33 / 53
本編
33 帝都へ
しおりを挟む
結局レオン達と帝都へ向かうことになって、その準備が整うまでの間、ダイアナは慰問を続け、私は野営地のテントの中で過ごしていた。
そう、指示されたからだ。
またどこかへ逃げ出すのではないのかと、警戒されたのかもしれない。
余計なトラブルを起こしたくないし、もうこれ以上痛い目には遭いたくなかったから大人しく指示に従っていた。
調理場の仕事もできないから、ジーナさんには体調がまだすぐれないからと連絡してもらっている。
する事がなくて、不安を紛らわすためにも貸してもらった本を読んでいると、布一枚隔てた向こう側で何かが落ちる音が聞こえた。
「レオン?大丈夫ですか?」
今はレインさんもいなくて、見張りのレオンと二人っきりだ。
「は、はい」
パーテーション代わりの布をめくって声をかけると、直立不動となったレオンの姿があった。
「え、あの……どうしたのですか……?」
その態度に、驚く。
心なしか、レオンの顔は赤い。
「俺、あの、申し訳ありません。本当は、ダイアナ様と同じように貴女にも敬意を表明したいのですが、周りに不審に思われても貴女のためにはならないと」
レオンが初めて見せる狼狽えた姿に、私の方が戸惑う。
「それと、まだ動揺していて、本当にエルナト様なのだと、それが嬉しくて」
「普通に、今まで通りでお願いします。むしろレオンは高位貴族の生まれですよね?平民の私に……」
「レインに聞いたのでしょうか?俺はもう騎士の身分なので、貴女が気にしないで下さい」
レオンがどうしてそこまで喜んでくれるのかは理解できない。
敬うような態度をとられると、慣れていないからどうしたらいいのかわからなくなる。
それに、レオンにとってのエルナトは、敬意を示す相手だと言ってくれるのは嬉しいと思いたいけど、それを素直に喜んでいいのかどうなのか。
私には覚えがない。
それがとても悪い事のような気がして、
「私は、レオンの事を覚えていません。どこで会ったのでしょうか?」
傷付けるかもしれないとは思ったけど、知った振りをすることもできなくて伝えていた。
でもレオンに気にした様子はなかった。
「7歳の頃。大聖堂の中庭でです。覚えていませんか?」
「覚えていません。ごめんなさい」
「貴女が俺を覚えていなくても当然です。それが貴女にとっては特別な事ではなかったからです。貴女は貴族でも平民でも、誰に対しても分け隔てなく接していたから」
そうだったかな? と、あの頃の事を思い出してみると、確かに家族を喪って、御魂を見送りにきた方には声をかけていたと思う。
それが親を亡くした幼い子供なら余計に、自分の事のように思えていたから。
「すみません、俺は一度外に出ます。すぐそばにいますので、何か用事があれば言ってください」
レオンは顔を赤くしたまま、すごい速さでテントの外に出ていた。
その後も、二人っきりになった時のレオンの態度は変わらなかった。
どうすればいいのか迷っているうちに、野営地を出て帝都へ向かう日となっていた。
むしろその事を心配しなければならなかったのに。
ジーナさんとは丁寧に挨拶を済ませ、いつでも帰っておいでと見送ってもらった。
ここに来て、初めて寂しいと思えた別れだった。
帝都へと向かう豪華な馬車の中では、膝の上でモフーがくつろいだ姿を見せている反面、私の方はダイアナと一緒で居心地が悪かった。
ダイアナは19歳で、同じ年頃の女性と過ごした事がないから、何を話したらいいのか分からない。
馬車が動き出して外を眺めていると、声をかけてきたのはダイアナの方だった。
「シャーロットさん。帝都に着いて、何かしたいことはありますか?貴女にはもう、何の義務も責任もありません。一人の人として、やりたい事をしてほしいと願っています。その生活は、帝国が、私達が守ります」
聖女の微笑みを向けられる。
その言葉をどこまで信用していいのか分からないけど、やりたい事をさせてもらえるのなら、やってみたい事はあった。
「針子の……針子の仕事がしてみたいです。何の経験もないけど、幼い頃に、母が、私の持ち物に刺繍をしてくれて……」
「針子ですね。分かりました。先生に師事するのが良いと思います。良い方を知っています。刺繍のスキルが上達すれば贈り物にもできます」
何故かダイアナの方が張り切っていて、もうすでに色々と段取りを考えているようだった。
「それから、お洋服も作れたらいいですね。ドレスの作成はなかなか一人では難しいので、部分的な刺繍を施すなんてのもいいですね」
ダイアナの言葉は止まらない。
「楽しみです。まずは、贈り物への刺繍に挑戦してみましょう」
贈り物をする相手などいないと聞き流しながら、窓の外に視線を向けた。
ちょうど並走する、騎乗したレオンの姿が見える。
その姿は騎士そのもので、ここ数日の私の前でのまごついたものとは大きくかけ離れたものだ。
これからどうなるのか。
どんな生活が待っているのか。
レオンの背中を見つめながら、不安な思いしかなかった。
そう、指示されたからだ。
またどこかへ逃げ出すのではないのかと、警戒されたのかもしれない。
余計なトラブルを起こしたくないし、もうこれ以上痛い目には遭いたくなかったから大人しく指示に従っていた。
調理場の仕事もできないから、ジーナさんには体調がまだすぐれないからと連絡してもらっている。
する事がなくて、不安を紛らわすためにも貸してもらった本を読んでいると、布一枚隔てた向こう側で何かが落ちる音が聞こえた。
「レオン?大丈夫ですか?」
今はレインさんもいなくて、見張りのレオンと二人っきりだ。
「は、はい」
パーテーション代わりの布をめくって声をかけると、直立不動となったレオンの姿があった。
「え、あの……どうしたのですか……?」
その態度に、驚く。
心なしか、レオンの顔は赤い。
「俺、あの、申し訳ありません。本当は、ダイアナ様と同じように貴女にも敬意を表明したいのですが、周りに不審に思われても貴女のためにはならないと」
レオンが初めて見せる狼狽えた姿に、私の方が戸惑う。
「それと、まだ動揺していて、本当にエルナト様なのだと、それが嬉しくて」
「普通に、今まで通りでお願いします。むしろレオンは高位貴族の生まれですよね?平民の私に……」
「レインに聞いたのでしょうか?俺はもう騎士の身分なので、貴女が気にしないで下さい」
レオンがどうしてそこまで喜んでくれるのかは理解できない。
敬うような態度をとられると、慣れていないからどうしたらいいのかわからなくなる。
それに、レオンにとってのエルナトは、敬意を示す相手だと言ってくれるのは嬉しいと思いたいけど、それを素直に喜んでいいのかどうなのか。
私には覚えがない。
それがとても悪い事のような気がして、
「私は、レオンの事を覚えていません。どこで会ったのでしょうか?」
傷付けるかもしれないとは思ったけど、知った振りをすることもできなくて伝えていた。
でもレオンに気にした様子はなかった。
「7歳の頃。大聖堂の中庭でです。覚えていませんか?」
「覚えていません。ごめんなさい」
「貴女が俺を覚えていなくても当然です。それが貴女にとっては特別な事ではなかったからです。貴女は貴族でも平民でも、誰に対しても分け隔てなく接していたから」
そうだったかな? と、あの頃の事を思い出してみると、確かに家族を喪って、御魂を見送りにきた方には声をかけていたと思う。
それが親を亡くした幼い子供なら余計に、自分の事のように思えていたから。
「すみません、俺は一度外に出ます。すぐそばにいますので、何か用事があれば言ってください」
レオンは顔を赤くしたまま、すごい速さでテントの外に出ていた。
その後も、二人っきりになった時のレオンの態度は変わらなかった。
どうすればいいのか迷っているうちに、野営地を出て帝都へ向かう日となっていた。
むしろその事を心配しなければならなかったのに。
ジーナさんとは丁寧に挨拶を済ませ、いつでも帰っておいでと見送ってもらった。
ここに来て、初めて寂しいと思えた別れだった。
帝都へと向かう豪華な馬車の中では、膝の上でモフーがくつろいだ姿を見せている反面、私の方はダイアナと一緒で居心地が悪かった。
ダイアナは19歳で、同じ年頃の女性と過ごした事がないから、何を話したらいいのか分からない。
馬車が動き出して外を眺めていると、声をかけてきたのはダイアナの方だった。
「シャーロットさん。帝都に着いて、何かしたいことはありますか?貴女にはもう、何の義務も責任もありません。一人の人として、やりたい事をしてほしいと願っています。その生活は、帝国が、私達が守ります」
聖女の微笑みを向けられる。
その言葉をどこまで信用していいのか分からないけど、やりたい事をさせてもらえるのなら、やってみたい事はあった。
「針子の……針子の仕事がしてみたいです。何の経験もないけど、幼い頃に、母が、私の持ち物に刺繍をしてくれて……」
「針子ですね。分かりました。先生に師事するのが良いと思います。良い方を知っています。刺繍のスキルが上達すれば贈り物にもできます」
何故かダイアナの方が張り切っていて、もうすでに色々と段取りを考えているようだった。
「それから、お洋服も作れたらいいですね。ドレスの作成はなかなか一人では難しいので、部分的な刺繍を施すなんてのもいいですね」
ダイアナの言葉は止まらない。
「楽しみです。まずは、贈り物への刺繍に挑戦してみましょう」
贈り物をする相手などいないと聞き流しながら、窓の外に視線を向けた。
ちょうど並走する、騎乗したレオンの姿が見える。
その姿は騎士そのもので、ここ数日の私の前でのまごついたものとは大きくかけ離れたものだ。
これからどうなるのか。
どんな生活が待っているのか。
レオンの背中を見つめながら、不安な思いしかなかった。
160
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。
だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。
もしかして、婚約破棄⁉
別れ話をしましょうか。
ふまさ
恋愛
大好きな婚約者であるアールとのデート。けれど、デージーは楽しめない。そんな心の余裕などない。今日、アールから別れを告げられることを、知っていたから。
お芝居を見て、昼食もすませた。でも、アールはまだ別れ話を口にしない。
──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。
でも。その優しさが、いまは辛い。
だからいっそ、わたしから告げてしまおう。
「お別れしましょう、アール様」
デージーの声は、少しだけ、震えていた。
この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。
ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」
ぱんっ。
愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。
──え?
打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。
美形揃いの王族の中で珍しく不細工なわたしを、王子がその顔で本当に王族なのかと皮肉ってきたと思っていましたが、実は違ったようです。
ふまさ
恋愛
「──お前はその顔で、本当に王族なのか?」
そう問いかけてきたのは、この国の第一王子──サイラスだった。
真剣な顔で問いかけられたセシリーは、固まった。からかいや嫌味などではない、心からの疑問。いくら慣れたこととはいえ、流石のセシリーも、カチンときた。
「…………ぷっ」
姉のカミラが口元を押さえながら、吹き出す。それにつられて、広間にいる者たちは一斉に笑い出した。
当然、サイラスがセシリーを皮肉っていると思ったからだ。
だが、真実は違っていて──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる