蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌

文字の大きさ
上 下
2 / 20

2 孤独な初夜と愛される者の存在

しおりを挟む
「お父様。女性も国政に携わるべきだと思います」

 小さな世界しか知らない幼い頃の私は、怖いものがなかった。

 教育を受ければすぐになんでも自分のものにできて、だからもっと自分を試したくて、一生懸命に勉強して、そんな自分なら、大好きなこの国をもっといいものできると信じていた。

「国政に携わりたいのなら、王妃となるか?」

「王妃に、ですか?」

 なるか?と問われて、なりたいと言えばなれるものだとはさすがに思ってはいなくて、どうしてそんな事を聞かれるのか不思議だった。

 それが何を意味するのか。

 後から思えば、この時にお父様は、一つの問題が解決できると考えていたのだ。

 この時私は、“簡単になれるものではありません”と答えた。

 でも、父の言葉を実現させてしまうのが、私の生家だった。

 大人ぶって余計なことを言わなければよかったと、どれだけ後悔してもあの日に戻る事はできない。

 当時の王太子殿下と婚約したのは、私、ヴァレンティーナが7歳、アルテュール様が12歳の時だった。

 婚約期間は11年。

 私達が結婚したのは、私が成人を迎えた18歳の時だ。

 その時すでに、アルテュール王太子殿下は即位し、国王となっていた。

 前王陛下が早くに逝去されてしまい、若き王を支えるためにも私達の結婚は急がれた。

 だから、王家を支える為には私の生家、ドレッド公爵家の力添えが必要だった。

 私も国のために、そして大切な王家に遺されたアルテュール様を支えていくつもりで、11年もの月日を王妃教育に励んできたつもりだった。

 それなのに……

 初夜を一人孤独に寝室で過ごし、朝を迎えた室内でボーッと天井を見上げていた。

 上体を起こしただけで、ベッドの上から動く気にはなれなかった。

(アルテュール様は、私の元には来てくださらなかった……)

 彼がこの夜をどこで過ごしたのかは想像に容易い。

 結婚すれば少しは変わるのかと思っていたのに、まさか初夜から蔑ろにされるとは思ってもいない事だった。

 もう間も無く、朝の支度をする為に侍女達がここを訪れる。

 その時に、一人で初夜を過ごした王妃を見て、何を思うのか。

 カーテンの隙間から陽光が漏れ出る室内に、扉がノックされる音が響いた。

 朝を迎える事がこんなに憂鬱になるなんて、思ってもいなかった。

「失礼します、王妃殿下。朝の身支度に参りました」

 数名の王妃専属侍女が室内に入ってきた。

 訓練された彼女達は、顔色一つ変えずに私の身支度を始める。

 この部屋の外では何を話していたのかと、ため息をつきたくなる気持ちをグッと抑えて、表情を取り繕って平静を装う。

 私の心は疑心暗鬼の上に、随分と狭量になっているようだ。

「今日の予定を申し上げます」

 支度が終わり、椅子に座ってお茶を飲みながら侍女の報告を聞いていたけど、これから朝食の場であの人にどんな表情を向ければいいのか。

 平静を装えば可愛げがないとまた言われるのだろうか。

「きっと、殿下を気遣ってのことですよ。婚礼の儀式で、殿下がお疲れだったから、気を遣われたのだと思います」

 俯いてしまっていたものだから、公爵家から付いてきてくれた侍女のジャンナがそんな言葉をかけてくれたけど、その慰めの言葉が、余計に私を惨めにさせて、そっと気付かれないように息を吐いていた。

 いっその事、部屋で食事を行うと伝えようかしら……

 いいえ、ここで逃げてはダメよ。

 それこそ、陛下の真意を確かめなければ。

 彼はこれからずっと私を避け続けるつもりなのか、まだ、気持ちの整理が出来ていなかっただけなのか。

 どちらにせよ、私達は国王夫妻として国を支えていかなければならないのだから、このまま私を蔑ろにし続けるはずがない。

 そう自分に言い聞かせると、侍女を伴って食堂へと移動していた。

 朝食が用意されているであろうその部屋に入ると、私を待っていたのは驚愕の光景と、それによって打ちのめされる事だった。

 開けられた扉の先に見えたのは、陛下とその愛妾であるマヤが二人で食事をしているといったものだった。

 私が来るのを待たずに、二人で楽しげに食事を進めており、そして、私の分の食事はどこにも用意されていなかった。

 いや、私が座るはずの場所にマヤがいるのだ。

 周りに控えている使用人達の表情はみな一様に固い。

 アルテュールからは、何故ここに来たと言わんばかりの蔑むような視線を向けられた。

 ここにお前の居場所はないと言いたげに。

 マヤは私に流し目を向け、赤い唇をニヤリと歪めてみせた。

 結婚二日目にして、何故、私がこんな仕打ちを受けなければならないのか。

 私との婚姻の意味を、この人達は理解していないのか。

 私の我儘のせいでこの婚姻が成されたと、未だに思っているのか。

 溢れかえりそうな感情を抑えて、指先がわずかに震えていた。

 このまま何も言わずに黙って引き下がれば、彼女に負けたのだと認めた事になる。

 でも、どう思われようと構わなかった。

 口を開けば、受けた教育なんか忘れて、感情のままに怒鳴り散らしそうになる。

 きゅっと口を引き締めて、感情を押し殺し、踵を返して部屋に戻っていた。

 背中を笑い声が追いかけてきたけど、今は無視する事しかできなかった。

 部屋に戻って一人にしてもらうと、ベッドに突っ伏して顔を覆って咽び泣いていた。

 彼らの姿が私の脳裏にこびり付いている。

 この国の王家、貴族には、金髪に青か緑の瞳を持つものがほとんどだった。

 アルテュール陛下も、身分としては下級貴族のマヤも金髪碧眼だ。

 私は、ストロベリーブロンドにグレーの瞳のこの国では馴染みのない色をしていたから、その見た目からすでにアルテュール陛下は嫌っていた。

 いや、見た目が気に入らないという理由が大部分を占めているのではないかな。

 まともな貴族ならそんな幼稚な理由で国王が妃を拒むのかと思われるかもしれないけど、アルテュール陛下の中では、黄金の髪が王侯貴族の証と思っていたのは知っている。

 母親が公国の出身ということもあり、“混ざりもの”と私を揶揄していたくらいだから。

 部屋で一人で過ごしていると、自分の中を整理しきれない様々な感情が駆け巡る。

 幼稚な事をする二人への怒り、陛下を矯正できなかった悔み、彼らが今後を想像できない事への呆れ、自分が蔑ろにされている状況への嘆き。

 婚約期間中も、陛下は私に冷たい態度をとり続けていた。

 エスコートも必要最低限で、すぐに自らが招待したマヤの元へ行っていたし、贈り物も直接されたことなんかない。

 誕生日を祝ってもらった事もなければ、優しい言葉をかけてもらった事もない。

 陛下は全く私を大切にしてこなかった。

 ほんの少しだけ期待している部分もあった。

 結婚すれば何かが変わるのだと。

 生前の前王陛下もそう仰って私を説得して、だからこの国のためになるのならばとこの結婚に至ったのに……

 でも、結局、何も変わらなかった。

 陛下は私を、王妃を、必要としていない。

 それがどんな結果を招くのか。

 今の私はまだ、どうにかして関係を修復できないかと、その事を願っていたくらいだったけど、わずかな希望も無残にも打ち砕かれる事になる。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。

Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。 休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。 てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。 互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。 仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。 しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった─── ※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』 の、主人公達の前世の物語となります。 こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。 ❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。

私が妻です!

ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。 王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。 侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。 そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。 世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。 5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。 ★★★なろう様では最後に閑話をいれています。 脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。 他のサイトにも投稿しています。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

あらまあ夫人の優しい復讐

藍田ひびき
恋愛
温厚で心優しい女性と評判のカタリナ・ハイムゼート男爵令嬢。彼女はいつもにこやかに微笑み、口癖は「あらまあ」である。 そんなカタリナは結婚したその夜に、夫マリウスから「君を愛する事は無い。俺にはアメリアという愛する女性がいるんだ」と告げられる。 一方的に結ばされた契約結婚は二年間。いつも通り「あらまあ」と口にしながらも、カタリナには思惑があるようで――? ※ なろうにも投稿しています。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...