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前編

23 罪に背を向けて

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 その瞬間は、テオに守られるように抱きしめられて、加護の防壁をすり抜けた。

 テオは振り返らずに馬を走らせていくけど、私は遠ざかって行く後ろの光景を見ていた。

 国全体を覆う防護壁と呼ばれている半透明の膜が、少しずつ失われていく様子を。

 二人のギフト所持者が去り、今後、防壁はほとんど形を成さないだろう。

 待ち望んだ瞬間だったはずなのに、心はちっとも晴れなかった。

 テオが、唇を噛み締めているのが見えたから。

 もう、何も見たくなかったから、テオの胸に頭をもたれて目を閉じた。

 痛む体に馬が駆ける振動が響くけど、テオの心音にだけ意識を向けていた。

 私のただの意地に、この先、どれだけの犠牲が出るのか。

 こんなものギフトがなければ、ただ国を捨てて逃げるだけで済んだのに。

「もっと早い段階で、キーラの意思なんか無視して婚約してその立場を守るべきだった。後悔しかない。周囲の心を操ればどうにかなるだろうって、俺の驕りが招いた結果だ。俺が、キーラと同じ境遇なら、国なんか愛せない。閉じ込められた小さな、暗い世界で全てを恨みたくなる。誰だってそうだ。逃げたいと思う事は当然だ」

 心を、読むな。

「今さらだ」

 今さらか。そうだよね。

 ずっと、テオには、私が思っていた事は伝わっていたんだよね。

 その上で、一緒にいてくれたんだ。

「俺が、一緒にいたかったんだ。起きてるのが辛いだろ。休んでろ」

 テオはどうなの。傷は。

「俺は大丈夫だ。ちゃんと手当てしてもらっているから」

 そう。よかった。

「寝て起きたら、もう嫌なものは視界に入らない。あの国の事は、忘れろ」

 忘れたい。

「あの男に、キーラに手を出すなと命令していたんだ。けど、キーラへの執着が強すぎて、別の欲求をキーラにぶつけようとしていた。狂気を帯びた奴は、精神干渉が効きにくいみたいなんだ。いっそのこと最初から狂わせてしまっとけばよかった。俺のギフトは、結局、役立たずだよな」

 あの男がそもそも狂気そのものなんだ。テオが役に立たないだなんて、そんな事はない。

 知らないうちに、テオに守られていたんだね。

「全く守れてない。守る事ができていないだろ。俺は、狂気を増幅させてしまっただけだ。俺があの男を殺したかったよ」

 テオらしくないから、やめて。

「………さっき、少しだけ嘘をついた」

 今度は、独り言のように、テオは喋る。

「キーラの存在が公になった時に、リュシアンの立場はどうなるのか。最悪、キーラとリュシアンの縁談に発展するんじゃないかと考えた。そうしなければ、正統な王家の血筋を残せない。リュシアンが望むなら俺はそれを支持するけど、でも、キーラといたいと、誰にも渡したくないと思う矛盾も抱えていた。あの国を地獄に落とすのは、キーラのせいじゃない。罪があるのは、俺の方なんだ」

 テオに罪なんかあるわけない。

 巻き込んだのは私だ。

 でも、国を、リュシアンを裏切ってまで私といたいと思うそれは、何なんだろうと、薄れ行く意識の中で考えていた。

 意識が途切れる寸前、

「そんな事は、言わなくても分かれよ……」

 そんなテオの微かな呟きが聞こえた。













前編 完。
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