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プロローグ
エリアナ(1)
しおりを挟む『貴女の幸せを願っています』
妹から届いた手紙を開いて、あの子の顔を思い浮かべる。
控えめに微笑む妹の事を可愛いとは思っていた。
髪の色や瞳は私と違って地味だけど、ちゃんとメイクをして着飾ればいいのに、前髪で顔を隠して、いつも俯いて、それでいて暗い色の質素な服を着ていたものだから、あの子は笑われてばかりだった。
私の後ろに隠れていないと、貴族社会でどれだけ虐められていたかわからない。
私の生家、ディエム侯爵家には双子の姉妹がいる。
一人がエリアナと言う名の私のことで、もう一人は私と全く似ていない妹のニアのことだ。
ちなみに長男である兄が一人いるけど、家族と過ごすことは少なく、物静かな人で、領地に引きこもっているから存在は空気だ。
それで、私達は双子なのに、容姿は似ていなかった。
私はお母様に似て金髪の巻き髪に青い瞳をしているけど、ニアの方は隔世遺伝?先祖返り?とかで、ストレートの茶髪に緑色の目をしていた。
父親の母親、私から見たらお祖母様に似ているから、お母様はそれが気に入らなかったのよね。
先代侯爵夫人であるお姑を思い出すからって、ニアに厳しくしてばかりだった。
確かに、お祖母様の若い頃の肖像画にニアはそっくりなのよ。
でもまぁ、その甲斐があってか、あの子の成績はとってもよくて、のんびりした性格のニアにはむしろ厳しい教育が良かったんじゃないかなって思っている。
そんなニアは親不孝もいいところで、女の身でありながら戦場に行ったまま帰ってこない。
戦場に身を置くことなんかやめて、ニアも帰ってきて結婚しなさいって何度も手紙に書いたのに、学園を卒業する前から三年以上ずっと家には帰っていない。
あんな所で人殺しに明け暮れているだなんて信じられない。
そんなことは騎士や兵士に任せておけばいいのに。
王都には戦争の殺伐とした気配なんか少しも届かないから平和なものよ。
手紙を読んでいる私のところに、メイドが新しいお菓子とお茶を置いて下がっていった。
見たことがないものだから、新作スィーツかな。
そう言えば、香水の新作が出る頃だからチェックしに行かなくちゃ。
あの子は不器用な子だから、適当にいい所に嫁いで、優雅な生活を満喫するなんてことができない性格なのよね。
まぁ、でも、宮廷魔法士になることはあの子が望んだことだったものね。
あの子の義務は、魔法使いとして戦場に立つことなのだろう。
私の義務は……
夫であるオスカーときたら、結婚してから二年、毎日家に帰ってくるのに、私に指一本触れようとはしない。
私達が結婚すると、爵位をオスカーに譲った前伯爵夫妻は領地へと帰っていった。
義理の両親とほとんど顔を合わせなくて気楽ではあるけど、それでも親戚中から早く子供をと催促される私に、自分が不能だから彼女のせいではないと堂々と言い放つくらいの豪胆さはあるのに、オスカーは義務として私を受け入れようとはしない。
本当に不能なんじゃないかしら。
まったく、女嫌いの彼には手を焼くものだけど、こればっかりは時間をかけるしかない。
とはいえ、この二年で少しも距離が縮まったとは思えない。
これでもしニアが嫁いでいたならば、もっと苦労したはずだ。
だからやっぱり私で良かったのよ。
あの子には感謝してほしいわ。
お菓子をつまみながら、婚約が決まった当時のことを思い出していた。
伯爵家からオスカーとの縁談の話がきたのは、ニアから宮廷魔法士なりたいと聞いた直後のことだった。
あれは、17歳になった頃のことだ。
『へぇ。シニストラ伯爵家から縁談の話がきたの?』
幼い頃から知っているオスカーの顔が思い浮かんだ。
彼は私達よりも二歳年上で、学園を卒業した19歳の頃だった。
私達もオスカーも、そろそろ結婚相手を決めなければならない年頃だったし、早い子はもっと前から決まっていた。
『私達のどちらかにってこと?』
名指しじゃなかったのは、私達が双子で条件が同じだったからだ。
どちらでもいいのなら、オスカーのことは何とも思っていなかったけど、見た目はいいし、とても裕福な伯爵家の跡取りだったし、学生のうちから独自の事業を展開して個人でも多くの資産を持っている、かなり期待できる伯爵令息だったのよね。
だから、宮廷魔法士を目指していたニアの足枷になってはいけないと、すぐに私が自ら立候補した。
何の取り柄もないニアが、唯一誇れるのが魔法なのだから、それで功績を残したいのなら協力しなくちゃって。
それからトントン拍子に話が進んで、数日後には教会で婚約を取り交わしてオスカーの婚約者になったけど、あの後すぐだったのよね。
ニアが戦場に行ったのは。
一度も私と会わずに、学園の卒業も待たずに行っちゃって。
少しくらい、直接会って祝ってくれてもいいのにって思っていたけど、後日、魔法がかけられた贈り物がされただけだった。
こうやって頻繁に手紙を送ってくれるけど、もう随分会っていない。
卒業してすぐに行われた結婚式にすら出席してくれなかった。
どれだけ戦場が好きなのかって話だ。
戦争が始まったきっかけすら、私は覚えていないのに。
ニアのことを考えながらも、暇だなぁってぼーっとしていると、メイドが入室の許可を求めてきたから、どうぞと答える。
「奥様。旦那様からの言伝です。教会の方にお越しくださいとのことです」
「教会?」
オスカーが教会に私を呼ぶって、何がしたいのかさっぱりだった。
「ただいま馬車の準備をしておりますので、奥様の支度もさせていただきます」
メイドにされるがまま、外出の準備を行なっていく。
「黒のワンピースって、随分と控えめな装いなのね」
教会に行くにしても地味すぎる。
いったい何の用事で行くのか、オスカーは戦地にたくさんの支援を行なっているのは知っているけど、教会にも何か支援をしていたかしら?
支度を済ませて部屋を出ると、私の後ろを歩く護衛騎士のアレックスの顔色が悪いのが気になった。
オスカーに負けないくらい表情が動かない人なのに、こんな時もあるのかってくらい調子が悪そうだった。
体調が悪いのなら他の護衛に頼むと伝えたけど、そうではないらしい。
私が馬車に乗ると、アレックスは騎乗し、その後は淡々としていたから私も特に気にしなかった。
馬車は近くの教会を通り過ぎたかと思うと、そこから随分と離れた馴染みのない教会へと連れて行かれ、そこにはすでに両親が待っていた。
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