14 / 20
14 アルテュール③
しおりを挟む
朝から重苦しい雰囲気が城内に広がっている気がした。
騎士達が忙しなく行き交う様子が、執務室からでも見える。
しばらくマヤの機嫌が悪くて、ここ最近はやっと落ち着いてくれたと思ったのに、今日は外の様子が気になって俺をイライラさせていた。
少し前まで、どうして王妃になれないのかとマヤに責められ続け、俺こそどうしてなのかと誰かに問い詰めたかった。
何度説得しても、結婚式の件が影響して諸侯や教会は納得してくれない。
俺たちが夫婦なのだと、誰も、何も、証明するものがない。
そのうち諦めてしまったのか、マヤは俺に何も言わなくなって、寝室も一緒に使うことを嫌がるようになって……
「陛下!武装した者達が大挙して押し寄せています」
追い打ちをかけるように、緊迫した声が俺に向けられた。
「民衆は興奮状態にあり、現在騎士団が対処にあたっていますが、陛下の安全を確保する為にも避難をお願いします」
目の前に立つ騎士の緊迫した様子に、外の騒動の様子が伝わってきそうだ。
簡単に城内に侵入できるはずはないだろうが、用心するに越した事はない。
「何が起きたの?」
マヤも訪れ、動揺した声をあげたから、近くに控えていた騎士にマヤを託すと、俺は状況を把握するために騎士団長の元へと向かった。
まずはマヤに安全な場所に行ってもらい、俺は事態の沈静化を図る。
俺が姿を見せれば民はすぐに落ち着くだろうと思っていたが、事態はそんな簡単な話ではなかった。
城のテラスから城壁の方角を見下ろすと、騒ぎ立てている群衆の一部が視界に入った。
一部はもうすでに敷地内に入り込んでいたのか。
「見ろ!国王だ!」
誰かが俺の姿を見つけ、途端に、多くの視線が一斉に向けられた。
「白鹿を殺め、神を冒涜したからこの国に罰が下されているんだ!」
「悪女を出せ!」
「鹿殺しの娘を赦すな!」
多くの罵声が飛び交った。
群衆の怒りを一身に向けられて、思わず後ずさる。
いくら国王と言えど、感情の制御を失い怒りに駆られたあの者達に囲まれてしまえばただでは済まない。
逃げなければ。
逃げなければ、殺される。
だが、何処へ?
「団長!騎士団長は何をやっている!早く俺を守れ!」
叫び、誰かが来るのを待ったが、そこにいるはずの護衛の姿がどこにもない。
いつの間にか俺の周りには、誰もいなくなっていた。
「マヤ!マヤは無事なのか!」
不安に押しつぶされそうになり、焦る思いは声を上擦らせる。
嫌な汗がとめどなく噴き出ていた。
自分は、この国はこれからどうなるのか。
群衆のあの怒り。
本当に俺は、神の怒りに触れてしまったのか?
だが、どうして。
鹿殺しの娘とは、マヤの事か?
マヤが購入したコートは、本当に白鹿のものではないのに。
階下から、ドンっと大きな音が聞こえ、興奮した者達の怒声が聞こえてきた。
群衆が城になだれ込んできたのか?
「誰か、誰か助けてくれ!」
恐怖に呑まれ、自分が八つ裂きにされる有り得ない妄想に襲われた。
何処へ向かえばいいのか、闇雲に通路を走り出した直後。
「アルテュール、こっちだ」
「叔父貴」
心配そうに俺に駆け寄ってきてくれたのは、叔父のティメオだった。
「怪我などはしていないか?」
低く落ち着いた温かみのある声が、俺に安心感を与えてくれる。
口煩く、疎ましいと思っていた叔父が、最後まで俺の事を心配してくれる唯一の肉親だと、ここにきてやっと理解した。
俺の事を心配してくれていたのに、叔父の言葉に耳を傾けなくて。
「ここは危険な場所になる。この先に君を護衛する者を待たせている。一緒に来るんだ」
叔父の言葉を受け、走り出す。
叔父が守ってくれるのなら、もう大丈夫だ。
そう思った直後。
背後から突然口を押さえられ、特徴的な匂いが鼻腔を刺激する。
急激な睡魔に襲われて、
「すまない。アルテュール」
それが、俺が意識を失う直前に聞いた叔父貴の言葉であり、悲しげな響きを含んでいた。
騎士達が忙しなく行き交う様子が、執務室からでも見える。
しばらくマヤの機嫌が悪くて、ここ最近はやっと落ち着いてくれたと思ったのに、今日は外の様子が気になって俺をイライラさせていた。
少し前まで、どうして王妃になれないのかとマヤに責められ続け、俺こそどうしてなのかと誰かに問い詰めたかった。
何度説得しても、結婚式の件が影響して諸侯や教会は納得してくれない。
俺たちが夫婦なのだと、誰も、何も、証明するものがない。
そのうち諦めてしまったのか、マヤは俺に何も言わなくなって、寝室も一緒に使うことを嫌がるようになって……
「陛下!武装した者達が大挙して押し寄せています」
追い打ちをかけるように、緊迫した声が俺に向けられた。
「民衆は興奮状態にあり、現在騎士団が対処にあたっていますが、陛下の安全を確保する為にも避難をお願いします」
目の前に立つ騎士の緊迫した様子に、外の騒動の様子が伝わってきそうだ。
簡単に城内に侵入できるはずはないだろうが、用心するに越した事はない。
「何が起きたの?」
マヤも訪れ、動揺した声をあげたから、近くに控えていた騎士にマヤを託すと、俺は状況を把握するために騎士団長の元へと向かった。
まずはマヤに安全な場所に行ってもらい、俺は事態の沈静化を図る。
俺が姿を見せれば民はすぐに落ち着くだろうと思っていたが、事態はそんな簡単な話ではなかった。
城のテラスから城壁の方角を見下ろすと、騒ぎ立てている群衆の一部が視界に入った。
一部はもうすでに敷地内に入り込んでいたのか。
「見ろ!国王だ!」
誰かが俺の姿を見つけ、途端に、多くの視線が一斉に向けられた。
「白鹿を殺め、神を冒涜したからこの国に罰が下されているんだ!」
「悪女を出せ!」
「鹿殺しの娘を赦すな!」
多くの罵声が飛び交った。
群衆の怒りを一身に向けられて、思わず後ずさる。
いくら国王と言えど、感情の制御を失い怒りに駆られたあの者達に囲まれてしまえばただでは済まない。
逃げなければ。
逃げなければ、殺される。
だが、何処へ?
「団長!騎士団長は何をやっている!早く俺を守れ!」
叫び、誰かが来るのを待ったが、そこにいるはずの護衛の姿がどこにもない。
いつの間にか俺の周りには、誰もいなくなっていた。
「マヤ!マヤは無事なのか!」
不安に押しつぶされそうになり、焦る思いは声を上擦らせる。
嫌な汗がとめどなく噴き出ていた。
自分は、この国はこれからどうなるのか。
群衆のあの怒り。
本当に俺は、神の怒りに触れてしまったのか?
だが、どうして。
鹿殺しの娘とは、マヤの事か?
マヤが購入したコートは、本当に白鹿のものではないのに。
階下から、ドンっと大きな音が聞こえ、興奮した者達の怒声が聞こえてきた。
群衆が城になだれ込んできたのか?
「誰か、誰か助けてくれ!」
恐怖に呑まれ、自分が八つ裂きにされる有り得ない妄想に襲われた。
何処へ向かえばいいのか、闇雲に通路を走り出した直後。
「アルテュール、こっちだ」
「叔父貴」
心配そうに俺に駆け寄ってきてくれたのは、叔父のティメオだった。
「怪我などはしていないか?」
低く落ち着いた温かみのある声が、俺に安心感を与えてくれる。
口煩く、疎ましいと思っていた叔父が、最後まで俺の事を心配してくれる唯一の肉親だと、ここにきてやっと理解した。
俺の事を心配してくれていたのに、叔父の言葉に耳を傾けなくて。
「ここは危険な場所になる。この先に君を護衛する者を待たせている。一緒に来るんだ」
叔父の言葉を受け、走り出す。
叔父が守ってくれるのなら、もう大丈夫だ。
そう思った直後。
背後から突然口を押さえられ、特徴的な匂いが鼻腔を刺激する。
急激な睡魔に襲われて、
「すまない。アルテュール」
それが、俺が意識を失う直前に聞いた叔父貴の言葉であり、悲しげな響きを含んでいた。
54
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私が妻です!
ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。
王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。
侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。
そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。
世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。
5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。
★★★なろう様では最後に閑話をいれています。
脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。
他のサイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あらまあ夫人の優しい復讐
藍田ひびき
恋愛
温厚で心優しい女性と評判のカタリナ・ハイムゼート男爵令嬢。彼女はいつもにこやかに微笑み、口癖は「あらまあ」である。
そんなカタリナは結婚したその夜に、夫マリウスから「君を愛する事は無い。俺にはアメリアという愛する女性がいるんだ」と告げられる。
一方的に結ばされた契約結婚は二年間。いつも通り「あらまあ」と口にしながらも、カタリナには思惑があるようで――?
※ なろうにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。
ところが新婚初夜、ダミアンは言った。
「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」
そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。
しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。
心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。
初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。
そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは─────
(※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる