近まで農奴だった俺が、お貴族様の女の好みなんかわかるわけないだろ」

 ノインからは答えの代わりに呆れたような視線を向けられた。

「じゃあ勉強しなさいよ。女性の好みがわからないなんて、これから先もてないわよ。いい男になれないってことよ」

 ノインに見せるのはやめて、もう一度手元に視線を落とす。

 本好きのニアに使ってもらえるかなとしおりにしたけど、デザイン違いをルーファスにも贈りたい。

 ニアにはきっと、柔らかい色合いのものがいいはず。

 そう思ってピンクゴールドのものに決めた。

 ルーファスには黒色のものにするとして、

「ノインも何か必要な物ある?一緒に支払うよ」

「まず先に自分のものを買えよ。俺は支度金を受け取っているから、自分の物は自分で買えるし、手にしてるそれはニアと兄貴の物だろ?」

「私はいいの。たくさん物を持ちすぎているから。だから大切なものが何かって、わからなくなってたくらいにね」

「なんだよ、それ」

「あ、ノインも正式に宮廷魔法士になるんだよね」

「見習いだけどな」

「無理してない?」

「お前にできて、俺にできないことはないだろ」

「なによ、それ」

 可愛くない。

 お子様に張り合われたって、本気で相手にするはずないでしょ。

 まぁ、ノインの方が魔法の才能はありそうだけど。

 ノインの魔力を調べ終えた後からニヤけ面が止まらなかったデュゲ先生を思い出す。

 この子のことを変な実験に使ったりしないか心配だ。

「ノイン。自分の体は大切にしなさいよ」

「はぁ?」 

 今度は訝しげに見るノインを置いて、会計場所へと向かった。

 綺麗にラッピングしてもらった品物を受け取ると、すぐにでも家に帰りたくなった。

 ニアはどんな顔をしてくれるかなって。

 ノインと一緒に馬車に乗って、早く早くと心の中で何度も言う。

「ニア!」

 おばあ様に見つかったらはしたないって怒られるかもしれないけど、お屋敷の中に飛び込んでニアの姿を探した。

「おかえりなさい。エリアナ」

 思えば、私を出迎えてくれるのはいつもニアだ。

 探すまでもなく、ニアはすぐに玄関ホールまで出迎えに来てくれた。

 ニアからおかえりなさいって言ってもらえることが、とてつもなく嬉しい。

「ノインもおかえりなさい」

「ああ……」

「はい、これ。ニアにお土産」

 おかえりって言われて少し照れくさそうにしていたノインを横目に、ニアに買ったばかりのしおりを差し出した。

「お土産?ありがとう」

 笑顔で受け止ってくれると、私も嬉しくなる。

 ニアはよく笑うようになった。

 叩かれたり、食事を抜かれたりする心配の無くなったニアは、本当によく笑うようになった。

 だから、今も、本当に嬉しそうに手元の品を見ている。

「お茶の時間の時に開けていい?」

「うん」

 どうして今じゃないのかは、私もわかった。

 私達に続けて、出かけていたルーファスが帰ってきたからだ。

 ルーファスはおばあ様に言われて町の様子を見に行っていたはず。

「お兄ちゃんもおかえりなさい」

「ただいま。エリアナ、もう体調の方はいいのか?」

「はい」

「伝えたいことがある。俺の部屋に来てもらえるか?」

「今からでもいい?」

「ああ。ノイン、ニアとお茶の準備をしててもらえるか?」

「わかった」

 ニアとノインが奥に向かったのを確認して、私はルーファスと一緒に彼の部屋へ向かった。

「ルーファス兄さん。伝えたいことって?」

 改めて何を言われるのか、少し緊張した。

「先日、ケラー卿が騎士を辞めて故郷に戻ると、学園の寮まで挨拶をしにきた」

「え?」

「幼なじみと結婚して、家を手伝うそうだ」

 ルーファスから伝えられたことは、意外なことだった。

 前の時ではアレックスはずっと独り身だったのに、実は結婚を考えてた女性がいたの?

 じゃあ、どうして前は結婚しなかったのか……

「本当はエリアナに直接挨拶をしたかったそうだが、お前は城に行っていたから」

 アレックスが騎士を辞める。

 志半ばで故郷へ帰るのか、自分のための人生を歩むことに決めたのか、もう、彼から直接聞くことはできない。

 まだ、騎士になって一年ほどしか経っていないはずなのに。

「言伝を預かっている」

 私がどんな顔をしていたのか、ルーファスの声は優しい。

「“貴女は間違っていません。エリアナお嬢様の幸せを願っています”と。お前を気遣っていた。ディエム家のタウンハウスで過ごしていた時のお前のことをずっと心配していたようだ」

 アレックスに、何も恩返しができなかった。

 今の時間のアレックスとはほんの数ヶ月一緒にいただけだけど、それでも私を気にかけてくれたのに。

 前の時間のアレックスには数年分の迷惑料の滞納がある。

 それは、もう、二度と取り返しのつかないこと。

 私の方こそ、せめて今のアレックスには幸せになってほしいと願うことしかできない。

「…………教えてくれてありがとう。会えなかったことは残念だけど、知らせてもらえてよかったよ。ルーファス兄さん。これ、私の初めてのお給金で買ったものなの。少し早い誕生日プレゼント。よかったら使って」

 先ほど買った物をルーファスに差し出す。

「不自由な思いはしていないか?」

「お城で?」

 プレゼントを受け取ってもらいながら、それを尋ねられた。

「楽しくはないけど、困ることもないかな。特別貢献しているわけでもないし、気楽に過ごせているって言えばそうかも」

「そうか。お前はイレール王子と直接話すこともできるだろが、必要があれば俺からも伝えることはできるから何かあれば言ってくれ」

「うん。ありがとう。レアンドルさんも相談に乗ってくれるから、宮廷魔法士のことはあんまり心配しないで。心配してくれることはとても嬉しいけど」

 あまり表情の変化が無いルーファスが、そこでわずかに微笑んでくれた。

「プレゼントありがとう。大切に使わせてもらう。ニア達が待っているから行こうか」

 ルーファスがプレゼントを受け取ってくれたことに安堵する。

 気付くことができなかったルーファスの優しさには報いることができているのか。

 ニア達が待つ部屋へと移動しながらルーファスの背中を見つめて思っていたことだった。








しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(20件)

歌川ピロシキ
ネタバレ含む
解除
HIRO
2023.06.18 HIRO

18 子共→子ども又は子供では?

奏千歌
2023.06.23 奏千歌

訂正します。
ありがとうございます。

解除
どすんこナト坊

すごく面白いです!
早く続きを読みたいです!

解除

あなたにおすすめの小説

(本編完結)家族にも婚約者にも愛されなかった私は・・・・・・従姉妹がそんなに大事ですか?

青空一夏
恋愛
 私はラバジェ伯爵家のソフィ。婚約者はクランシー・ブリス侯爵子息だ。彼はとても優しい、優しすぎるかもしれないほどに。けれど、その優しさが向けられているのは私ではない。  私には従姉妹のココ・バークレー男爵令嬢がいるのだけれど、病弱な彼女を必ずクランシー様は夜会でエスコートする。それを私の家族も当然のように考えていた。私はパーティ会場で心ない噂話の餌食になる。それは愛し合う二人を私が邪魔しているというような話だったり、私に落ち度があってクランシー様から大事にされていないのではないか、という憶測だったり。だから私は・・・・・・  これは家族にも婚約者にも愛されなかった私が、自らの意思で成功を勝ち取る物語。  ※貴族のいる異世界。歴史的配慮はないですし、いろいろご都合主義です。  ※途中タグの追加や削除もありえます。  ※表紙は青空作成AIイラストです。

決して戻らない記憶

菜花
ファンタジー
恋人だった二人が事故によって引き離され、その間に起こった出来事によって片方は愛情が消えうせてしまう。カクヨム様でも公開しています。

貴方の事を愛していました

ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。 家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。 彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。 毎週のお茶会も 誕生日以外のプレゼントも 成人してからのパーティーのエスコートも 私をとても大切にしてくれている。 ーーけれど。 大切だからといって、愛しているとは限らない。 いつからだろう。 彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。 誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。 このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。 ーーけれど、本当にそれでいいの? だから私は決めたのだ。 「貴方の事を愛してました」 貴方を忘れる事を。

(完)結婚式当日にドタキャンされた私ー貴方にはもうなんの興味もありませんが?(全10話+おまけ)

青空一夏
恋愛
私はアーブリー・ウォーカー伯爵令嬢。今日は愛しのエイダン・アクス侯爵家嫡男と結婚式だ。 ところが、彼はなかなか姿を現さない。 そんななか、一人の少年が手紙を預かったと私に渡してきた。 『ごめん。僕は”真実の愛”をみつけた! 砂漠の国の王女のティアラが”真実の愛”の相手だ。だから、君とは結婚できない! どうか僕を許してほしい』  その手紙には、そんなことが書かれていた。  私は、ガクンと膝から崩れおちた。結婚式当日にドタキャンをされた私は、社交界でいい笑い者よ。  ところがこんな酷いことをしてきたエイダンが復縁を迫ってきた……私は……  ざまぁ系恋愛小説。コメディ風味のゆるふわ設定。異世界中世ヨーロッパ風。  全10話の予定です。ざまぁ後の末路は完結後のおまけ、そこだけR15です。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

あなたをずっと、愛していたのに 〜氷の公爵令嬢は、王子の言葉では溶かされない~

柴野
恋愛
「アナベル・メリーエ。君との婚約を破棄するッ!」  王子を一途に想い続けていた公爵令嬢アナベルは、冤罪による婚約破棄宣言を受けて、全てを諦めた。  ――だってあなたといられない世界だなんて、私には必要ありませんから。  愛していた人に裏切られ、氷に身を閉ざした公爵令嬢。  王子が深く後悔し、泣いて謝罪したところで止まった彼女の時が再び動き出すことはない。  アナベルの氷はいかにして溶けるのか。王子の贖罪の物語。 ※オールハッピーエンドというわけではありませんが、作者的にはハピエンです。 ※小説家になろうにも重複投稿しています。

「君を愛することはない」の言葉通り、王子は生涯妻だけを愛し抜く。

長岡更紗
恋愛
子どもができない王子と王子妃に、側室が迎えられた話。 *1話目王子妃視点、2話目王子視点、3話目側室視点、4話王視点です。 *不妊の表現があります。許容できない方はブラウザバックをお願いします。 *他サイトにも投稿していまし。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。