蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌

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 肉団子が入ったコップを三つ持って、ランドンさんは戻ってきた。

「セオの隣に座ってもよろしいでしょうか」

「はい」

 大きな体が窮屈そうにベンチの上に収まると、

「一番大きいのはきっとこれだ!」

 セオが最初に選んで、どうぞと差し出されたものの右側のコップを手に取った。

「ありがとう。いただきます」

「兄ちゃん、ありがとう!」

 セオが口に運ぶ様子を微笑ましく思いながら見守っていた時だ。

 “マ リューロ ラー イラ”

 すーっと言葉が流れてきた。

 視線を向けると、ランドンさんが呟いたようだった。

 コップを額に近付けて、祈るように目を閉じている。

 パチっと目を開けたところで尋ねた。

「それは何?」

「すみません。幼い頃から骨身に染み付いた習慣で。肉を食する前に捧げる祈りの言葉です」

 ランドンさんの気まずそうな態度に、さらに疑問を重ねた。

「どうして謝るの?他国や、この国でも地方には残る習慣だと聞いたわ」

「不快に思わないのですか?」

「どうして?知らない文化やわからない言葉があっても、それは敬遠するものではないわ。もっと知りたいと思うもの」

「異教徒で、他の神を信仰する、相容れないものでもですか?」

 なんだかそこは、穏やかな口調でもムキになって言っているように感じられた。

 自分で自分を否定したいかのように。

「私の価値観を相手に押し付けるつもりはないわ。相容れなくても歩み寄ることはできる。それが寛容だと教えられてきたことで、私もそう思うわ」

 それが、人によっては綺麗事だと反論されることも理解している。

 でも、自分とは違うのだと、最初から拒んでいては何もできないし、何も生まれない。

「兄ちゃんは真面目すぎるよ。俺は兄ちゃんのことが大好きだし、お嬢様のことが大好きだし、兄ちゃんだってお嬢様と話せて嬉しそうにしているし、お嬢様は興味持ってくれているし。それでいいじゃん。ちょっとくらい違うところを見せたって、お嬢様は気にしないよ。俺だって先生から教えてもらったことあるよ。かんよーってやつを」

 セオの明け透けな言葉に、ふっと力が抜ける。

「セオの言う通りよ。こうやって同じ物を並んで食べている私達は、すでに隣人であり、友人でしょ?」

 パクリと串で刺したお団子を口に入れた。

 口の中に広がる味は、懐かしい郷土の味でとても嬉しくなった。

 王妃となるために王都に行ってからは、味わえなかったものだ。

 最後に食べたのは、もう10年近く前だ。

「これをまた食べることができて嬉しい。ありがとう、ランドン」

「はい。お嬢様にそう言っていただけるのなら」

「へへっ」

 セオが笑うと、私もランドンさんも自然と笑顔を浮かべていた。

 懐かしいものに触れて、また明日から頑張ろうと思える。

 この日はこれでセオとランドンさんとは別れたけど、翌日も孤児院に行けば二人には会えた。

 ランドンさんは、帰郷した時は孤児院で寝泊まりさせてもらっているそうで、私が孤児院を訪問すると、いつもどこかで彼が手伝っている姿を見かけるのが当たり前の光景だった。

 時には古くなった家具の修繕を請け負っているし、冬に備えてたくさんの薪を割っていた。

 そして、いつも子供達に囲まれていた。

 彼が慕われている様子もよく知ることができた。

 私は破れたカーテンを修繕しながらも、気付くといつも視線で彼を追っていて、そんな自分のことを不思議に思っていた。

 ランドンさんとは時々目が合うことはあっても、お互いに何か言葉を交わすことはないまま、数日が過ぎていった。

 その日の朝は、孤児院に行くと庭先で泣いているセオの姿があった。

 今はみんな朝食の時間のはずなのに。

「セオ?どうしたの?」

 それはとても珍しいことで、だから、声をかけずにはいられなかった。

「あ、おはよう、お嬢様」

 セオは急いで涙を拭いている。

「兄ちゃんが王都に戻るから、寂しくて。もうすぐここを立つんだ。今、食堂で挨拶してて」

 もう休暇が終わってしまうのかと、それが今日で、私も残念な気持ちになっていた。

「じゃあ、お兄さんの所に行って、セオもちゃんと挨拶をしよう。私も挨拶がしたいから、セオが一緒に行ってくれたら嬉しい」

「任せてよ!」

 セオはいつもの元気な姿に戻っていたけど、こうやって隠れて泣いていたのか。

 セオの中で、ランドンさんの存在がどれだけ大きいのか知った。

 そして、まだ、セオの悲しみが癒えていないことも。

 セオに手を引かれていくと、建物の中ではなく、鞄を脇に置いて畑のそばでしゃがみ込むランドンさんの姿があった。

「兄ちゃん!」

 セオの声に立ち上がると、ランドンさんは私達に向き直った。

 そして随分と改まった態度で、

「貴女が公爵令嬢とは知らず、数々の御無礼をお許しください」

 それを真っ先に伝えてきたから、私はとても不服だった。

「他人行儀なのね。私達はもう友達だと思っていたのに、それは私が勝手に思っていただけなのね」

 腕組みをして、ふんっと顔を背けた。

 なんだか随分と子供っぽい態度ではある。

「それは、でも、俺がお嬢様と言葉を交わせること自体あり得ないことなのに、貴女のような方と知り合えただけで、だから」

 身分や立場の違いはあるから、どこででも馴れ馴れしくはできない。

 でも、もう会えないかもしれないからって、ちゃんとお別れの挨拶をしたいと思って来たのに、壁を作られてあんまりだと思っていた。

 目の前の大きな男の人は、オロオロしながら私とセオを交互に見ている。

「兄ちゃん、とりあえず謝れー。それで、仲直りの握手。俺達にいつも言ってることだろ」

 年下の男の子から呆れたように言われたものだから、決まりが悪くなったのか、ランドンさんは酷く困った顔になっていた。

「貴女を傷付けました。俺を許してもらえますか」

「いいわ。はい、仲直り」

 手を差し出すと、大きな手に軽く握られる。

「貴方がもっとすごい職人になることを、ここから応援しているね」

「ありがとうございます。俺は、貴女のことを、貴女の言葉を忘れません」

 それを言い終えると手が離れ、ランドンさんはセオを見た。

「元気で。またすぐに帰ってくるから、みんなのこと頼むな」

「うん。任せて!兄ちゃんも無理しないように」

「ああ」

 セオの頭を最後に撫でると、ランドンさんは鞄を持って門の方へ向かう。

「ランドン」

 思わずその背中に向かって呼びかけて、呼び止めて、何が言いたかったのか、考えて、

「貴方は、この国が好き?」

 振り向いたランドンさんに、そう尋ねていた。

「はい。愛しています」

 達観したような穏やかな顔で答えられて、なんだか胸がいっぱいになる。

 再び背を向けたランドンさんは、もう振り返ることなく門の向こうに消えていった。

「ビックリした。兄ちゃん、お嬢様に愛していますって言ったのかと思った」

 それは違うからと、苦笑する。

 二人で人影が見えなくなった門を見続けて、自分の中に残った感情は、きっとセオと同じ寂しいといったものなんだろうと考えていた。


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