24 / 45
後編
24 帝国へ
しおりを挟む
どこへ、向かっているの?
少し眠っていたようだ。
目を覚ますと馬の歩みはゆっくりとしたもので、月明かりが頼りの薄暗い森の中を進んでいた。
「ローザンド帝国へ向かう」
帝国?
ローザンド帝国は、位置的にはディバロ王国の北西に位置する大陸一の広大な領土を持つ大国だ。
「あの国には、冒険者支援ギルドがある。そこに登録して仮の身分証を発行してもらう。それがあれば、そこに住めるから」
帝国の冒険者と言えば、家庭教師だったアイーダ先生のことが脳裏に浮かぶ。
仕事の依頼が多岐にわたる冒険者をやるの?まぁでも、テオは腕が立つし器用だし要領がいいから、すぐに名を挙げそうね。私は……
思考が途切れた。
馬上のせいなのか、目の前がクラクラしていた。
そして、体が痛いだけじゃなくて、胸が痛み、息苦しさも感じていた。
「熱が出てるな」
テオが前を警戒しながらも、チラリと私を見た。
そうか。これは熱が出てるのか。
たったそれだけの思考でも怠くて仕方がなかった。
このまま死んじゃったりするのかな。
せっかく“外“に出られたのに、それは嫌だな。
「バカ!死ぬかよ」
すぐさま叱るような言葉が、上から降ってきた。
少しだけ開けたところで馬が止まる。
テオは地面に外套を広げて、そこに私を横たわらせてくれた。
さらに上から、テオの上着やら外套やらをかけてくれる。
「水を汲んでくるから、横になってろ」
そう言い残して、テオは近くの湧き水を汲みに行った。
薄暗い森の中は、不思議と生き物の気配がしなかった。
何かしらの生物はいるはずなのに。じゃないとこんな森は生態系を保てないだろう。
しんっとした空気の中、テオが戻るのを待ちながらうつらうつらしていると、頰に生暖かい息がかかるのを感じた。
何だ?と思い目を開けると、黒い双眸にぶつかる。
元気があれば悲鳴の一つでもあげていたかもしれないけど、あいにく、身動きすらすることができなかった。
そう言えば、声も出せないんだった。
横になっているすぐそばで銀色の毛並みの獣が、私を見下ろしている。
狼に似ていたが、それとは違う生き物のようだ。
毛が長いし。
獰猛さはなく、獣のくせに、やたら穏やかな目つきで私を見下ろしていた。
その鼻先が、私に触れる。
その途端に、流れ込んできた光景があった。
これは、過去の光景だ。
この獣と、1人の女の子との出会いの場面。
女の子に頭を撫でられ、この獣が男の子の姿になっていた。
女の子には2人の弟がいて、彼女達は酷い事をされる場所から逃げてきた。
やがて、女の子と人の姿を保った男の子は、成長して家族になって、女の子の弟達もそれぞれ家族を持って、少しずつ他の人も増えていき、村になり、町になり、やがて私の生まれたあの国ができた。
それはほんの短期間でのことだ。
男の子は、この獣は、あの地に棲まう聖獣だ。
王家の血とは、元を辿ればこの聖獣の血が流れているということなんだ。
そして、ミステイル王国から逃れてきた者でもあるんだ。
「キーラ」
テオが剣の柄に手をかけて、警戒しながら近づいて来る。
「大丈夫。彼は、聖獣だよ」
「声が出せるのか?」
「あ、そう言えば。あなたのおかげ?」
何となくそんな気がした。
薬を飲まされて潰されたはずの喉から、声が出せていた。
それだけではない。体の痛みが消えていたし、熱による気怠さもなくなっていた。
聖獣は、今度はテオのお腹へ鼻先をくっつける。
彼の怪我も癒してくれているのかな。
テオは、不思議そうに聖獣を見ている。
「痛みが、引いた……?」
「私もなの。ありがとうと、言うべき?」
彼が何をしにきたのか分からなくて、お礼も素直に言えなかった。
私もテオも、彼の動向を見つめていたけど、
『僕が直接あの国で何かをすることはできない』
『例え滅びても、国の事は、人の手で』
『そういう約束だから』
『ごめんね』
頭に直接響く声でそう言い残して、呆気なくその聖獣は去って行った。
私達を責めるでも、連れ戻すでもなく、私達の傷だけを癒して何処かへ行ってしまった。
テオと言葉を発せずに、呆気にとられて聖獣が去った方を見ていた。
先に口を開いたのは、私だったけど。
「テオも聖獣も、操ってまで引き止めようとはしないよね……」
「キーラにそんな事はできない」
「聖獣にそんな能力があるかもわからないか」
そんな事を話していた。
少し眠っていたようだ。
目を覚ますと馬の歩みはゆっくりとしたもので、月明かりが頼りの薄暗い森の中を進んでいた。
「ローザンド帝国へ向かう」
帝国?
ローザンド帝国は、位置的にはディバロ王国の北西に位置する大陸一の広大な領土を持つ大国だ。
「あの国には、冒険者支援ギルドがある。そこに登録して仮の身分証を発行してもらう。それがあれば、そこに住めるから」
帝国の冒険者と言えば、家庭教師だったアイーダ先生のことが脳裏に浮かぶ。
仕事の依頼が多岐にわたる冒険者をやるの?まぁでも、テオは腕が立つし器用だし要領がいいから、すぐに名を挙げそうね。私は……
思考が途切れた。
馬上のせいなのか、目の前がクラクラしていた。
そして、体が痛いだけじゃなくて、胸が痛み、息苦しさも感じていた。
「熱が出てるな」
テオが前を警戒しながらも、チラリと私を見た。
そうか。これは熱が出てるのか。
たったそれだけの思考でも怠くて仕方がなかった。
このまま死んじゃったりするのかな。
せっかく“外“に出られたのに、それは嫌だな。
「バカ!死ぬかよ」
すぐさま叱るような言葉が、上から降ってきた。
少しだけ開けたところで馬が止まる。
テオは地面に外套を広げて、そこに私を横たわらせてくれた。
さらに上から、テオの上着やら外套やらをかけてくれる。
「水を汲んでくるから、横になってろ」
そう言い残して、テオは近くの湧き水を汲みに行った。
薄暗い森の中は、不思議と生き物の気配がしなかった。
何かしらの生物はいるはずなのに。じゃないとこんな森は生態系を保てないだろう。
しんっとした空気の中、テオが戻るのを待ちながらうつらうつらしていると、頰に生暖かい息がかかるのを感じた。
何だ?と思い目を開けると、黒い双眸にぶつかる。
元気があれば悲鳴の一つでもあげていたかもしれないけど、あいにく、身動きすらすることができなかった。
そう言えば、声も出せないんだった。
横になっているすぐそばで銀色の毛並みの獣が、私を見下ろしている。
狼に似ていたが、それとは違う生き物のようだ。
毛が長いし。
獰猛さはなく、獣のくせに、やたら穏やかな目つきで私を見下ろしていた。
その鼻先が、私に触れる。
その途端に、流れ込んできた光景があった。
これは、過去の光景だ。
この獣と、1人の女の子との出会いの場面。
女の子に頭を撫でられ、この獣が男の子の姿になっていた。
女の子には2人の弟がいて、彼女達は酷い事をされる場所から逃げてきた。
やがて、女の子と人の姿を保った男の子は、成長して家族になって、女の子の弟達もそれぞれ家族を持って、少しずつ他の人も増えていき、村になり、町になり、やがて私の生まれたあの国ができた。
それはほんの短期間でのことだ。
男の子は、この獣は、あの地に棲まう聖獣だ。
王家の血とは、元を辿ればこの聖獣の血が流れているということなんだ。
そして、ミステイル王国から逃れてきた者でもあるんだ。
「キーラ」
テオが剣の柄に手をかけて、警戒しながら近づいて来る。
「大丈夫。彼は、聖獣だよ」
「声が出せるのか?」
「あ、そう言えば。あなたのおかげ?」
何となくそんな気がした。
薬を飲まされて潰されたはずの喉から、声が出せていた。
それだけではない。体の痛みが消えていたし、熱による気怠さもなくなっていた。
聖獣は、今度はテオのお腹へ鼻先をくっつける。
彼の怪我も癒してくれているのかな。
テオは、不思議そうに聖獣を見ている。
「痛みが、引いた……?」
「私もなの。ありがとうと、言うべき?」
彼が何をしにきたのか分からなくて、お礼も素直に言えなかった。
私もテオも、彼の動向を見つめていたけど、
『僕が直接あの国で何かをすることはできない』
『例え滅びても、国の事は、人の手で』
『そういう約束だから』
『ごめんね』
頭に直接響く声でそう言い残して、呆気なくその聖獣は去って行った。
私達を責めるでも、連れ戻すでもなく、私達の傷だけを癒して何処かへ行ってしまった。
テオと言葉を発せずに、呆気にとられて聖獣が去った方を見ていた。
先に口を開いたのは、私だったけど。
「テオも聖獣も、操ってまで引き止めようとはしないよね……」
「キーラにそんな事はできない」
「聖獣にそんな能力があるかもわからないか」
そんな事を話していた。
24
お気に入りに追加
857
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】これでよろしいかしら?
ここ
恋愛
ルイーザはただの平民だった。
大人になったら、幼馴染のライトと結婚し、畑を耕し、子どもを育てる。
そんな未来が当たり前だった。
しかし、ルイーザは普通ではなかった。
あまりの魅力に貴族の養女となり、
領主の花嫁になることに。
しかし、そこで止まらないのが、
ルイーザの運命なのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今更ですか?結構です。
みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。
エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。
え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。
相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お城で愛玩動物を飼う方法
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約を解消してほしい、ですか?
まあ! まあ! ああ、いえ、驚いただけですわ。申し訳ありません。理由をお伺いしても宜しいでしょうか?
まあ! 愛する方が? いえいえ、とても素晴らしいことだと思いますわ。
それで、わたくしへ婚約解消ですのね。
ええ。宜しいですわ。わたくしは。
ですが……少しだけ、わたくしの雑談に付き合ってくださると嬉しく思いますわ。
いいえ? 説得などするつもりはなど、ございませんわ。……もう、無駄なことですので。
では、そうですね。殿下は、『ペット』を飼ったことがお有りでしょうか?
『生き物を飼う』のですから。『命を預かる』のですよ? 適当なことは、赦されません。
設定はふわっと。
※読む人に拠っては胸くそ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい
麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。
しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。
しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。
第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
誰も残らなかった物語
悠十
恋愛
アリシアはこの国の王太子の婚約者である。
しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。
そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。
アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。
「嗚呼、可哀そうに……」
彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。
その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
(完結)貴女は私の親友だったのに・・・・・・
青空一夏
恋愛
私、リネータ・エヴァーツはエヴァーツ伯爵家の長女だ。私には幼い頃から一緒に遊んできた親友マージ・ドゥルイット伯爵令嬢がいる。
彼女と私が親友になったのは領地が隣同志で、お母様達が仲良しだったこともあるけれど、本とバターたっぷりの甘いお菓子が大好きという共通点があったからよ。
大好きな親友とはずっと仲良くしていけると思っていた。けれど私に好きな男の子ができると・・・・・・
ゆるふわ設定、ご都合主義です。異世界で、現代的表現があります。タグの追加・変更の可能性あります。ショートショートの予定。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
(完)僕は醜すぎて愛せないでしょう? と俯く夫。まさか、貴男はむしろイケメン最高じゃないの!
青空一夏
恋愛
私は不幸だと自分を思ったことがない。大体が良い方にしか考えられないし、天然とも言われるけれどこれでいいと思っているの。
お父様に婚約者を押しつけられた時も、途中でそれを妹に譲ってまた返された時も、全ては考え方次第だと思うわ。
だって、生きてるだけでもこの世は楽しい!
これはそんなヒロインが楽しく生きていくうちに自然にざまぁな仕返しをしてしまっているコメディ路線のお話です。
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。転生者の天然無双物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる