蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌

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19 後悔と辿る先

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 ティメオ様は、王族として忙しくされている。

 マヤがいなくなったことで、全てが解決したわけではなかったから。

 マヤは王都を火の海に沈めるつもりだった。

 それは未然に防がれた。

 私が王都に到着した直後に出した指示にも、ちゃんと意味があったそうだ。

 いつの間にか王都中の防火水槽の水が可燃性の物に変えられており、一部では水路へ漏れ出た状態で火薬保管庫に繋がっていたそうだ。

 匂いの原因はそこからだった。

 私がおびき出されるはずだった場所には、数名の不審な男達がいたそうで、その者達はすぐに捕縛された。

 取り調べを受けているから、すぐに誰の指示が判明するはず。

 あの時、わからないことばかりだった状況の中で、咄嗟にランドンさんはマヤを監視していたと言ったけど、それは虚偽にならずにすんだ。

 ランドンさんの情報提供により、マヤの積極的な協力者が割り出され、中には民の不安を煽り、決起を煽動した集団がいたことも確認されている。

 その者たちは全員、国家を混乱に貶めた罪により公開処刑となっている。

 ランドンさんが取り調べで怖い目に遭わなかったか心配はしたが、私が何か聞ける立場ではなく、心配しなくていいと仰ったティメオ様の言葉を信じて過ごした。

 水をかけると燃える金属という存在は、最重要事項として調査されていた。

 マヤが接触した商人も、全て調べられている。

 結局、外国から持ち込まれた金属は本当に偶然の産物であり、同じものをもう一度作ることは現段階では不可能だそうだ。

 対策を早急に講じなければならない懸念というのはとりあえず保留となり、代わりとして、この時を境にして、未知の物質の研究が進むようになった。



 アルテュールが迎えた結末は自業自得であって、私には未練など何も無いし、あまり同情もできない。

 ティメオ様もそれでいいと仰ってくれていた。

 ただ、ティメオ様は私とは違い、複雑な思いでいたようだった。

 ティメオ様には、後悔している事があったのだ。

 前王が急逝した時に、自分が身を引いて陰ながらアルテュールを支えた方が最善だとその時は思っていたそうだけど、もしかしたら、自分が王となってアルテュールの初恋を守ってあげた方が良かったのかもしれないと。

 たとえ相手が偽物のマヤだとしても。

 密猟者の娘だったとしても。

 そして、余計な欲を抱くことを阻止できたのではと。

 牢獄で過ごしているアルテュールに会いに行ったティメオ様は、彼に罵られる事を甘んじて受け入れていた。

 ティメオ様は、時間の許す限りアルテュールの元を訪れ、鉄格子越しに対面し続けていた。

 最初こそ感情的になっていたアルテュールだったけど、ティメオ様が根気強く声をかけ続けた結果、冷静に話し合える状況にはなっていた。

 その過程で、私に対していかにアルテュールが非道であったかも説いてくださっていた。

「アルテュール。君が今まで生きてきた中で、ヴァレンティーナさんの事を少しでも考え、気遣いを向けた事があったか?」

「どうして俺があんな女のことを。あの女は俺を見捨てた、薄情な女だ」

「ヴァレンティーナさんは、11年もの間、自分の人生を犠牲にして国と君に尽くしてきた。君のために尽くしてきた。自分の時間を楽しむ事もせずに。厳しい王妃教育をこなし、敬虔な信者として慎ましく清らかに生きて。君はその間に何をしていた?自分の為だけに、自分の欲を満たす為だけにマヤと過ごしていたのではないか?ヴァレンティーナさんを蔑ろにし続けて」

 ティメオ様は諭し続けた。

 マヤの事も説明し、アルテュールはようやく私の言葉を理解していた。

 マヤと自分が永久に結ばれる事はないのだと。

 自分が出会ったマヤは、もうすでにこの世にはいないのだと。

「君がヴァレンティーナさんを大切にしていれば、また違った未来になっていたかもしれないんだ。何故、こんな結果になってしまったのか、よく考えてほしい」

 アルテュールはその考えに行き着くと、愕然とした顔でティメオ様の顔を見つめ、自分がいかに甘え、守られていたか思い知ったと言っていたそうだ。

 最後はヴァレンティーナに謝りたいと、顔を覆って泣き崩れていたと。

 彼がいくら望んだとしても、彼の悔やむ気持ちを軽くするためだけに私が会う事はなく、アルテュールが落ち着きを取り戻して話ができるようになった時点で、地下牢から空が見える居住場所へと移ってはいたが、彼は生涯、表舞台に姿を見せる事はなかった。



「ティメオ様、休憩にいたしませんか?」

 城内の通路の先を見つめ、お一人でいたティメオ様に声をかけた。

 背中が寂しげに見えたからだ。

 一人で何もかもを抱え込んでいないか心配になった。

 ティメオ様は答える代わりに微笑むと、すぐ近くにあった応接間に、私を連れて行った。

「アルテュール様の事は、どうか御自分を責めないでください」

「大丈夫です。時が解決してくれるものです。それよりも、私は貴女の方が心配です」

 ティメオ様は変わらず、私に対して気遣いや思いやりを向けてくださる。

 あの日、婚約者がいる身でありながら他の男性を庇い、大勢の家臣の前でティメオ様を辱めたにもかかわらず、何一つ私を責めることはされなかった。

 貴女は何も悪いことはしていないから謝罪も必要ないと仰って、だからなおのこと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「ヴァレンティーナさんにお伝えしたいことがあります。アルテュールの謝罪の言葉も聞かれ、今がその時だと思いました」

「なんでしょうか」

 ティメオ様の改まった様子から、ピンと背筋を伸ばして真っ直ぐに立った。

「私は、貴女とは結婚できません。婚約は解消しましょう」

「何故だ、ローハン公。娘の何が不満なんだ!!」

 バンと扉を開けてその言葉をあげたのは、お父様だった。

 振り向くと、お母様と二人でそこにいた。

「御両親は、私がお呼びしたのですよ。ヴァレンティーナさんに不満があるのではありません。彼女のことを、私が幸せにして差し上げることができないからです。私は、本来の彼女の姿が損なわれていくのを見て見ぬふりができません」

 私に真っ直ぐに向き直ると、諭すようにその続きを言った。

「貴女には、大切に想う相手とよく話し合うことを勧めます。今まで貴女は御自分の心を押し込んで、手放すこと、諦めることを当たり前に受け入れていたことと思います。お父上はしばらく多忙になります。貴女の邪魔をすることはありません」

「閣下!いや、陛下!」

 そこで、底冷えがするような声で口を挟んだのはお母様だった。

「ねぇ、あなた?これ以上この子の幸せを邪魔するつもりなら、この子を連れて実家に帰らせてもらうわ。この子は今は兄の子供ですから」

「いや、待ってくれ、それは、私を置いていくつもりか?」

「娘の幸せを願えない夫はいりませんから」

「幸せを考えていないわけじゃない。むしろ私はよかれと思って。異教の平民相手など無理があるだろう!?」

「彼はこの子のために改宗しました。私のお祖父様が御許しになった旨を、今ここで伝えておきます。それに、敬虔な信者であり、元野生児のこの子が全力を出せば、超えられない壁はありません」

 両親が言い合う横で、私とティメオ様は向き合っていた。

 全てを包み込むような青い瞳が、私を見守るように向けられていた。

「私は……神の前で誓った言葉を、これ以上覆すことは……新たに王妃となられる方にも多くの負担が……それに……ティメオ様に何も恩返しができていません……」

「貴女の献身と誠意を、我々の神はご存知です。どうか、後悔のないように。あなたの幸せを願っていますよ」

 この方こそ幸せにならなければならないのに。

 またここでも、私の幸せを願って、背中をそっと押してくださったのはティメオ様だった。








 月日は流れ、遠く離れた王都では、たった今戴冠の儀が行われている。

 ティメオ様は国王に。

 母の祖父であり、リカル大公でもある大神官様から祝福を受けたティメオ様は、誰もが認める姿をされていたそうだ。

 かなりの高齢となる大神官様が、ティメオ様の戴冠のためにホルト王国へ足を運んだことは、私に無関係とは言えず、いろんな方に感謝して、恥じぬように生きていかなければならないと、強く思っていた。










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