11 / 20
11 新たな婚約者
しおりを挟む教会が運営する貧民層向けの病院や孤児院を訪れては、傷病者や子供の世話を献身的に行う高貴な身分の女性がいると噂になっていた。
行く先々で多額の寄付を行い、それだけに留まらず、自ら病人や孤児の世話を行うと。
白鹿を思わせる清楚な白いローブを着た公国出身でもある女性は、人々の間で聖女とまで呼ばれていた。
「国民の関心が寄せられています。ヴァレンティーナ様」
実家での休暇を終わらせて戻ってきたジャンナが、どこか誇らしげに話していた。
私の前にも新聞は広げられている。
「少し大袈裟ではないの?印象操作とは、こんなにも単純なものなのね。当たり前のことをしているだけなのに、怖くなるわ」
頬に手をあてて、ほぅとため息をついた。
アルテュールと離婚した私は、空いた時間を身近な人の為に使っているだけなのに。
結果としてそれは自分のためにもなって、良き人達とも出会えて。
机の端に置かれたハンカチに視線を向ける。
正直に言えば、離婚された元王妃の印象をあまり悪くしないための打算も少しはあった。
でも、ここまで私の良いように書いてもらえると、悪いことをしているみたいで後ろめたい。
私は私のしたい事をしているのに。
「ヴァレンティーナ様の努力の賜物です。実際に、ヴァレンティーナ様が自ら行動なさって親切な事をしているのですから」
シシルカ教の教えは博愛と献身なので、それに基づいただけだ。
当たり前のことでもある。
リカル公国には私の伯父がいて、公国唯一の侯爵家出身のお母様は、ホルト王国のドレッド公爵家のお父様と結婚した。
その関係で、15歳の時に公国に留学した事があった。
公国では、15歳になった子女は、必ず教会で奉仕活動を経験しなければならない。
それは、神学の授業の一貫で行われる事で、その授業を通して、自分の身の回りのことは一通りできるようになり、その時の教会や病院での活動経験があったので、離婚後の奉仕活動は何でもこなせていた。
これは、私の悪印象を払拭するための活動でもあった。
国民からは、元平民に負けた貴族女性がどんな人物か関心が向けられていた。
ほとんど公の場に姿を見せなかった私は、様々な憶測を呼んでいたらしい。
今でもそうだ。
離婚した王妃がどうなったのか、悪く書かれないのはお父様の力のおかげだ。
でも、お父様には心の底から感謝できない思いもあった。
先日、孤児院から戻ってきたばかりの私に、王都から訪れたお父様がローハン公爵様と再婚するようにと告げた。
それは命令であり、いろんな思いと感情が一気に駆け巡って、最後にほんの少しだけ薔薇の花が脳裏をよぎって、その直後は混乱していた。
離婚したばかりの私が初婚となるローハン公爵の妻となるなど相応しくないと思ったし、ローハン家にどれだけ迷惑をかけてしまうか。
愛人に負けて城から追い出された元王妃など、恰好の噂の的なのに。
ローハン公爵様はどう思っているか、また同じことが繰り返されるのではないかと不安がる私に、お父様は彼も了承していると言った。
「これはお前の幸せのためだ。受け入れろ」
私の意思など一切考慮されず、告げられた時点ですでに決定事項となっていた。
ローハン公爵様との結婚が正式に決まり、余計な妨害を受けないようにとお母様の勧めもあって、リカル公国の伯父様の養女となった。
これから一年の婚約期間が始まり、それが終わってローハン公爵夫人となった時、私の環境はどう変わるのか。
この地を離れて今度はローハン領に行くのか、王都で過ごすことになるのか。
いずれにせよ、もう会えなくなるのだと頭を掠めて行った人の姿があった。
セオのことも思った。
せっかく仲良くなれたのに、彼はまた、隠れて一人で泣くのかと。
残りの期間で私にできることは、セオとの時間をできるだけ多く過ごすこと。
時間はあるから、本当は王妃となった時にやりたかった地方の治水工事の計画について、相談もしたかった。
他領のことではあったけど、私達の領地と接する場所で、同じ川が流れている地域だ。
下流にあるその場所はたびたび洪水に見舞われていた。
そこでセオの両親は亡くなって。
今ならお父様は私の多少の我儘を叶えてくれるかもしれない。
小さな堤防をいくつか重なり合うように設置すれば、大きな被害を減らせるのではと、前々から考えていたことで、費用と日数を削減できる。
これが、再びこの地を離れる私が、セオのためにできることなのではないかな。
新たな婚約が決まっても私が領地で自由に過ごせていた一方で、また心を痛める事件が起きた。
私達の大切な白鹿がまた、密猟者の手によって犠牲となった。
犠牲になったのは白鹿だけでなく、追い詰められた先でヤケになった犯罪者は、あろう事か公道を破壊して、道を塞いで逃亡をはかった。
多くの者が使用する、国と国を繋ぐ道が閉ざされて、大混乱となっていた。
公国と王国と他国を繋ぐ重要な商用のルートだ。
また、公国自体が聖地として信仰の対象となっている為、巡礼の地として多くの人が利用する。
その道が閉ざされて、混乱は必至だ。
どれだけの影響が出るのか人々を不安にさせたが、その事態を収拾させたのが、その場にいち早く駆け付けたティメオ・ローハン様だった。
大規模な密猟団を捕縛し、復興の陣頭指揮を執るローハン閣下の姿は建国の王を見ているようで、人々は英雄と呼ぶようになっていた。
ローハン閣下と騎士団の手によって封鎖が解消され、道が開通して多くの人々が行き交い出した頃に、事実婚状態のアルテュールとマヤが視察に訪れた。
彼らの目的は民衆を安心させる為ではあったはずなのに、その姿のせいで良い結果をもたらさなかった。
密猟団が違法に乱獲し、無惨に殺された挙句に逃げるために放置された白鹿を見て、信者の怒りは頂点に達していた。
そんな中、ただでさえ評判が悪く、悪意ある関心を向けられていたのに、タイミング悪く白い革と毛皮のコートを着て豪華に装ったマヤが現れた事で、民衆達に火をつけてしまった。
蛮行に対する怒りはそのままマヤに向けられた。
そして、マヤを庇う国王に。
マヤのコートは白鹿のものではないといくら説明しても、結婚式での騒動が報道された今、彼女への疑いは晴れる事はなかった。
ローハン閣下が興奮する民衆を宥め、穏やかな声で諭し続けなければ、その場で暴動が起きていたかもしれない。
その日、アルテュールとマヤは、護衛する騎士達に隠れるように城に戻っていったそうだ。
燻ったものをそのままにして。
閣下の抱く事後の懸念は私でも分かるものだ。
「御足労いただきありがとうございます」
密猟者達を捕らえ、騒動を鎮め、私の元を訪れてくれたローハン閣下に、お茶をお出ししていた。
婚約者となって初めてお会いする。
この後、領地の教会で婚約式を行う予定だ。
彼と向かい合って、私も座る。
「陛下の御様子は如何でしたか?」
私の問いかけに、閣下は力無く首を横に振って答えた。
「私は、アルテュールから面会を拒絶されてしまっています。マヤと別れさせられると思っているのでしょう。護衛騎士達に迷惑をかけるわけにもいかない為、無理に会いには行っていません。渡した手紙を読んでもらえたらいいのですが」
婚約者となっても、真摯な態度を崩されないローハン閣下だけど、今はとても憂いた顔をされていた。
唯一残った肉親のアルテュールの事を、心から心配しているのだ。
彼にはもう、誰の言葉も届かない。
私は一年前に諦めてしまったけど、きっと閣下は最後までアルテュールと向き合おうとされるはずだ。
「アルテュールの事が心配です。でも、民衆に犠牲を出すわけにはいきません。このままでは暴動が起きる可能性が高い。覚悟が、必要かもしれません」
ローハン閣下はさらに沈痛な面持ちでそれを告げた。
こうやって私を信頼して話してくれるのは嬉しい事だけど、その内容は喜ばしいものではない。
「私達は変わらず王家に尽くします。公国も力になってくれます」
せめて、心の負担が少しでも軽くなるように公爵様を支えたい。
それが私の役目だ。
今は一時的に公国民となっている私だけど、私が忠誠を誓わなければならないのは王族であるローハン閣下もだ。
「貴女に会うタイミングがこのようになってしまって、申し訳なく思っています」
「それは閣下のせいではございません。国を思う気持ちは、閣下と同じです。お辛い立場のお気持ちを推し測る事しかできませんが、私が力になれるのなら本望です。何か力になれることはありますか?生まれ持った義務を果たすべく、必要であればすぐにでも王都へ向かいます」
ローハン公爵の婚約者となったのなら、いつまでも領地に引きこもっているわけにはいかない。
「貴女にはまだ休息が必要です。その言葉だけで十分ですよ」
私に向けてくれた微笑みは、誠意が込められたものだ。
閣下から向けられる思いはアルテュールとの婚約、結婚期間では一切私に与えられなかったもので、それだけで私には十分過ぎるものだと思っていた。
45
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私が妻です!
ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。
王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。
侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。
そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。
世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。
5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。
★★★なろう様では最後に閑話をいれています。
脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。
他のサイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あらまあ夫人の優しい復讐
藍田ひびき
恋愛
温厚で心優しい女性と評判のカタリナ・ハイムゼート男爵令嬢。彼女はいつもにこやかに微笑み、口癖は「あらまあ」である。
そんなカタリナは結婚したその夜に、夫マリウスから「君を愛する事は無い。俺にはアメリアという愛する女性がいるんだ」と告げられる。
一方的に結ばされた契約結婚は二年間。いつも通り「あらまあ」と口にしながらも、カタリナには思惑があるようで――?
※ なろうにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。
ところが新婚初夜、ダミアンは言った。
「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」
そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。
しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。
心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。
初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。
そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは─────
(※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる