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2 散財する妻

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 別居して半年が経った頃。

 “奥様の散財が目に余ります”

 家令から送られてきた手紙と共に、多くの請求書の束が添えられていた。

 あの女、調子に乗って。

 俺はすぐにマリーが家のことに関わる事をやめさせ、家令に全ての権限を委ねた。

 それと共に、俺が子爵家の財産管理も行うことになった。

 負担が増えるが、致し方ない。

 妻の両親に知られたら、妻の管理もできないのかと、笑われるのは俺の方だ。

 それに、ただでさえ心許ない蓄えが、食い潰されたらたまらない。

 マリーは実家にいた時の感覚が抜けないのか、問題を起こして俺が戻る事を期待しているのか、とにかく、いい加減にして欲しかった。

 お茶会やパーティーに出席するわけでもないのに、何故ドレスや宝石を買い込む必要がある。

 どうせマリーには、それらに招待してくれる友人などいないというのに。

 子供の頃から、学園に在籍していた時も、誰かに話しかけられても俯いてばかりだったマリー。

 その姿が惨めで、だから、どうしても婚約を破談にできない理由でもあった。

 俺は結婚するまで、あいつの事を可哀想な奴だと思っていたんだ。




「随分と早起きね。何を考えているの?エルド」

 夜明けよりも先に目が覚めてしまった俺に声をかけてきたのは、隣で寝ていたドナだ。

 身じろぎをしたから起こしてしまったのか。

 ドナは平民の女性で、王都の役所で働き始めてから知り合った。

 ここは彼女が借りているフラットで、最近では王都にある子爵家の小さな屋敷には帰らず、ここで過ごすことがほとんどだ。

 彼女との付き合いは、もう九ヶ月ほどになる。

 使用人達や、もちろんマリーも俺がここで過ごしている事は知らない。

 帰らない日は職場で寝泊まりしていることになっている。

 まぁ、どうせバレたところでマリーが俺に何か言えるとは思えない。

 逆に離縁してやると言ってやればいいことだ。

 そうすれば、困るのはマリーの方なのだから。

「厄介な妻のことを考えていた」

 それを口にすると、ドナは眉を寄せた。

「お貴族様も大変ね。簡単に離婚ができないのでしょ?」

 平民の夫婦よりも貴族の離婚の方が遥かに困難だと、つい最近話したばかりだった。

「君とは大違いだ。自立できないくせに、金遣いが荒い」

 ドナは俺に何も望まない。

 逆に、惜しみない愛情と癒しを与えてくれる。

「君みたいな女性が妻だったらよかったのに」

 俺を愛してくれる女性は、ドナだけで十分だった。




 休日を一日ドナと過ごすと、その足は一度自宅へと向けた。

 そこで、俺は、一つの報せを受ける事になる。

「旦那様、お待ちしておりました!奥様が……お亡くなりになりました」

 久しぶりに屋敷に戻ると、顔を蒼白にした執事のケイレブが駆け寄ってきて告げた。

 ここには、執事が一人とメイドが二人しかいないのに、その三人ともが屋敷の玄関に集まっていた。

 領地の屋敷にはもう少し人員がいるが、あまりこちらには連れてこなかったのだ。

 その三人が俺の顔を悲痛な面持ちで見つめているが、ケイレブの言葉を理解するのにしばらくかかったため、突っ立っていることしかできなかった。

「何があった」

 やっと絞り出した言葉がそれだ。

 俺は、マリーの突然の訃報を聞いてショックを受けているのか?

 頭が上手く働かない。

 マリーが死んだ?

 どうして。

「他領にある教会からの手紙で、緊急のことのようでしたので内容を確認すると、奥様が病死したと」

 ケイレブには手紙の仕分けを任せていたし、場合によっては開封も許可していた。

「何故、マリーはそんな所に……」

「一度領地へお戻りになってはいかがですか?実は、ジェームズとはここ数日連絡がとれていないのです」

 領地の事を、マリーに代わり任せていたのは家令のジェームズだ。

「それに、御遺体の引き取りも……」

 思わずケイレブを睨みつけていた。

 俺は、まだ、マリーが死んだとは信じていない。

「きっと、何かの間違いだ」

 屋敷に一頭だけいた馬に跨ると、領地へと急いでいた。




 途中で馬を変え、数日かけ大急ぎで帰ってきたが、町民の顔はみな暗く、町並みもどこか寂れているのが気になった。

「マリー!!マリー!!」

 なんだ、どうして誰もいないんだ。

 やっと辿り着いた屋敷の中には、人の姿が見えない。

 家の中がどこかガランとしている。

 そして、家の中は管理が行き届いていなかった。

 随分と埃が目立つ。

 そう言えば、マリーが大切に育てていた花壇の花も枯れていた。

 家に入る時に視界の端に見えて、気になってはいたんだ。

「誰かいないのか!!」

 何で、使用人達は誰も姿を見せないんだ?

 そこでまた、俺が気付いた事があった。

 屋敷の中に、金目の物が見当たらない。

 高級な物がいくつも置かれていたわけではないが、両親が大切にしていた、形見となったアンティークの置き時計や、義理の両親に結婚祝いに贈られた絵画が消えていた。

 足音を響かせて、二階にあるマリーの部屋へ駆け込む。

 バンっと勢いよく扉を開けたところで、中には誰一人としていない。

 ざっと室内を見渡しただけでも、そこにあるはずの物が何もなかった。

 マリーの持ち物が全て無くなっていたのだ。

「どうして……」

 出て行ったのか?

 じゃあ、あの教会からの訃報は……

 考えがまとまらず、何かを認めたくもなくて、放心状態でフラフラと両親の墓碑がある場所へ行くと、そこも、もう随分と手入れされていない様子だった。

 俺が学園を卒業する間際に、火事で二人同時に他界した両親の墓を、マリーはいつも丁寧に管理してくれていた。

 今は、枯れた花が無造作に置かれており、雑草も生えて、荒れ放題だ。

 いつから、ここに誰も訪れていないんだ……







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