蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌

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11 新たな婚約者

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 教会が運営する貧民層向けの病院や孤児院を訪れては、傷病者や子供の世話を献身的に行う高貴な身分の女性がいると噂になっていた。

 行く先々で多額の寄付を行い、それだけに留まらず、自ら病人や孤児の世話を行うと。

 白鹿を思わせる清楚な白いローブを着た公国出身でもある女性は、人々の間で聖女とまで呼ばれていた。




「国民の関心が寄せられています。ヴァレンティーナ様」

 実家での休暇を終わらせて戻ってきたジャンナが、どこか誇らしげに話していた。

 私の前にも新聞は広げられている。

「少し大袈裟ではないの?印象操作とは、こんなにも単純なものなのね。当たり前のことをしているだけなのに、怖くなるわ」

 頬に手をあてて、ほぅとため息をついた。

 アルテュールと離婚した私は、空いた時間を身近な人の為に使っているだけなのに。

 結果としてそれは自分のためにもなって、良き人達とも出会えて。

 机の端に置かれたハンカチに視線を向ける。

 正直に言えば、離婚された元王妃の印象をあまり悪くしないための打算も少しはあった。

 でも、ここまで私の良いように書いてもらえると、悪いことをしているみたいで後ろめたい。

 私は私のしたい事をしているのに。

「ヴァレンティーナ様の努力の賜物です。実際に、ヴァレンティーナ様が自ら行動なさって親切な事をしているのですから」

 シシルカ教の教えは博愛と献身なので、それに基づいただけだ。

 当たり前のことでもある。

 リカル公国には私の伯父がいて、公国唯一の侯爵家出身のお母様は、ホルト王国のドレッド公爵家のお父様と結婚した。

 その関係で、15歳の時に公国に留学した事があった。

 公国では、15歳になった子女は、必ず教会で奉仕活動を経験しなければならない。

 それは、神学の授業の一貫で行われる事で、その授業を通して、自分の身の回りのことは一通りできるようになり、その時の教会や病院での活動経験があったので、離婚後の奉仕活動は何でもこなせていた。

 これは、私の悪印象を払拭するための活動でもあった。

 国民からは、元平民に負けた貴族女性がどんな人物か関心が向けられていた。

 ほとんど公の場に姿を見せなかった私は、様々な憶測を呼んでいたらしい。

 今でもそうだ。

 離婚した王妃がどうなったのか、悪く書かれないのはお父様の力のおかげだ。

 でも、お父様には心の底から感謝できない思いもあった。

 先日、孤児院から戻ってきたばかりの私に、王都から訪れたお父様がローハン公爵様と再婚するようにと告げた。

 それは命令であり、いろんな思いと感情が一気に駆け巡って、最後にほんの少しだけ薔薇の花が脳裏をよぎって、その直後は混乱していた。

 離婚したばかりの私が初婚となるローハン公爵の妻となるなど相応しくないと思ったし、ローハン家にどれだけ迷惑をかけてしまうか。

 愛人に負けて城から追い出された元王妃など、恰好の噂の的なのに。

 ローハン公爵様はどう思っているか、また同じことが繰り返されるのではないかと不安がる私に、お父様は彼も了承していると言った。

「これはお前の幸せのためだ。受け入れろ」

 私の意思など一切考慮されず、告げられた時点ですでに決定事項となっていた。

 ローハン公爵様との結婚が正式に決まり、余計な妨害を受けないようにとお母様の勧めもあって、リカル公国の伯父様の養女となった。

 これから一年の婚約期間が始まり、それが終わってローハン公爵夫人となった時、私の環境はどう変わるのか。

 この地を離れて今度はローハン領に行くのか、王都で過ごすことになるのか。

 いずれにせよ、もう会えなくなるのだと頭を掠めて行った人の姿があった。

 セオのことも思った。

 せっかく仲良くなれたのに、彼はまた、隠れて一人で泣くのかと。

 残りの期間で私にできることは、セオとの時間をできるだけ多く過ごすこと。

 時間はあるから、本当は王妃となった時にやりたかった地方の治水工事の計画について、相談もしたかった。

 他領のことではあったけど、私達の領地と接する場所で、同じ川が流れている地域だ。

 下流にあるその場所はたびたび洪水に見舞われていた。

 そこでセオの両親は亡くなって。

 今ならお父様は私の多少の我儘を叶えてくれるかもしれない。

 小さな堤防をいくつか重なり合うように設置すれば、大きな被害を減らせるのではと、前々から考えていたことで、費用と日数を削減できる。

 これが、再びこの地を離れる私が、セオのためにできることなのではないかな。



 新たな婚約が決まっても私が領地で自由に過ごせていた一方で、また心を痛める事件が起きた。

 私達の大切な白鹿がまた、密猟者の手によって犠牲となった。

 犠牲になったのは白鹿だけでなく、追い詰められた先でヤケになった犯罪者は、あろう事か公道を破壊して、道を塞いで逃亡をはかった。

 多くの者が使用する、国と国を繋ぐ道が閉ざされて、大混乱となっていた。

 公国と王国と他国を繋ぐ重要な商用のルートだ。

 また、公国自体が聖地として信仰の対象となっている為、巡礼の地として多くの人が利用する。

 その道が閉ざされて、混乱は必至だ。

 どれだけの影響が出るのか人々を不安にさせたが、その事態を収拾させたのが、その場にいち早く駆け付けたティメオ・ローハン様だった。

 大規模な密猟団を捕縛し、復興の陣頭指揮を執るローハン閣下の姿は建国の王を見ているようで、人々は英雄と呼ぶようになっていた。

 ローハン閣下と騎士団の手によって封鎖が解消され、道が開通して多くの人々が行き交い出した頃に、事実婚状態のアルテュールとマヤが視察に訪れた。

 彼らの目的は民衆を安心させる為ではあったはずなのに、その姿のせいで良い結果をもたらさなかった。

 密猟団が違法に乱獲し、無惨に殺された挙句に逃げるために放置された白鹿を見て、信者の怒りは頂点に達していた。

 そんな中、ただでさえ評判が悪く、悪意ある関心を向けられていたのに、タイミング悪く白い革と毛皮のコートを着て豪華に装ったマヤが現れた事で、民衆達に火をつけてしまった。

 蛮行に対する怒りはそのままマヤに向けられた。

 そして、マヤを庇う国王に。

 マヤのコートは白鹿のものではないといくら説明しても、結婚式での騒動が報道された今、彼女への疑いは晴れる事はなかった。

 ローハン閣下が興奮する民衆を宥め、穏やかな声で諭し続けなければ、その場で暴動が起きていたかもしれない。

 その日、アルテュールとマヤは、護衛する騎士達に隠れるように城に戻っていったそうだ。

 燻ったものをそのままにして。

 閣下の抱く事後の懸念は私でも分かるものだ。



「御足労いただきありがとうございます」

 密猟者達を捕らえ、騒動を鎮め、私の元を訪れてくれたローハン閣下に、お茶をお出ししていた。

 婚約者となって初めてお会いする。

 この後、領地の教会で婚約式を行う予定だ。

 彼と向かい合って、私も座る。

「陛下の御様子は如何でしたか?」

 私の問いかけに、閣下は力無く首を横に振って答えた。

「私は、アルテュールから面会を拒絶されてしまっています。マヤと別れさせられると思っているのでしょう。護衛騎士達に迷惑をかけるわけにもいかない為、無理に会いには行っていません。渡した手紙を読んでもらえたらいいのですが」

 婚約者となっても、真摯な態度を崩されないローハン閣下だけど、今はとても憂いた顔をされていた。

 唯一残った肉親のアルテュールの事を、心から心配しているのだ。

 彼にはもう、誰の言葉も届かない。

 私は一年前に諦めてしまったけど、きっと閣下は最後までアルテュールと向き合おうとされるはずだ。

「アルテュールの事が心配です。でも、民衆に犠牲を出すわけにはいきません。このままでは暴動が起きる可能性が高い。覚悟が、必要かもしれません」

 ローハン閣下はさらに沈痛な面持ちでそれを告げた。

 こうやって私を信頼して話してくれるのは嬉しい事だけど、その内容は喜ばしいものではない。

「私達は変わらず王家に尽くします。公国も力になってくれます」

 せめて、心の負担が少しでも軽くなるように公爵様を支えたい。 

 それが私の役目だ。

 今は一時的に公国民となっている私だけど、私が忠誠を誓わなければならないのは王族であるローハン閣下もだ。

「貴女に会うタイミングがこのようになってしまって、申し訳なく思っています」

「それは閣下のせいではございません。国を思う気持ちは、閣下と同じです。お辛い立場のお気持ちを推し測る事しかできませんが、私が力になれるのなら本望です。何か力になれることはありますか?生まれ持った義務を果たすべく、必要であればすぐにでも王都へ向かいます」

 ローハン公爵の婚約者となったのなら、いつまでも領地に引きこもっているわけにはいかない。

「貴女にはまだ休息が必要です。その言葉だけで十分ですよ」

 私に向けてくれた微笑みは、誠意が込められたものだ。

 閣下から向けられる思いはアルテュールとの婚約、結婚期間では一切私に与えられなかったもので、それだけで私には十分過ぎるものだと思っていた。








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