1 / 4
学校編
田舎町:シルバーノーム
しおりを挟む
だれも見ていないことを確認して、またため息をついた。
少しはなれた所にいるお父様は、自分よりも身分が低い人を相手に、ペコペコと頭を下げている。
貴族の伯爵であるお父様は、もともと平民相手に商売をしていたからあまり抵抗はないのかもしれないけど、子供の見ている前で何度もされるとみっともなく映る。
こんな田舎町に、本当に私を預けるつもりなのかな。
自分が立っている場所から、町を見渡す。
なにもない。
王が住んでいる華やかな首都に比べたら、何もない。建物よりも、畑の面積の方が広くて、人よりも家畜の方が多いのではないかな。
お店だって……
その規模におどろくしかない。
商店と思われるものは、通りに数軒が立ち並ぶだけのようで、数分で端から端へと歩けそうだ。それが、町の入り口であるここに立っているだけで、見渡すことができる。
シルバーノーム。それが、この町の名前だ。
町の周りには、広大な畑か林しかない。畑の緑か、建物の赤茶色しか目に付かない。余計な騒音はなく、耳をすませば子供の声か、家畜の鳴き声しかしない。
大昔は銀がとれた鉱山が近くにあって、そこには妖精もひそんでいたって言い伝えからそんな名前がついたそうだ。
だけど、今は違う意味合いをもつと聞いた。
“規範”となる町とかなんとか。
意味はよくわからなかった。
聞いてもいないのに、その情報を勝手にしゃべり続けた人がいた。
牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた、ボサボサ頭の人が。
頭をふって、その人の姿を忘れる。
「では、娘のことをどうかよろしくお願いします」
お父様は話し終えたようで、男の人と一緒にこっちにやって来た。
「初めまして、ミア。俺はハーバート。この町で教師をしている。聞いている通り、君のことを一年、我が家で預かることになった。慣れない場所で不便だとは思うが、過ごしやすいように、お手伝いしていくつもりだ」
ハーバート先生と名乗った男性は、真っ黒い髪に綺麗な空色の瞳をしていた。
お父様より年下に見えて、聞いた通りなら、とても珍しい存在とされる魔法使いでもあるそうだ。
魔法使いって気難しいイメージだったけど、穏やかな印象を受ける。
でも、教師は信用できない。
「ミア、挨拶なさい」
私からは話しかけずにいると、お父様から促されたからそれに従う。
「ミア……バスパーです……」
ミアが名前で、バスパーが家の名前だ。
答えながら、無意識の緊張で表情は強張っていた。
教師は嫌い。
できないからと、私を責めてばかりだったから。自分の評価が下がることを気にして、私が怠けているせいだと、努力が足りないのだと、いつも叱られていた。
そんな思いも知らずに、私が名乗るのを確認して、お父様は帰る準備を始めている。
その背中に、声を出さずに訴えていた。
置いて行かないで。
教師の元になんか、置いて行かないで。
私のことを見捨てないで。
もっと頑張るから。
もっともっと、努力するから。
また、私が責められて、バカにされて、私の存在なんか、カケラもなくなってしまう。何を言われたって、家族のそばにいたから、頑張れたのに……
我慢できたのに……
「ミア。我々が町の中まで行くと迷惑になるから、ここでお別れだ。先生の言うことをよく聞いて、しっかり頑張るんだぞ」
私の願いは、お父様には届かなかった。
10歳の誕生日を迎えたばかりの私は、父に見捨てられたと、遠ざかっていく馬車を見送りながら、そう思っていた。
こんな所に一人残されて、上手くやっていけるはずがない。
平民と同じ学校になんか、通いたくない。
田舎町の子供と過ごしたって、今までの生活が全く違うのに、話が合うはずない。仲良くなれるはずがない。
きっとバカにされる。
読み書きができないことがバレたら、絶対に笑われる。
私が、何一つ覚えることが出来ないから、お父様はこんな所に置き去りにしたんだ。
私が、いまだに字が読めないから、いまだに書けないから……
私の存在が恥ずかしいから……
結局、あの学力テストができなかったから、いけないんだ。
勉強なんか、嫌いだった。
正確には、勉強ができない自分が嫌いだった。
貴族の子供は、12歳で入学する学園生活に向けて、家庭教師をつけてもらう。
私にも、7歳の頃から教師をつけてもらって、いっぱい、頑張るつもりだった。
最初は、色々なことを学んで、たくさんの知識を身につけて、お父様にほめてもらうんだって、そう考えていたのに。
怠けたつもりなんかなかった。言われた課題は、どれだけ時間がかかっても最後までやろうとした。
でも、最初の一問すら分からなかった。
私には、字が読めなかったから。 字が覚えられなかったから。
だから、字が書けなかった。
それが、何をしても上手くいかない原因で、結局こんな歳になっても自分の名前すら書けない。
『お嬢様は、何を教えてもダメだ。やる気がない』
『あなたが怠けるせいで、私の評価が悪くなるのですよ』
『何でこんな事もできないんだ』
『あなたのようなバカな生徒は今まで見たことがない』
『優秀な兄と違って、できそこない』
何人もの教師達の心ない言葉が、刃のように胸をえぐった。
何度も傷付けられた。
ノート一冊が埋め尽くされるまで練習しろと言われて、その通りにしても、ミミズが這いまわったような中身を見て、呆れたように責める視線を向けられた。
それをするのにどれだけ苦労したかは、分かってはもらえなかった。
殴られた方がマシだった。言葉でどれだけ傷つけられたかなんて、表面からは分からないのだから。
そんなことが積み重なって、どうせ何をやってもダメなんだと自分でも思うようになっていた。
少しはなれた所にいるお父様は、自分よりも身分が低い人を相手に、ペコペコと頭を下げている。
貴族の伯爵であるお父様は、もともと平民相手に商売をしていたからあまり抵抗はないのかもしれないけど、子供の見ている前で何度もされるとみっともなく映る。
こんな田舎町に、本当に私を預けるつもりなのかな。
自分が立っている場所から、町を見渡す。
なにもない。
王が住んでいる華やかな首都に比べたら、何もない。建物よりも、畑の面積の方が広くて、人よりも家畜の方が多いのではないかな。
お店だって……
その規模におどろくしかない。
商店と思われるものは、通りに数軒が立ち並ぶだけのようで、数分で端から端へと歩けそうだ。それが、町の入り口であるここに立っているだけで、見渡すことができる。
シルバーノーム。それが、この町の名前だ。
町の周りには、広大な畑か林しかない。畑の緑か、建物の赤茶色しか目に付かない。余計な騒音はなく、耳をすませば子供の声か、家畜の鳴き声しかしない。
大昔は銀がとれた鉱山が近くにあって、そこには妖精もひそんでいたって言い伝えからそんな名前がついたそうだ。
だけど、今は違う意味合いをもつと聞いた。
“規範”となる町とかなんとか。
意味はよくわからなかった。
聞いてもいないのに、その情報を勝手にしゃべり続けた人がいた。
牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた、ボサボサ頭の人が。
頭をふって、その人の姿を忘れる。
「では、娘のことをどうかよろしくお願いします」
お父様は話し終えたようで、男の人と一緒にこっちにやって来た。
「初めまして、ミア。俺はハーバート。この町で教師をしている。聞いている通り、君のことを一年、我が家で預かることになった。慣れない場所で不便だとは思うが、過ごしやすいように、お手伝いしていくつもりだ」
ハーバート先生と名乗った男性は、真っ黒い髪に綺麗な空色の瞳をしていた。
お父様より年下に見えて、聞いた通りなら、とても珍しい存在とされる魔法使いでもあるそうだ。
魔法使いって気難しいイメージだったけど、穏やかな印象を受ける。
でも、教師は信用できない。
「ミア、挨拶なさい」
私からは話しかけずにいると、お父様から促されたからそれに従う。
「ミア……バスパーです……」
ミアが名前で、バスパーが家の名前だ。
答えながら、無意識の緊張で表情は強張っていた。
教師は嫌い。
できないからと、私を責めてばかりだったから。自分の評価が下がることを気にして、私が怠けているせいだと、努力が足りないのだと、いつも叱られていた。
そんな思いも知らずに、私が名乗るのを確認して、お父様は帰る準備を始めている。
その背中に、声を出さずに訴えていた。
置いて行かないで。
教師の元になんか、置いて行かないで。
私のことを見捨てないで。
もっと頑張るから。
もっともっと、努力するから。
また、私が責められて、バカにされて、私の存在なんか、カケラもなくなってしまう。何を言われたって、家族のそばにいたから、頑張れたのに……
我慢できたのに……
「ミア。我々が町の中まで行くと迷惑になるから、ここでお別れだ。先生の言うことをよく聞いて、しっかり頑張るんだぞ」
私の願いは、お父様には届かなかった。
10歳の誕生日を迎えたばかりの私は、父に見捨てられたと、遠ざかっていく馬車を見送りながら、そう思っていた。
こんな所に一人残されて、上手くやっていけるはずがない。
平民と同じ学校になんか、通いたくない。
田舎町の子供と過ごしたって、今までの生活が全く違うのに、話が合うはずない。仲良くなれるはずがない。
きっとバカにされる。
読み書きができないことがバレたら、絶対に笑われる。
私が、何一つ覚えることが出来ないから、お父様はこんな所に置き去りにしたんだ。
私が、いまだに字が読めないから、いまだに書けないから……
私の存在が恥ずかしいから……
結局、あの学力テストができなかったから、いけないんだ。
勉強なんか、嫌いだった。
正確には、勉強ができない自分が嫌いだった。
貴族の子供は、12歳で入学する学園生活に向けて、家庭教師をつけてもらう。
私にも、7歳の頃から教師をつけてもらって、いっぱい、頑張るつもりだった。
最初は、色々なことを学んで、たくさんの知識を身につけて、お父様にほめてもらうんだって、そう考えていたのに。
怠けたつもりなんかなかった。言われた課題は、どれだけ時間がかかっても最後までやろうとした。
でも、最初の一問すら分からなかった。
私には、字が読めなかったから。 字が覚えられなかったから。
だから、字が書けなかった。
それが、何をしても上手くいかない原因で、結局こんな歳になっても自分の名前すら書けない。
『お嬢様は、何を教えてもダメだ。やる気がない』
『あなたが怠けるせいで、私の評価が悪くなるのですよ』
『何でこんな事もできないんだ』
『あなたのようなバカな生徒は今まで見たことがない』
『優秀な兄と違って、できそこない』
何人もの教師達の心ない言葉が、刃のように胸をえぐった。
何度も傷付けられた。
ノート一冊が埋め尽くされるまで練習しろと言われて、その通りにしても、ミミズが這いまわったような中身を見て、呆れたように責める視線を向けられた。
それをするのにどれだけ苦労したかは、分かってはもらえなかった。
殴られた方がマシだった。言葉でどれだけ傷つけられたかなんて、表面からは分からないのだから。
そんなことが積み重なって、どうせ何をやってもダメなんだと自分でも思うようになっていた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。
しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。
今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。
女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか?
一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる