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ユーリア *胸糞注意
7 佇む聖女
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体力もついた私は乗馬の練習も始めて、それなりの距離を乗れるようになると、国境沿いまで来ていた。
頑強な防護壁が、どこまでも続いていて、その向こう側は無の森と呼ばれている、木々に覆われている以外は何も無い場所だ。
魔物の存在以外は……
ここに来るのは言葉にできない不安があった。
でも、ここに来れば何か思い出せるのではないかと思ったけど……
広大な森をぐるっと迂回すると、帝国が存在している。
出立したばかりの、帰国の最中であるキャルム様は無事だろうか。
迂回して行くルートは、一ヶ月の行程を要す。
「お嬢様、これ以上先は危険です。戻りましょう」
「はい」
馬上で景色を眺め続けていると、護衛の者に声をかけられたからそれに従うつもりだった。
「えっ」
それで、引き返そうとした時、視界の中に映った人物を見て、自分の目を疑った。
「ヴェロニカさん!?」
馬を操って、その人物の元へと向かった。
「ユーリアさん。お元気?」
ヴェロニカさんに元気かと聞かれるのは変な感じだった。
彼女は一人のようで、コートを着ただけの軽装で佇んでいた。
他には誰もいないようだ。
「はい。ヴェロニカさんのおかげで、こんな風に乗馬を楽しむこともできます」
「そう。よかった。でもね、レナートが元気になってくれないの」
レナートとは、第二王子のレナート様のことだ。
王太子殿下の弟となった、六歳年下の王子。
長年自室に閉じこもっていると聞いた。
城で寝たきりだった私とは、会ったことがない。
王家の醜聞となり得る情報を、ヴェロニカさんにもあまり話せなかったのか、だから私よりも治療の開始が遅れたのかな。
「ヴェロニカさんでも治せない病があるのですか?」
「そうね……うーん……先月からレナートに何度か会ってみようとしたの。でも、上手くいかなくてね。だからね、助っ人にお願いしに行くの。それで、途中でちょっと寄り道してたところ」
そこでヴェロニカさんは、輝くような笑顔を見せた。
こんな笑顔を見せられたら、誰だって元気になりそうなものだ。
理由も無く不安を抱いて、それはやっぱり、私の思い違いなのかな。
恩人を少しでも悪く思うだなんて、私の……嫉妬心からくるものなのかもしれない。
折り合いをつけたと思った初恋の思い出を、未練がましく捨てきれなくて。
「じゃあ、私はもう行くわね。私の可愛い妹を早くレナートの所に連れて行ってあげないと」
ヴェロニカさんに妹がいたとは初耳だ。
妹みたいな存在ってことかな?
「じゃあね、ユーリアさん」
「はい。お気をつけて」
一人でいたヴェロニカさんがどうやって移動するのかと思っていると、驚くことに、そのまま鳥のように飛んでいってしまった。
聖女はあんな事もできるのかと、しばらく口を開けて、ヴェロニカさんが飛んでいった方角を、護衛に再び促されるまで見上げていた。
馬を屋敷の方角へと向かわせる。
何だか疲れてしまって、ゆっくり休もうと思っていたら、
「ユーリア!帰ったか」
遠乗りから戻った直後、馬を馬丁に預けている最中の私の所にお兄様がやってきた。
私の帰りを待っていたようだけど、その表情にはどこか焦りと戸惑いがあった。
「何かあったのですか?」
「先日お会いしたグリーン卿から、お前に贈り物が届いている」
「えっ!?御見舞いの品をいただいたばかりですが。それに、もう帝国に向けて出立なされていますよね?」
「おそらく、国を出る時に手配したのだろう。部屋に届けられているから、確認するといい」
兄に付き添われて自室に向かうと、テーブルの上には花束と共に、リボンがかけられた手の平サイズの箱が置かれていた。
それで、これは出国時の、最後のお別れの挨拶なのだと思いたかったけど、箱の中身を見てお兄様と二人でさらに戸惑うことになった。
贈り物は、宝石を惜し気もなく使った上品な腕時計だった。
それがとてつもなく高価な物だとわかる。
普段使いができるようなものではない。
時計は、友人に贈る場合はこれからも仲良くしていきたいという気持ちの現れだけど……恋人に贈る場合はあなたとこれからも長く一緒にいたいという愛の告白となる。
「グリーン卿は、お前の境遇に同情してよくしてくださっているだけだ。他意はない」
「はい、わかっています……」
それを私に言うお兄様の方こそ、自分自身に言い含めている様子だった。
会ったばかりのキャルム様が、私に特別な感情を抱くとは考え難い。
兄の言う通り、御自分の一番大切な存在と似ている部分があるから、何かせずにはいられなかったのだ。
そうでなければ、他に何か目的があるのかと疑いたくもなる。
「御礼のお手紙を……帝国に届けられるのは、グリーン卿が到着するのと同じくらいになるでしょうか……」
「ああ……そうだな……俺は、親父のところに行ってくる……お前は書く内容に困るようなら、母さんに相談するといい……」
「はい……」
キャルム様の考えをはっきりと定められないまま、私とお兄様はそれぞれの方向へと向かっていた。
頑強な防護壁が、どこまでも続いていて、その向こう側は無の森と呼ばれている、木々に覆われている以外は何も無い場所だ。
魔物の存在以外は……
ここに来るのは言葉にできない不安があった。
でも、ここに来れば何か思い出せるのではないかと思ったけど……
広大な森をぐるっと迂回すると、帝国が存在している。
出立したばかりの、帰国の最中であるキャルム様は無事だろうか。
迂回して行くルートは、一ヶ月の行程を要す。
「お嬢様、これ以上先は危険です。戻りましょう」
「はい」
馬上で景色を眺め続けていると、護衛の者に声をかけられたからそれに従うつもりだった。
「えっ」
それで、引き返そうとした時、視界の中に映った人物を見て、自分の目を疑った。
「ヴェロニカさん!?」
馬を操って、その人物の元へと向かった。
「ユーリアさん。お元気?」
ヴェロニカさんに元気かと聞かれるのは変な感じだった。
彼女は一人のようで、コートを着ただけの軽装で佇んでいた。
他には誰もいないようだ。
「はい。ヴェロニカさんのおかげで、こんな風に乗馬を楽しむこともできます」
「そう。よかった。でもね、レナートが元気になってくれないの」
レナートとは、第二王子のレナート様のことだ。
王太子殿下の弟となった、六歳年下の王子。
長年自室に閉じこもっていると聞いた。
城で寝たきりだった私とは、会ったことがない。
王家の醜聞となり得る情報を、ヴェロニカさんにもあまり話せなかったのか、だから私よりも治療の開始が遅れたのかな。
「ヴェロニカさんでも治せない病があるのですか?」
「そうね……うーん……先月からレナートに何度か会ってみようとしたの。でも、上手くいかなくてね。だからね、助っ人にお願いしに行くの。それで、途中でちょっと寄り道してたところ」
そこでヴェロニカさんは、輝くような笑顔を見せた。
こんな笑顔を見せられたら、誰だって元気になりそうなものだ。
理由も無く不安を抱いて、それはやっぱり、私の思い違いなのかな。
恩人を少しでも悪く思うだなんて、私の……嫉妬心からくるものなのかもしれない。
折り合いをつけたと思った初恋の思い出を、未練がましく捨てきれなくて。
「じゃあ、私はもう行くわね。私の可愛い妹を早くレナートの所に連れて行ってあげないと」
ヴェロニカさんに妹がいたとは初耳だ。
妹みたいな存在ってことかな?
「じゃあね、ユーリアさん」
「はい。お気をつけて」
一人でいたヴェロニカさんがどうやって移動するのかと思っていると、驚くことに、そのまま鳥のように飛んでいってしまった。
聖女はあんな事もできるのかと、しばらく口を開けて、ヴェロニカさんが飛んでいった方角を、護衛に再び促されるまで見上げていた。
馬を屋敷の方角へと向かわせる。
何だか疲れてしまって、ゆっくり休もうと思っていたら、
「ユーリア!帰ったか」
遠乗りから戻った直後、馬を馬丁に預けている最中の私の所にお兄様がやってきた。
私の帰りを待っていたようだけど、その表情にはどこか焦りと戸惑いがあった。
「何かあったのですか?」
「先日お会いしたグリーン卿から、お前に贈り物が届いている」
「えっ!?御見舞いの品をいただいたばかりですが。それに、もう帝国に向けて出立なされていますよね?」
「おそらく、国を出る時に手配したのだろう。部屋に届けられているから、確認するといい」
兄に付き添われて自室に向かうと、テーブルの上には花束と共に、リボンがかけられた手の平サイズの箱が置かれていた。
それで、これは出国時の、最後のお別れの挨拶なのだと思いたかったけど、箱の中身を見てお兄様と二人でさらに戸惑うことになった。
贈り物は、宝石を惜し気もなく使った上品な腕時計だった。
それがとてつもなく高価な物だとわかる。
普段使いができるようなものではない。
時計は、友人に贈る場合はこれからも仲良くしていきたいという気持ちの現れだけど……恋人に贈る場合はあなたとこれからも長く一緒にいたいという愛の告白となる。
「グリーン卿は、お前の境遇に同情してよくしてくださっているだけだ。他意はない」
「はい、わかっています……」
それを私に言うお兄様の方こそ、自分自身に言い含めている様子だった。
会ったばかりのキャルム様が、私に特別な感情を抱くとは考え難い。
兄の言う通り、御自分の一番大切な存在と似ている部分があるから、何かせずにはいられなかったのだ。
そうでなければ、他に何か目的があるのかと疑いたくもなる。
「御礼のお手紙を……帝国に届けられるのは、グリーン卿が到着するのと同じくらいになるでしょうか……」
「ああ……そうだな……俺は、親父のところに行ってくる……お前は書く内容に困るようなら、母さんに相談するといい……」
「はい……」
キャルム様の考えをはっきりと定められないまま、私とお兄様はそれぞれの方向へと向かっていた。
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