いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌

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「あの、領主様でしょうか?」

 墓所からの帰り道、声をかけられていた。

 顔を向けると、町の女性達のようだった。

 彼女達は疲れた表情をしており、思い詰めているようにも見える。

「奥様はご無事でしょうか?もう、随分とお姿を見ていません」

「奥様は、よく、私達の手伝いをしてくださっていました」

「冷害で不作なのに、あまり支援をしてあげられないからと、自ら畑を回って作業を手伝ってくださって。もしかして、お身体を悪くされたのではないですか?」

 マリーがそんな事をしていたのかと驚いたのに、さらに、

「待て、俺はそんな報告は聞いていない。不作だったのはいつの話だ?」

「二ヶ月前の収穫の時期ですが、ご存知ないのですか?私の主人が何度も領主様に掛け合うようにとジェームズ様には嘆願しておりましたが」

「俺は王都にいて、そんな報告は一度も受けていない……」

 ジェームズが意図的に報告しなかったのか?

「今は、町の様子はどうなんだ?」

「なんとかギリギリ冬は越せそうですが、次の作物を育てるための種が買えません」

「わかった。それはこちらで何とかする」

「奥様は……」

「妻は、体調不良で療養している。俺は今から療養地に会いに行くから、少しの間、また留守にする」

「わかりました。町の方は私の夫にお任せください。領主様の言葉を伝えます」

 女性達と別れると、屋敷には置いてきた馬の元へと走っていた。

 いったい、何が起きていたというのか。

 不安と困惑と混乱と焦燥が、俺の中を渦巻いていた。




 領地の運営は常にギリギリの状態だ。

 だが王都の屋敷を担保にすれば、金を借りられる。

 それで領民が種を買えるように手配して。

 でも、まずはマリーだ。

 マリーの安否を。

 移動しながら馬上で考えていた事は、マリーの事だった。

 屋敷の状態やジェームズの事も調べなければならないが、それよりもまずはマリーの事だった。

 マリーに会わなければと、それだけを考えて馬を走らせていた。

 記憶の限り、ずっとマリーは一緒にいた。

 離れていたのは、この一年間だけだ。

 この先もずっといるのが当たり前の存在で、それを疎ましいと思っていたはずなのに、今、俺の頭の中では思い出の中のマリーの顔が次々と浮かんでいた。

 俺からの誕生日プレゼントを喜んでいたマリー。

 初めて二人で町に出かけた日は、恥ずかしがりながらも手を繋いでいた。

 子馬が産まれた時は、二人で出産を手伝った事もあった。

 どれも、屈託のない笑顔を俺に向けてくれていた。

 いつからだ。

 俯いて、暗い表情をするようになったのは。

 とにかく、今は無事でいてほしいと願った思いも虚しく、教会が運営する治療院で待っていたのは、遺灰が入れられた小さな四角い壺だった。

 マリーは、すでに荼毘に付されていたのだ。

 病気の蔓延を防ぐために、遺体を焼いたのだと。



 腕の中に残された小さな壺を抱いて、呆然としていた。

 これがマリーだったのだと、信じられなかった。

 本当に……マリーはもういないのか……



 教会が運営する治療院では、マリーの遺灰と共に残されていた手紙も渡された。

 手紙の文字を見ると、確かにマリーの筆跡だった。

 幼い頃からずっと見続けてきた、マリーの筆跡だった。

 手紙の内容には、何が起きていたのか、この一年に起きた事が書かれてあった。

 俺が王都勤務となった三ヶ月ほどは、マリーが領地の運営を行っており、小さな町の事であったから、それは何の滞りもなく順調だったそうだ。

 だが、半年が過ぎた頃、ジェームズが使用人を勝手に解雇するようになった。

 表向きは、個人の事情で辞めていったようになっていたが、実際は、ジェームズがそうなるように仕向けていたとあった。

 屋敷で働いていたのは、ジェームズを含めて8人。

 家令が一人、メイドが三人、従僕が二人、料理人が一人、馬丁兼庭師が一人。

 三ヶ月の間で、家令とメイド一人を残してみんな辞めていったと。

 それは俺の指示であるかのように、ジェームズから告げられたそうだ。

 思い返せば、その頃だ。

 ジェームズから例の請求書の束が送り付けられてきて、だから俺は、マリーから全ての権利を取り上げて、ジェームズの監視下に置いたのだ。

 手紙は、まだ続きがあった。



 マリーは、領民が言った通りに、冷害の影響で生活が苦しくなった民に声をかけたり作業を手伝ったりしていた。

 その過程で病に罹り、薬代を工面するのが難しくなったのだと。

 無意識のうちに、拳を握りしめていた。

 マリーは、自分の嫁入り道具やドレスを売り払って、町民の支援をしながら、薬の確保もしなければならなかった。

 何度か嘆願の手紙を送ったとあるが、俺はそれを、マリーからの手紙を無視し続けていた。

 俺が、マリーを見殺しにした。

 こんな場所で、一人で逝かせて……

 苦痛と孤独の中で死なせてしまった。

 俺が、マリーを殺した。

 その、取り返しのつかない事実に戦慄していた。

 手紙の最後には、家令のジェームズとメイドのマチルダを信用しないでほしいと書かれていた。

 あの屋敷の状況。

 マリーの言葉を信用するには十分な光景だった。

 あの二人が何かしらの問題を、おそらく横領という罪を犯してしていたのだろう。

 最後の方は手に力が入らなくなったのか、文字が歪んでいた。

 書き終えたところで、急激な体調の悪化によって、この手紙を出す事ができなかったのだろうと、治療院の関係者は言っていた。








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