『あなたの幸せを願っています』と言った妹と夫が愛し合っていたとは知らなくて

奏千歌

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エリアナ・ディエムのやり直し

(18)標

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「お前!」

 体を起こしかけた男の子は、すぐに顔を歪めて背中を再びベッドにつけた。

 傷が痛んだようで、そこは心配する。

 でも、私の言い方で子供扱いされているのが伝わってしまったのか、すっかり拗ねたようで、男の子は毛布を頭まで被って丸まってしまった。

「起こしてごめんとは思っているよ。でも、うなされていたからどこか痛むのかと心配したのよ」

「…………なんともない」

 毛布の下から、くぐもった声が聞こえた。

「それならいいけど。私はエリアナ。ここは宮廷魔法士がいる場所よ。私はあなたのお世話を任されたの。そろそろ名前を教えてくれない?」

「…………ノイン」

 小さな声だったけど、それが聞こえた。

「アンセル出身なの?」

 名前の響きがそうなのかなって。

 話す言葉は同じはずだけど、地方によっては独特の方言がある。

 アンセルとは、ここ、ロンザーヌ王国の隣にあるアンセル王国のことだ。

 前の時間の時は、うちとは中立の立場を保って戦争には参加していなかったはず。

 興味なかったから、詳しくはないけど。

 でも、ノインって、確か、記号か数字の意味って習ったような……

「ゴーシュ……」

「ゴーシュ王国から来たの?」

 聞こえてきた小さな声に、そう聞き返したけど、その後の反応が返ってこない。

 それこそゴーシュ王国は、うちと戦争をしていた相手国だ。

 今の時点でも何かと衝突が絶えないと、レアンドルが言っていた。

 よくゴーシュから国境を越えてこられたなって思うけど、もしかして不法入国者になるのかな。

 随分と長い距離を移動してきたことになるから、疲労も溜まっているはず。

「ノインのこと聞いてもいい?どうして追われていたの?あなたの家族は?」

「俺はただ……」

「うん。教えて」

「父さんに会いに来ただけなのに、それなのに……いきなり兵士に囲まれて暴力を受けて……逃げようとしたら……槍で突かれて……」

 最後の言葉を聞いて、内心、憤慨していた。

 子供をいきなり槍で突くって行為が信じられなかった。

「怖い思いをしたのね。お父さんは?どうして会ってくれなかったの?」

「お前なんか知らないって……ダゲール伯爵って人が……俺の父親だって……教えてもらったけど……」

 伯爵が父親ってこと?

 ダゲール伯爵って、聞いたことがある。

 ロクデナシの方の噂で。

 うわぁ、何か複雑な事情がありそう。

「今までは、どこでどんな生活をしていたの?」

「ゴーシュの端にある農場でずっと働いていた……母さんはずっと前に病気で……そこから、俺は逃げてきたんだ……」

「そう。苦労したのね」

 あまり良い労働環境ではなかったのは想像できる。

「俺は、ゴーシュに戻されるのか?」

「あなたが希望しないのならそうはならないと思う」

 そこは私の力ではどうにもできないけど、デュゲがどうにかしてくれるはず。

 ていうか、そこを放置されたら困る。

「デュゲ先生はアテにならないけど、もう一人の、さっきあなたを運んでくれたお兄さんが力になってくれると思うから、心配しないで。それに、元気になってからもあなたのことは私が面倒を見るから、これからのことは一緒に考えよう」

「俺なんか、助けてもお前の得にはならないだろ」

「そうかもしれないけど、成り行きだし、私の初めての人助けなのだから途中では放り出さないよ。私は今、人生のやり直しの旅の途中なの。あなたが立派な大人になる頃には私もマシな人間になっていると思えば、良い標が来てくれたと思っているわ」

「意味がわかんねぇ」

 それもそうか。

 時間を遡って私はここにいるって、ノインには言っても信じてはもらえないはず。

「あなたが今までどれだけ苦労してきたのかは私には想像もできないけど、これからは一緒に大人になっていこうよ」

 真っ当な人になりたいってことが、ニアを幸せにすることの次に私が願うことだ。

「……もう寝る」

 私の言葉をどこまで聞いていたのか、毛布の中から迷惑そうな不機嫌な声が返ってきた。

「ああ、ごめんね。ゆっくり休んで。私はしばらくここにいるから、何か必要なことがあれば言って」

 返事はなかったけど、それから少しして、ズッと鼻を啜って泣いているような気配があって、心配はした。

 もちろん私にはかける言葉なんか見つからなくて、それが酷くもどかしかった。

 しばらく室内には小さなすすり泣く声が聞こえていたけど、それが聞こえなくなると、こちら側を向いて眠ったノインの寝顔を確認できた。

 静かにしているのが一番良いと、私は机に向かって試験勉強を再開した。

 ノインが目覚めたのは翌日のことだった。

 さすがに一晩そこにいてノインを見守るわけにはいかなかったから、隣の部屋で休んで、日が昇ってから朝食をノインの所に運んだ。

 ここで一緒に食べるつもりだったから、二人分だ。

「おはよう、ノイン。傷の具合はどう?」

 部屋に入ると、窓辺に立って外を眺めているノインの姿があった。

「別に……ここ、王様がいる城か?」

「うん。この辺の区画は宮廷魔法士しかいないし、廊下を移動したくらいじゃ王族や貴族には遭遇しないと思うから心配しないで」

「……お前が貴族のお嬢様だろ」

 ぷいっと向こうを向いたノインの横顔は、昨日よりは具合は悪くなさそうだった。

「朝食、一緒に食べよう。すごいよ。騎士団の食堂で、たくさん提供してもらえたの。レアンドルさんが教えてくれたのよ。ノインには食べやすいもの選んできたつもりだけど、もう少し元気になったら、もっと美味しいもの食べられるから」

 ワゴンで運んできたものを、テーブル代わりにそのままノインのそばに置いた。

 小さな丸椅子や机の椅子を運んで、向かい合わせる。

「ほら、座って座って」

 ノインは、相変わらず不満そうな顔をしていたけど、大人しく椅子に座った。

「たくさん食べて」

 私がそれを言っても最初はじっとワゴンの上を見つめていたノインだったけど、手に取ったものを一口食べると、その後の勢いは目を見張るものがあった。

 よほどお腹が空いていたのか、成長期の男の子ってのもあって、ワゴンの上の食料はたちまち無くなっていた。

 ノインは痩せすぎだと思うから、これからはもっとたくさん食べてほしい。

「食欲があるのは良いことよ。あとは、着替えてもらいたいけど……」

 お風呂に入るのを手伝うって言ったのに、そこはノインには断固拒否された。

 だから施設の案内だけ済ますと部屋で待つことにして、ノインがこざっぱりした様子で部屋に戻ってきたのはそれから三十分程経ってからだった。





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