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前編

1 お姉様お可哀想

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「お姉様が一緒に参加できないだなんて、お可哀想だわ」

 うるさいうるさい。

 妹が、わざわざ部屋に来てまでそんな事を言う。

「私、お父様に頼んでみます」

 余計な事をするな。

「だって、私の誕生日だもの」

 だから、なんだ。

「お姉様にも祝ってもらいたいわ」

 自分の誕生日すら祝った事がないのに。

「家族が揃って、誕生日を祝うものですもの」

 そのお父様こと、ここの当主と私は他人だ。

「ステキなお客様がたくさん来るって言っていたわ」

 なおの事私を表に出すわけがない。

「だから、お姉様も」

 何がだからだ。

「ねぇ、お姉様。聞いていますか?」

 勝手に部屋に入ってきて、勝手に喋って、何故私が聞く必要がある。

「私、お姉様が可哀想と思って、ここに来たの」

 どれだけ上から目線なんだ。

 綺麗なこの子の顔を見ていると、イライラする。

 見窄らしい格好の私とは違い、最新のドレスを着て、丁寧に手入れさせた髪を揺らしながら尚も私に詰め寄る。

「お姉様」

「出て行ってください、ローザ様。ここには来ないでください」

 そう伝えると、妹は涙をいっぱいに浮かべて私を見る。

「酷いわ、お姉様。私は、お姉様を思って……」

「ここに貴女様がいる事が分かれば、旦那様に叱られるのは私なのです」

「旦那様だなんて、そんな言い方………お父様は優しいから、お姉様を叱ったりしないわ」

「ローザ様、出て行ってください」

 ローザは、無駄に涙を流しながら部屋から出て行った。

 パタパタと走っていく足音が聞こえる。

 やっと煩わしい騒音が消えた。

 でも、静かになったのはわずかな時間だった。

 ドタドタと走る音が聞こえてきて、部屋の扉がノックもなく乱暴に開けられる。

「お前は!!卑しい身分のくせに、この公爵家の正統な娘のローザを泣かせたのか!!!!」

 怒鳴り込んで来たのは、この家の当主だ。

  子供の仇を見る目で、私を見ている。

 その男は、部屋に入ってくるなり、私の顔を拳で殴りつけた。

 それなりに大きな男だ。

 7歳の私は床に吹っ飛ばされる。

 容赦がない一撃だった。

 ローザは、すぐにに訴えに行ったようだ。

 本当に忌々しい子。

 こんな事になるなんて、想像もできないのだから。

「服を脱いで、床に手をつけ」

 血走った目で、私にそう命令する。

 いつもの事だから、私は拒否をしない。

 拒否をするその時間が、この後の仕置きの時間を増やすから。

 薄汚れたワンピースを脱いで、床に四つん這いになる。

 すぐにソレは私の背中に振り下ろされる。

 鞭。

 鋭い痛みが、私の全身を襲う。

 男の怒りと鬱憤が、力任せにふるわれる。

 我慢しようと思っても、悲鳴は口から発せられる。

 それがこの男を喜ばす事だわかっているのに、耐えられずに涙は溢れる。

 何度も襲いくる激痛に、やがて私は気を失っていた。

 それからどれだけの時間が経ったのか、薄暗い部屋の中で裸のまま床に倒れていた。

 痛む体に顔を顰めながら、のろのろと起き上がらせる。

 小さなテーブルの上には、スープと小さなパンが一つ置かれていた。

 今日の初めての食事だ。

 誰かが持ってきて、そこに置いたのだろうけど、床に倒れている私はほったらかしだ。

 この屋敷の使用人達の、私への思いがよく分かる。

 関わりたくないのか、世話をする事に意味がないと思っているのか。

 おそらく両方だろう。

 動きの鈍い腕を持ち上げて、何とか服を着た。

 食欲などない。

 けど、これを食べなければ、また明日のこの時間まで食事がない可能性もある。

 椅子に座って、力の入らない指先ではスプーンを持てなかったから、手の平で器を挟んで直接スープを口にしていた。

 どこか切ったのか、口の中にやたらスープがしみる。

 暗い室内は、私の牢獄だ。

 生きていることに意味なんか見出せない。

 いつか陽の光の中に出る事ができるのか、これ以上の地獄に落とされるのか。

 この先の事が全く読めない。

 出口の見えない、終わりのない悪夢に浸っている気分だった。










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