聖女は歌う 復讐の歌を

奏千歌

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ユーリア   *胸糞注意

12 一度は別れて

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 家に戻ると、当然のことながらお母様に叱られてしまった。

 護衛も付けずに何処へ行っていたのかと。

 玄関で落ち着きなく待っていたお母様に、心配したのだと涙ぐまれると、軽率な行動だったと深く反省した。

 でも、ヴェロニカさんと会ったことは、お母様達には言えなかった。

 何度もここの領地を訪れていることを知ったら、いい顔をしないと思う。

 それに私とヴェロニカさんの関係も、言葉では説明できない。

 友人と呼べるものなのかどうか……

 お父様もお母様もヴェロニカさんには感謝の念は抱いているけど、いまだに複雑な思いではあるようだ。

 屋敷に招待してお茶会など不可能だと思うので、ヴェロニカさんの希望する通りに町のお店を利用するほうがいいようだ。

 外出するその時に、誰とどこで会うのか両親に説明しにくいのは悩ませることだけど。

 思い詰めているわけではないと、心配かけたことはお母様に最後にもう一度謝罪して、自室へ戻って大人しくしていることを伝えてやっと解放してもらえた。

 衝動的だったことは本当に反省しながら、階段を上がっていた途中でのことだ。

「ライネ嬢」

 キャルム様から呼び止められた。

 私の帰りを待っていたようなタイミングにも思えるけど……

 階段の下から私を見上げるその表情からは、若干の緊張を感じ取れた。

「貴女が無事で良かった。自分の言葉のせいで貴女が出て行ったのではないかと……僕が言ったことを気にされているのなら、聞かなかったことにして下さい。貴女の力になりたいと思っただけで、貴女を悩ませたいとは思っていません。考えみれば、家族と離れなければならなくなるので、貴女にとっては良い話ではないのです」

「私を心配してくださったことは、ありがたく思いました。でも、仰る通りなのです。私は、家族と離れて暮らすことに不安があります」

 キャルム様を見下ろすようなこの位置では不敬ではあったけど、話を続けた。

 私が今さら異国で生活など想像もできない。

 一人で何ができるというのか。

「そうですよね……貴女にとっては家族の存在がなによりも助けになるでしょうから。呼び止めて申し訳ありません。もし、僕が協力できることがあれば、いつでも仰って下さい」

「はい。ありがとうございます。御厚意にはいつも感謝しています。では、失礼します」

 キャルム様の視線を感じながらも、背を向けたまま振り返らずに自室へと戻った。

 お母様と約束した通り、しばらく外出せずに屋敷内で過ごしていた。

 キャルム様とは毎日のように屋敷内で顔を合わせていたけど、話す話題は当たり障りの無い、表面的なものばかりだった。

 お兄様達は五度に渡って森に挑み続け、でも、いずれも結果は思わしくなかった。

 六度目の挑戦に挑もうとした時、キャルム様に帰国命令が下された。

 帝国側から森に入った人が、誰一人として戻らなかったからだそうだ。

 お兄様とキャルム様は、少なくとも戻ってこられている。

 それは本当に運がよくて、無事に帰ってこられたことが奇跡なのだ。

 無の森の調査は犠牲者ばかりが目立ち、地図に記された二つの国の手掛かりは得られなかった。

 森に足を踏み入れる行為は危険が伴う事だとわかっただけで、帝国側から森へ向かった調査隊の中には、皇族の人もいて、その方も行方不明となったそうで、だからキャルム様には一度帰国するように通達が来たのだ。

 この帰国の決定は、キャルム様の身の安全を心配されてのことだ。

 お兄様達はとても悔しがっていたけど、無事であることの方が何よりも大切だから、危険な森に入らなくていいのならと、私は密かに安堵していた。

 私にとって事態が好転したのはこれだけではなかった。

 第二王子との婚約は、王子側の健康不安を理由に白紙になっていた。

 おそらく、王太子殿下やヴェロニカさんが尽力してくださったのだ。

 私にとっても家族にとっても、とても喜ばしいことだった。

 謎は解決しないままであっても、直近の大きな心配は無くなった。

 だから、王太子殿下とヴェロニカさんの結婚式にも参加を終えたキャルム様の帰国を見送りする時も、もうこれで二度と会うことはないと、私の方はそのつもりでいた。

 でも、キャルム様は違ったようだった。

「何かあれば、いつでも相談してください。貴女のことがとても心配です」

 別れ間際まで、キャルム様は気遣いを忘れなかった。

 去り際の心残りのように言われると、自分がどれだけ子供扱いされているのかと思い知らされる。

 もう成人年齢になったのに、いつまでも自立できずに実家のお世話にならなければならない身なのだと。

 だからか、ほんの少しだけ反発心が生まれて、自分の心の中でずっと引っかかっていたことを口にしていた。

「いえ……もう、私のことは気になさらないで下さい。キャルム様はきっと、私と婚約者さんのことを重ねてしまっています。私は、貴方が失った大切な人の代わりにはなれません」

 だから、もう構わないでほしいと。

 キャルム様は驚いた顔をされて、そして、

「……そうだね。僕は、君をあの子の代わりにしようとしているのかもしれないね」

 とても寂しげに、力無く笑っていた。

 その顔を見て、今、私はこの方を傷付けたのだと、少しだけ後悔した。

 自分の中の澱んだものを解消したいがために、相手の気持ちも考えずに。

 もっと別の言い方をすればよかったと後悔したところで、言葉の撤回などできるはずがない。

 私が酷い言葉を投げつけても、責められることはなかった。

 キャルム様は穏やかな顔で微笑むと、私を真っ直ぐに見つめた。

「貴女がもう二度と僕とは関わりたくないと仰るのなら、付き纏うようなことはしません。ですが、貴女の許しを得られるのなら、友人として、これからも文通を続けてもよろしいでしょうか」

「それは……はい……私には断る理由などありませんから」

 その言葉を選んでしまったことを、また後悔した。

 これでは、否応なしに仕方なく承諾してしまったと思われてしまう。

 表情を窺うように見上げても、特に気分を悪くさせてしまった様子は見られない。

「ありがとうございます。帰国したら、また貴女に手紙を書きますね。では、お元気でお過ごしください」

 最後にもう一度微笑むと、キャルム様は愛馬に跨って出国されていった。

 その後、兄を経由してキャルム様が無事に帰国されたことを知ったけど、私宛にキャルム様からの手紙が届くことはなかった。

 彼の任務は解かれ、もう会うことは無い私に気を使うのをやめたのかもしれない。

 私がそのように言ったのだから、もう彼の事は忘れよう。

 寂しいと思うのは、自分勝手すぎる。

 自分の中にある身勝手で複雑な感情ごと忘れてしまいたかったから、そのように努力するつもりだった。

 なのに、次の年と、その次の年の誕生日に花と贈り物が届けられて、でも、手紙やメッセージカードなどは一切なく、キャルム様が何を思っているのか知る事はできなかった。

 ピンクのバラが五本と、ネックレスやブレスレットなどの身につけるアクセサリーを受け取って、私がお礼の手紙を書いても、それに対する返事が届けられることはなかった。

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