蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌

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14 アルテュール③

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 朝から重苦しい雰囲気が城内に広がっている気がした。

 騎士達が忙しなく行き交う様子が、執務室からでも見える。

 しばらくマヤの機嫌が悪くて、ここ最近はやっと落ち着いてくれたと思ったのに、今日は外の様子が気になって俺をイライラさせていた。

 少し前まで、どうして王妃になれないのかとマヤに責められ続け、俺こそどうしてなのかと誰かに問い詰めたかった。

 何度説得しても、結婚式の件が影響して諸侯や教会は納得してくれない。

 俺たちが夫婦なのだと、誰も、何も、証明するものがない。

 そのうち諦めてしまったのか、マヤは俺に何も言わなくなって、寝室も一緒に使うことを嫌がるようになって……

「陛下!武装した者達が大挙して押し寄せています」

 追い打ちをかけるように、緊迫した声が俺に向けられた。

「民衆は興奮状態にあり、現在騎士団が対処にあたっていますが、陛下の安全を確保する為にも避難をお願いします」

 目の前に立つ騎士の緊迫した様子に、外の騒動の様子が伝わってきそうだ。

 簡単に城内に侵入できるはずはないだろうが、用心するに越した事はない。

「何が起きたの?」

 マヤも訪れ、動揺した声をあげたから、近くに控えていた騎士にマヤを託すと、俺は状況を把握するために騎士団長の元へと向かった。

 まずはマヤに安全な場所に行ってもらい、俺は事態の沈静化を図る。

 俺が姿を見せれば民はすぐに落ち着くだろうと思っていたが、事態はそんな簡単な話ではなかった。

 城のテラスから城壁の方角を見下ろすと、騒ぎ立てている群衆の一部が視界に入った。

 一部はもうすでに敷地内に入り込んでいたのか。

「見ろ!国王だ!」

 誰かが俺の姿を見つけ、途端に、多くの視線が一斉に向けられた。

「白鹿を殺め、神を冒涜したからこの国に罰が下されているんだ!」

「悪女を出せ!」

「鹿殺しの娘を赦すな!」

 多くの罵声が飛び交った。

 群衆の怒りを一身に向けられて、思わず後ずさる。

 いくら国王と言えど、感情の制御を失い怒りに駆られたあの者達に囲まれてしまえばただでは済まない。

 逃げなければ。

 逃げなければ、殺される。

 だが、何処へ?

「団長!騎士団長は何をやっている!早く俺を守れ!」

 叫び、誰かが来るのを待ったが、そこにいるはずの護衛の姿がどこにもない。

 いつの間にか俺の周りには、誰もいなくなっていた。

「マヤ!マヤは無事なのか!」

 不安に押しつぶされそうになり、焦る思いは声を上擦らせる。

 嫌な汗がとめどなく噴き出ていた。

 自分は、この国はこれからどうなるのか。

 群衆のあの怒り。

 本当に俺は、神の怒りに触れてしまったのか?

 だが、どうして。

 鹿殺しの娘とは、マヤの事か?

 マヤが購入したコートは、本当に白鹿のものではないのに。

 階下から、ドンっと大きな音が聞こえ、興奮した者達の怒声が聞こえてきた。

 群衆が城になだれ込んできたのか?

「誰か、誰か助けてくれ!」

 恐怖に呑まれ、自分が八つ裂きにされる有り得ない妄想に襲われた。

 何処へ向かえばいいのか、闇雲に通路を走り出した直後。

「アルテュール、こっちだ」

「叔父貴」

 心配そうに俺に駆け寄ってきてくれたのは、叔父のティメオだった。

「怪我などはしていないか?」

 低く落ち着いた温かみのある声が、俺に安心感を与えてくれる。

 口煩く、疎ましいと思っていた叔父が、最後まで俺の事を心配してくれる唯一の肉親だと、ここにきてやっと理解した。

 俺の事を心配してくれていたのに、叔父の言葉に耳を傾けなくて。

「ここは危険な場所になる。この先に君を護衛する者を待たせている。一緒に来るんだ」

 叔父の言葉を受け、走り出す。

 叔父が守ってくれるのなら、もう大丈夫だ。

 そう思った直後。

 背後から突然口を押さえられ、特徴的な匂いが鼻腔を刺激する。

 急激な睡魔に襲われて、

「すまない。アルテュール」

 それが、俺が意識を失う直前に聞いた叔父貴の言葉であり、悲しげな響きを含んでいた。





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