いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌

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 ずっと、頭痛が止まなかった。

 重たい足を引き摺りながら、馬を繋いでいる所に向かった。

 マリーの両親への報告も行わなければ。

 責められるのは必至で、俺はそれをちゃんと受け止めなければならない。

 謝って済まされるわけがない。

 それから、どうやって王都の家に帰ったのか。

 呆けていた俺を、更なる衝撃が待っていた。

「何だこれは、一体、何があった!?」

 家の前まで来ると、門は壊されており、玄関を見ると、メイド二人が怯えた様子で座り込み、抱き合って泣いていた。

 それから、地面にはケイレブが倒れていた。

「ケイレブ、大丈夫か?」

 駆け寄ってケイレブの脇にしゃがみ込むと、呼吸は浅いながらも意識はあるようだった。

「旦那様……」

 ケイレブが話した事は、追い打ちをかけるような出来事であった。

 貸付の担保に、家が抵当に入れられているという。

 そして、家が差し押さえられたと。

 なんで、いつの間にそんな事にと思う反面、ドナの仕業だと、それしか思いつかなかった。

 俺は、一度だけ土地と家の権利書を持ち出したことがあった。

 登記記録に不備があったからと言われ、役場に権利書を持って行き、それを持ったままドナの家に泊まった事があった。

 それを確かめる為にメイド達にケイレブを任せて、執務室へと向かうと、権利書を保管している金庫を開けた。

 保管されていたはずのそれらの書類は偽物だった。

 嫌な汗が出っ放しだ。

 何が起きたのか瞬時に理解した。

 落ち着け。印章は無事だ。

 すぐに裁判所で手続きをすればいい。

 だが、それまでにどれだけの費用と時間がかかる?

 ただでさえ、領地の財産は失われているのに。

 再び、屋敷を飛び出していた。



 ドナのフラットに行くと、中はもぬけの殻だった。

 ドナの姿はどこにもなく、荷物も持ち出されていた。

 ああ、やっぱりと。

 力無く、ガランとした室内を見渡すことしかできなかった。

 ドナはどこに行ったのか。

 考えてもわかるはずがなく、間も無く人手に渡る家に、今は帰るしかなかった。

 誰もいなくなった屋敷の中で、真っ直ぐに自分の部屋に向かうと、無意識に手にしていたのは、マリーからの手紙だった。

 薬を買うお金がないと訴えてきたあの手紙。

 それの二枚目に、俺は目を通していなかった。

 それには、領地の窮状がちゃんと記されていた。

 マリーがせっかく知らせてくれたのに、それを無駄にして、もう、領地を救うことができない。

 今年の冬は越せても、来年は種を蒔けなければ収穫など見込めない。

 目の前に残された、手紙の束を見た。

 マリーから送られてきた手紙は、ほとんど目を通していなかった。

 一つ一つ、封を開けていく。

 “あなたの事が心配です”

 “何か力になれる事はありませんか?”

 “町の方々は、あなたに感謝の気持ちを口にしていましたよ”

 “帰宅が遅いと聞きました。お忙しいでしょうが、お身体を大切にしてください”

 俺は今まで、何を見ていたのか。

 涙が自然と溢れてくる。

 マリーの無償の愛が、こんなにも俺に向けられていたというのに。

 財産を差し押さえられ、全てを失った屋敷の中で、一人、膝をついて涙を流していた。

 腕の中に、マリーの遺灰を抱きしめて。




 ケイレブは入院している。

 メイド二人は、逃げるように辞めていった。

 彼女達には落ち着いたら退職金を払うことは伝えたが、いつになるか……

「エルド・マルコム子爵は、貴殿のことか?」

 マリーの遺灰を抱きしめてボーッと座り込んでいると、制服を着込んだ一人の男が扉の所に立って、俺に声をかけてきた。

「失礼。入り口で声をかけたのだが、誰も応答がなかったので中に入らせてもらった。貴殿に報告する事があって訪れた者だ。私の所属は王都治安部隊、第十四地区担当だ」

 男のその言葉に意識を集中させると、確かに制服は治安部隊のものだった。

 騎士団とはまた別の組織で、主に国内で起きた問題を解決する組織だ。

「取り急ぎ、これだけは先に貴殿の元に届けに来た」

 両親の形見の時計が、目の前に置かれた。

 ジェームズが持ち去ったはずの物が、

「どうして……」

「マルコム子爵領近辺で活動中の騎士団より通報があった。不審な人物が違法に国境を越えようとしていた為、尋問したそうだ。その結果、いくつかの犯罪行為が明らかとなった」

 男の話からわかった事は、偶然が重なり、騎士団と治安当局が早々に動いてくれたおかげで、国外に逃亡しようとしていたジェームズは捕えられていた。

 そして、この時計が戻ってきた。

 ジェームズが横領した金は、平民なら残りの人生何もせずとも暮らしていける金額だった。

 マリーの宝石類にまで手を出していたほどだ。

 ジェームズは、両親が存命だった時から長らく仕えてくれていて、だから信頼していたのに、俺から冷遇されているマリーを見て罪を犯すことを思いついたのだと供述していた。

 それと、もう一つ。

 ドナとその協力者も捕まった。

 協力者は、俺とは別の役所に勤める男爵の男だった。

 最初は、俺から適度に金を落とされるだけで満足していたドナだったが、旧知の男爵の男に唆されて魔が差したのだと話していた。

 二人は、たちの悪いところから金を借りていたようだ。

 違法な高利貸しから。

 治安部隊の者は、報告を済ますとすぐに屋敷から去って行った。

 後日、俺の元には権利書も戻ってきた。

 屋敷が担保となっていた借金も無効となり、正規の手続きで家を売ったお金で種が買えた。

 辞めていく者の退職金も払える。

 俺は、最後の最後で、ほんの少しだけ運に恵まれていたのだった。

 王都の屋敷は失ったが、代わりに今後の資金となるものと種を手に入れる事はできたから、待っている領民達の元へ、早くこれを届けなければ。

 仕事の方も以前の地方の役所勤めに変えてもらい、王都を去る事になった。

 俺は、領地に戻る前にマリーの実家へと向かった。

 マリーの父親に全ての事に対して謝罪すると、一度だけ殴られ、そして、俺の手でマリーの遺灰を弔って、一生をかけて償えと告げられた。

 マリーの母親や弟は、俺に会うことすらしてはくれなかった。

 それも当然のことだった。

 義父の言葉を受け止め、領地へと足を向けた。

 誰も待つ者がいない、マリーのいた思い出だけが残った家へと帰る。

 俺の手元に残ったものは、両親の形見の時計と領地だけだ。

 時計を見るたびに、両親から責めるような眼差しを向けられているように思えた。

 残りの人生はマリーに償いながら、領民のために生き、一生を終えるつもりだ。






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