聖女は歌う 復讐の歌を

奏千歌

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エカチェリーナ  *バッドエンド注意

22 聖女の隣に立つ騎士

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 第四学年から学院に通い出したのは、決して、絶対に、断じて、王子に声をかけられたからではない。

 毎日、竜が私の家を訪れるから、それが嫌だから学院に来ただけだ。

 ここなら竜は私に寄ってこない。

 でも第三学年となった王子がいる。

 何食わぬ顔で大きな門を通り抜けると、昨日が入学式だったから、今日はもう一年生達がそこら中にいた。

 いくつかある校舎のうち、一年から三年までは同じ建物だから、彼の視界に入らないように過ごすつもりだ。

 ああ、でも、言ってるそばから。

 離れた場所から私を見つけた王子は、男なのに花が咲いたような笑顔を見せた。

 それは一瞬で、私もすぐに隠れたから、誰に向けたものかは周りにいた生徒達は気付いていない。

 背が高くなっていた。

 顔つきも、幼さはほぼなくなっていた。

 二年くらいでここまで変わるものなのかと驚いたけど。

 王子は、あと数日で15歳となる。

 声を聴くのは怖い。

 あの少し高い声ではなくなっているはず。

 王子の近くには絶対に近付かないつもりでいた。

 人生で初めての学校。

 初めての学院生活。

 自分が異質な存在だとは理解していたけど、私としてはあまり困らずに過ごすことができた。

 同級生と呼ぶべき人達に埋もれて、教室で過ごす自分が可笑しかった。

 どうしてこんな、普通の人のような生活をしているのか。

 ほとんどの生徒は突然現れた私を遠巻きにしていた。

 でも、平民学生に対しての洗礼は予想通りあるわけで。


 バシャっ


 校舎の外を歩いていると、空から水が降ってきた。

 雨ではない。

 上から同時に、クスクスと笑い声も聞こえてくる。

 幸い、防護魔法をかけていたから、私は濡れていない。

 だから気にする必要もないかと、そのまま教室に戻るつもりでいた。

 たったっと、軽快な足音が近付いてくるまでは。

「エカチェリーナ!」

 綺麗なドレスを翻しながら私の元に一直線にやって来たのは、よく知った人だった。

「ヴェロニカさん」

 そうだ。

 今日は王太子妃となったヴェロニカさんが視察に訪れる日だった。

 ちらっと上を見た。

 水が降ってきたことは見てたのかな。

「悪いことをした子はちゃんと叱らないとね」

 ああ、見てたらしい。

「大丈夫。あれくらい、何も実害は無いから」

「エカチェリーナ、私、ここを素敵な国に変えてみせるから」

 何を考えているのか、ヴェロニカさんは遠くを見つめながらも、輝かんばかりの笑顔を見せた。

『王太子妃様!未来の王妃様!』

 校舎の入り口の方から、学生が叫んでいる。

 ヴェロニカさんは、声をかけられた方に笑顔で手を振った。

「この国に必要なのは、絶対的な女王よ。見ててね。エカチェリーナ」

 でも、それを呟いた時、笑顔の向こう側に赤い炎を見た気がした。

「じゃあ、エカチェリーナ。私、もう行くね」

「はい」

 結婚後のヴェロニカさんとはしばらく会っていなかったけど、もう用事があって行かなければならないらしい。

 それだけ忙しいのか。

 ヴェロニカさんが私から離れていくと、どこにいたのか一人の騎士が彼女の隣に並んだ。

 騎士は、見覚えのある顔立ちをしていた。

 それもそのはず、薄れつつある記憶の中の、私の父親によく似た顔をしているのだから。

 懐かしいと思うわけだ。

 金髪に青い瞳の騎士は、ヴェロニカさんの新しい護衛騎士なのかな。

 いつの間にと、ほんの少しだけ不安を覚えた。

「エカチェリーナさんは、あんな感じの男性が好みなのでしょうか?」

「ひっ」

 間近で聴こえた声のせいで、ぞわっとした感覚が耳から体を通り抜けていき、思わず変な声が出た。

「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」

 魔女に気配を察知させないように近付いてくるとは、王子の現在の能力を侮っていた。

 他の生徒はヴェロニカさんに注目しつつ、ゾロゾロ移動して行ったから、今は私達の周りには誰もいない。

 耳元で囁かれた声だけを聞けば知らない人のもので、背後を振り返ると、少し見上げなければならない王子は、でも、以前と変わらない微笑みを浮かべていた。

 ただし、イイ声とその姿はもう幼き少年のものではない。

 それで、いつの間にか背後にいた王子は、何か誤解しているようだ。

「僕はまだまだ伸び盛りです。今すぐは無理でも、必ず勇敢な騎士に劣らない男になってみせます」

「王子、うるさい」

 何を言いたいのか、無視だ、無視。

「そんなことよりも、あの騎士は?」

 私から視線を外さないまま、王子はすぐに答えていた。

「あの人はアリスタルフさん。ヴェロニカさんが推薦した騎士です。とても優秀な方のようですね。護衛騎士となったのは、数年前になります。ちょうど、僕がエカチェリーナさんの元でお世話になっている頃です」

「そう……貴方のお兄さんは、幸せそうにしてる?」

「はい。兄上はもともと優しい方でしたが、ヴェロニカさんと結婚されてますます表情が柔らかくなりました」

「それなら……君も嬉しいことだね」

「はい」

 それは王子の本心からのようだ。

 だからこそ、忠告しなければならないようだった。

「あの騎士には気をつけた方がいい。何だか嫌な予感がする」

「わかりました」

 途端に王子の表情が引き締まる。

「君はお兄さんからあまり離れずに、あの騎士の動向には注意しておくんだよ」

「心に留めておきます」

 締めるところは締めるとは、さすが私の弟子だ。

「ところで、エカチェリーナさんは、お綺麗になりましたね。以前はとても可愛らしい、愛らしいといった表現がぴったりな方でしたが、すれ違う多くの男子生徒が貴女を振り返って見るほどに魅力的な女性になっています」

「王子うるさい。今、考え事してる」

「会えて嬉しいです。水をかけられていたようですが、大丈夫だったでしょうか?」

「私が大人しく濡れるマヌケに見える?」

「愚問でした。彼女達はきっと、エカチェリーナさんの美貌に嫉妬したのだと思います」

「黙って」

「あれだけ男子生徒の視線を集めていれば、僕は別の意味で心配です」

「…………」

「制服姿も素敵です。初めて会った時もでしたが、ベージュ色の制服はエカチェリーナさんのためにあるみたいですね」

「…………」

 大きなため息を吐いてしまった。

 どこで間違ってこんな風に成長してしまったのか。

 私に邪険にされても臆することなく、顔を赤らめて心底嬉しそうな顔を向けられると、黙らせるのは難しそうだと悟るしかないようだった。

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