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プロローグ
ニア(1)
しおりを挟む『貴女の幸せを願っています』
戦場での戦闘の合間に手紙を書き終えて、フッと息を小さく吐いた。
魔法使いである私は、貴族の娘であるにも関わらず、今は戦場にいる。
手に握っていた羽根ペンを見た。
恋人だったオスカーが筆立てとセットで贈ってくれたものだ。
『嫌!ニアの方がいい!ニアのと取り替えて!』
姉のエリアナは、いつも私のものを欲しがった。
記憶がある限りで、5歳の誕生日から毎年贈り物はエリアナが欲しい物を持っていった。
双子だからだいたい同じ物を贈られることがほとんどだったけど、それぞれの希望で贈られた物は、エリアナは自分がそれを頼んだにも関わらず、必ずと言っていいほど私が手にした物を欲しがっていた。
この羽根ペンもそうだ。
入学祝いに、当時密かにお付き合いしていたオスカーが贈ってくれたものをエリアナが見つけてしまい、これだけはダメだと拒んでも、両親に叱られてしまえば、エリアナに渡すしかなかった。
泣いて謝る私に、オスカーが改めて贈ってくれたのがこの羽根ペンだ。
あの後、エリアナが羽根ペンを使っていたところは見たことがない。
手に入ったことに満足して、途端に興味が無くなってしまうのが常だった。
外国語で書かれた絵本。
目のところにエメラルドの宝石が嵌め込まれたウサギのぬいぐるみ。
アンティークの手鏡。
お祖母様から譲ってもらった、今では形見となった物なんかもあった。
エリアナには、それが悪い事だという自覚が無かった。
私の生家、ディエム侯爵家には双子の姉妹がいた。
一人がエリアナと言う名の姉のことで、もう一人は姉と全く似ていない妹のニア、私のことだ。
私達とは腹違いの兄が一人いるけど、家族と過ごすことは少なく、卒業してからは領地に生活の拠点を移していた。
私は穏やかな性格の兄が好きだけど、後妻である私達双子の母とは折り合いが悪いから、あまり表立っては仲良くはしていない。
自分のことを虐げていた女の実の娘なのに、手紙のやり取りは欠かさずしてくれて、いつも私のことを気遣ってくれていた。
兄には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
それで、私達姉妹のことだけど、私達双子は容姿は似ていなかった。
姉は母に似て金髪の巻き髪に青い瞳をしているけど、私の方は隔世遺伝のようで、ストレートの茶髪に緑色の目をしている。
父親の母親、私から見たらお祖母様に似ているから、母はそれが気に入らなかった。
でも、大好きなお祖母様の若い頃の肖像画に似ていることは、私の誇りだ。
愛らしい容姿のエリアナは、会う人をすぐに虜にした。
何でも手に入るのが当たり前で、みんなから愛されるエリアナ。
学園に通っているときも、エリアナはいつも人の中心にいた。
衆目に晒されることに臆さず、堂々と振る舞う姿は、私には真似できないことで、尊敬している部分ではあった。
でも、常に周りには人がいて、望めば何でも手に入ったから、だから、自分にとって本当に大切なものが何かなんて、失った時じゃないとわからないのではないかと心配していた。
きっとその時、とても後悔して、初めて苦しい思いをして、たくさん泣くのだと思う。
エリアナにとって何が大切なものかはわからないけど、でも、自分の命を引き換えにしてでも何かを欲し、何かを取り戻したいと願った時、それが叶うようにとお守りに魔法をかけて、それを贈り物にした。
後悔したまま終わってほしくなくて、私がエリアナの結婚を祝えないお詫びのつもりだ。
エリアナは、私の恋人であったオスカーと結婚した。
私達双子と幼なじみのオスカーは、裕福な伯爵家の嫡男だった。
普段から無表情で、誰に対しても態度が変わらないから、エリアナはあまり興味を持たなかったけど、私とオスカーはずっと仲良く過ごしてきて、将来一緒になるためにお互い努力を重ねていた。
でも、私とオスカーは結婚することができなかった。
エリアナへの贈り物は、自分には使えない、誰かに対してしか使えない祝福の魔法だから、エリアナが幸せになって欲しいと願ったのは本当の気持ちだった。
祝福の魔法は、オスカーには贈れなかった。
きっと彼は受け取らないし、苦しませてしまうだけだから。
私も、オスカーとエリアナが二人並んでいる姿を見るのは辛い。
私がもっとちゃんとしていれば……魔法なんかなくても、誰に何をされても負けない力があればよかった。
私に魔法の指導をしてくださった先生は、敵に塩を送るだなんてバカだねと仰っていた。
無理矢理奪えばよかったのにって。
それもそうなのかもしれないけど、その覚悟すらできない。
どれだけ魔法が使えても、両親に立ち向かえず、言いなりの自分が悪いのだから、エリアナを恨むこともできない。
エリアナとの結婚が決まった時、オスカーが二人でどこか遠くへ逃げようと言ってくれたことは嬉しかった。
でも、オスカーには優しいご両親がいたし、事業でたくさんの人を雇用しているから、その人達を見捨てさせるのは酷だった。
それに、私も……
生まれる前から一緒にいるエリアナを見捨てることは出来なかった。
エリアナは、いつだって自分の感情に正直だったから、そんな所は羨ましいと思っていた。
きっと、私とエリアナ、足して割ったらちょうどいい感じになるんじゃないかな。
戦場に届くエリアナの手紙は、ほんの少しの不満と、生をたくさん謳歌している内容だった。
オスカーに大切にされているようで安心する反面、どうしようもない嫉妬の想いも生まれてくる。
どうすれば良かったのか。
今さらだけど、どうしても考えてしまう。
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