聖女は歌う 復讐の歌を

奏千歌

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ユーリア   *胸糞注意

14 出立。帝国へ

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 帝国へ出立する日、屋敷の前ではちょっとした騒ぎになっていた。

 まだ夜の残る空を、大きな竜が翼を広げて飛んでいたので、誰もが上を見上げていた。

 聖書の中の存在ではなく、本当に実際に存在していたのだと、驚いたのが一つ。

 それを、第二王子殿下が自在に操っていたからさらに驚いた。

 竜を従わせるほどの力を持つ、レナート王子殿下。

 やはり、正統な流れはレナート王子の方なのかと、ヴェロニカさんの懸念が少しだけわかった気がした。

 誰もが警戒して、わずかな怯えを見せる中、一体の竜は地面に降り立った。

「おはようございます。僕とは初めましてですね。ライネ嬢」

 竜から降りてニコリと笑った第二王子殿下は、兄王子とはまた違った笑顔を向けてくる。

 でも、ミハイル様とよく似た、整った顔立ちをされていた。

「僕が責任をもって貴女を帝国の皇子殿下の元まで安全に送り届けますので、どうかご安心を」

 会うまでは警戒していたけど、どうやらレナート王子ご自身はあの話を気にしていない様子だ。

 人柄が垣間見えて、警戒を解くのは早かった。

 レナート王子の隣で、箒を持って立つもう一人の女の子に視線を向けた。

「彼女はエカチェリーナさん。国が誇る魔法使いで、学院の先輩でもあります」

 ペコリと頭を下げてきた女の子は、綺麗なストレートの赤髪で、深い緑色の瞳は落ち着いた印象を受けたけど、王子殿下とあまり歳が変わらないように見えた。

 すごく、綺麗な子だった。

 キリッとした空気を纏って、それでいて、どこか可愛らしいところもある。

 平民だと聞いたのに、何だか佇まいが私以上に上品な雰囲気だった。

 さすがヴェロニカさんの知り合いの魔法使いさんだ。

 その綺麗な魔法使いさんにジッと見つめられて、ドキドキした。

 こんな美人さんなら一度会ったら忘れないはずだから、初対面なのは確かだけど、絶世の美少女と呼べる子に見つめられたら胸が苦しくなる。

「可愛らしい魔法使いさん。よろしくね」

 黙っていたら息苦しいままだから、話しかけて気持ちを楽にしようと思った。

「はい。最善を尽くします」

 彼女が、ヴェロニカさんが勧める国随一の魔法使いだ。

「ごめんなさい。貴女に怖い思いをさせるわね。女の子なのだから、自分を大切にしてね。国の命令で仕方なくなのでしょうけど、貴女の代わりはいないのだから」

 国の命令があれば、どんなに怖くても断れなかったはずだ。

 自分よりも年下の女の子に守ってもらわなければならないとは。

 情けない。

「エカチェリーナさんが怖いものは、素焼きにされたピーマンとニンジンです」

「王子……うるさい…………」

 レナート王子の言葉から彼女への信頼が垣間見えて、随分と仲の良い様子に、クスクスと笑いがもれた。

 なんだか肩の力が抜ける。

 どうやら、緊張していたのは私の方みたいだ。

 私は通う事ができなかったから、学院の先輩後輩である二人が少しだけ羨ましいけど、帝国では皇子殿下の計らいで、大学に短期間だけ通える。

 準備期間がわずか一日しかなかったのに、お兄様は大急ぎでキャルム様と連絡をとってくれて、帝国での保護者としてキャルム様が名乗り出てくださった。

 あんな別れ方をしたのに、結局、迷惑をかけることになってしまって……

「ユーリア。暖かくして過ごすのよ」

 気持ちが沈みかけていると、随分と痩せたお母様が、私をぎゅっと抱きしめてくれた。

「お母様こそ、お身体にはお気をつけください」

 私が帝国に行ってしまえば、お母様に何かあってもすぐには帰ってこられない。

 一生懸命に、お母様のこの温もりを記憶に残していた。

 そろそろ行きましょうかと声をかけられて、お母様から離れると、茶色い鱗を持つ竜の背中を見つめて喉をごくりと鳴らした。

 竜の背中に乗るなど、そんな体験をする令嬢は私くらいではないだろうか。

 二人乗り用の特別な鞍が設置されており、おそるおそる、レナート王子の後ろに座ると、その後は想像もできなかった光景を目にすることになった。

 私は、しばらく言葉を失っていた。

 はるかに高い場所から、地上を見下ろすことになるとは。

 竜が飛び立つと、お父様達がみるみる小さくなって、領地の建物も小さくなって、やがてすぐに無の森の上空を飛んでいた。

 足を踏み入れれば二度とは戻っては来れない無の森も、はるか空から見下ろせば怖いものではないらしい。

「大丈夫ですか?」

 少しだけ振り返った王子殿下が、気遣うように声をかけてくれた。

「はい。私、とても感動しています。生きてて良かった。本当に、生きてて良かった。どうして私ばかりって思っていた時もあったけど、生きていればこそですね……今、とても生あることに感謝をしています。人に迷惑をかけてばかりで、誰かに迷惑をかけてまで生きたくはないと思っていたけど、今、本当に生きてて良かったと思えてる」

 興奮していて、喋る口が止まらなかった。

 王子殿下も、魔法使いさんも、私の言葉を遮ることなく、聞いてくれていた。

 空から見下ろす景色は、自分の中の価値観を変えてしまうほどの感動があった。

 でも、新たに知ることは、楽しいことばかりではなかった。

 しばらく無言で飛んでいた魔法使いさんが、険しい表情で下を見るように促してくると、黒いものが地面を埋め尽くしているのが木々の間に見えた。

 その正体は無数の魔物らしい。

 恐怖を覚えながらも目をよく凝らして、それぞれがどんな形をしているのか観察しようとすると、突然、目の前に炎が広がって、咄嗟に腕で顔を覆っていた。

 レナート王子の反応から、魔法使いさんが魔法を使ったのがわかった。

 そして、ギァッギァッと、人でないものの悲鳴が聞こえて思わず耳を塞いだ。

「ライネ嬢、大丈夫です。エカチェリーナさんが魔法で、こちらに飛んできた魔物を倒してくれました」

 気付かないうちに襲われそうになっていたのかと、ゾッとした。

「少しとばしますので、しっかり掴まっていてくださいね」

 魔法使いさんが先導するように先に行くと、王子殿下も後に続いた。

 風がバシバシと頬にあたって、後ろに流れて行く。

 目の前の手すりをしっかりと握りしめて、落とされないように気をつけていた。

 空の旅は、ほんの二時間ほどで終わりを告げた。

 迂回すれば一ヶ月かかる距離なのに、信じられない速さだった。

 無事に帝国内に入ると、キャルム様の迎えが到着していた。

 竜から降りた私の元に、足早にキャルム様が近付いてきた。

 およそ二年ぶりの再会となるけど、お変わりはないように見える。

「お久しぶりです、ライネ嬢。到着を心待ちにしていました。貴女が無事で何よりです。レナート王子殿下には感謝の言葉しかありません。体調はどうでしょうか?ここからは僕が馬車でお送りしますから、どうぞ中で寛いでください」

「ありがとうございます。皇子殿下」

 魔法使いさんやレナート王子にも感謝の言葉を伝えると、キャルム様のエスコートで馬車の中へと案内された。

 帝国製の馬車はとても座り心地が良くて、足場が無かった竜の背中を思えば、その安定感に安心する。

 すぐに動き出した場所の中で、何故かキャルム様と二人になっていた。

「正直、レナート王子が貴女を送ってきたことには驚きました」

 無かったことにされた、私とレナート王子との婚約話のことを心配されているのだ。

「私もです。ヴェロニカさんと、王太子殿下が薦めてくださって。とても、親切にしてくださいました」

「僕は、貴女とレナート王子が一緒に行動するのは不安がありましたが、でも、あの様子を見るに杞憂だったようですね」

 キャルム様の視線を追って外を見ると、レナート王子と魔法使いさんが二人で並走して馬を走らせていた。

「兄弟そろって平民の女性に惹かれているようですね」

 それは、ほんの少しだけ棘を含んだものだった。

「彼女は、レナート王子の治療に関わったそうで」

「なるほど。それでは恩を感じるのは当たり前で、自然と仲は深まりますね。魔女によって、何かよくない魔法をかけられていなければよいのですが。平民の女性にのめり込んだ王族の末路は、歴史の中でも悲惨なことが多い」

「申し訳ありませんが、それ以上はもう……」

 私は、レナート王子が判別できなくなるほど彼女にのめり込んでいるようには見えなくて、二人を可愛らしいと好ましく思っていたから、キャルム様の言葉は嫌だった。

 キャルム様は困ったように私を見て笑いかけてきた。

「貴女を不快にさせました。謝ります。邪推しすぎたかもしれません。ただ、僕は、ルニース王国の行く末が心配で……ライネ嬢が入学する大学のことを口頭で簡単に説明しますね」

 気まずいと感じたのか、キャルム様は途中で話を変えてくださったからホッとしたのだけど……

 窓の外の彼女が視界に映って、自分だけが馬車の中で居心地良く過ごしている状況が居た堪れなくなった。

「空を飛んで、魔法を使って、今は馬で移動して、女の子には辛いのではないでしょうか。申し訳ないことをさせてしまいました」

「ライネ嬢はお優しいですね」 

「そんな、自分よりも年下のことを心配するのは当たり前のことです」

「国の為に尽くすのはその地に住む者の当然の義務です。彼女もその恩恵は受けているのでしょうから、理解した上でのことですよ。ご安心ください。彼女のもてなしはきちんと行いますから。もちろん、第二王子殿下も」

「はい。ありがとうございます」

 キャルム様は仰ってくれた通りに、途中の宿泊場所を経由して、帝都に到着するまで、魔法使いさんとレナート王子に対して特別な配慮をなさってくれていた。


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