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エカチェリーナ *バッドエンド注意
8 魔女の家
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この国の名は、ルニース王国。
ルニース王国は聖女を王太子妃に迎え、さらなる繁栄の時代を迎えるだろうと確信していた。
この国にとって聖女がどのような役割を果たすのか。
ヴェロニカさんは乞われるままに、貴族を中心とした人々の病や怪我を癒している。
その中の一人が王太子の元婚約者で、彼女と彼女の家族からは感謝されているとは聞いた。
だから、禍根を残さずにヴェロニカさんと王太子が婚約したことは、あまり心配していなかった。
私が住んでいる無の森と呼ばれている場所の向こう側には、帝国が存在している。
数代前までは帝国は領土を広げるために周辺国に侵攻し、次々と取り込んでいった。
無の森自体は広大な面積があり、それは国二つ分がすっぽり収まるほどだ。
だから、ルニースは過去に侵略の憂き目に遭った事はない。
無の森と呼ばれる場所は、今では多くの魔物が徘徊する場所と化しているけど、少し前は違った。
何とか森から魔物が這い出ないようにしている状況だから、今はその問題の方がより深刻なのかな。
行き場を失った者達が最後に辿り着くのが、この場所でもある。
私がここに住む分には問題ないけど、ルニースが魔物の脅威に晒されるのも時間の問題なのではないかな。
夜空の飛行の終着点、森に入ってすぐの、鬱蒼と茂る草木の間に開けた場所がある。
そこに降り立ち、箒を手に持つと、物珍しげに周囲を見渡している王子に声をかけた。
「王子、家はこっち」
踏み均してできた小道を歩いて行くと、家に続いている。
その途中で王子が足を止めて、庭の隅を見ていた。
「あれは、何ですか?」
王子の視線の先にあるのは、小さな石を並べているだけのささやかな存在だ。
「あれはね、お墓だよ」
隠す事でもないので、教えてあげた。
先に教えてあげたら、この王子なら粗末に扱うことはないはず。
「お墓?どなたのお墓なのですか?」
「あれはね、王子。私のお墓なんだよ」
「えっ?」
王子はひどく驚いた様子で、そのまま表情が固まっていた。
瞬きすることも忘れたようで、困惑しているのが手に取るようにわかる。
「冗談だよ」
そして今度は、あからさまにホッとした顔を見せた。
とてもわかりやすい子なのは、別に嫌じゃない。
「でもあれがお墓であるのは本当だから、うっかり踏んだりしないように気を付けてね」
「はい」
面倒な事をヴェロニカさんに頼まれたとは思うけど、王子が素直な性格なのは嫌ではなかった。
今度は足を止めずに家に入って扉を閉めると、やっとひと息つくことができた。
やっぱり我が家が一番だ。
カーテンを閉めている室内は、暗い。
もう夜なのだから当たり前か。
明かりをつけると王子はキョロキョロと室内を見渡している。
「良い香り……」
どうやら、この香りの元を探しているようだ。
「王子の後ろ。ドアに吊るしているドライフラワーが良い香りを発しているの。私のお気に入り」
ドアの方を振り返った王子は、吊るされた小さな花のドライフラワーをしばらく見上げていた。
「疲れたからもう寝る。王子はそこのソファーに寝て。喉が乾いたらお水はそこにあるの飲んでいいから。あとはまた明日」
「あ、はい。ここまでありがとうございました。お世話になります」
頼りなさげに立つ王子の手に毛布を押し付けると、私は自分のベッドが置かれている隣の部屋に行って、ドアを閉めてさっさと横になっていた。
深くは考えない。
この状況と、これからの事を考えるととても疲れてしまいそうだったから、さっさと寝ることにした。
今頃、ヴェロニカさんは何をしているのかな。
あのニコニコしている顔を思い出して、心が重くなる。
この思いがけない共同生活がどのように影響していくのか。
それは、今は姿をくらませたお師匠様でもわからない事であるはずだった。
ルニース王国は聖女を王太子妃に迎え、さらなる繁栄の時代を迎えるだろうと確信していた。
この国にとって聖女がどのような役割を果たすのか。
ヴェロニカさんは乞われるままに、貴族を中心とした人々の病や怪我を癒している。
その中の一人が王太子の元婚約者で、彼女と彼女の家族からは感謝されているとは聞いた。
だから、禍根を残さずにヴェロニカさんと王太子が婚約したことは、あまり心配していなかった。
私が住んでいる無の森と呼ばれている場所の向こう側には、帝国が存在している。
数代前までは帝国は領土を広げるために周辺国に侵攻し、次々と取り込んでいった。
無の森自体は広大な面積があり、それは国二つ分がすっぽり収まるほどだ。
だから、ルニースは過去に侵略の憂き目に遭った事はない。
無の森と呼ばれる場所は、今では多くの魔物が徘徊する場所と化しているけど、少し前は違った。
何とか森から魔物が這い出ないようにしている状況だから、今はその問題の方がより深刻なのかな。
行き場を失った者達が最後に辿り着くのが、この場所でもある。
私がここに住む分には問題ないけど、ルニースが魔物の脅威に晒されるのも時間の問題なのではないかな。
夜空の飛行の終着点、森に入ってすぐの、鬱蒼と茂る草木の間に開けた場所がある。
そこに降り立ち、箒を手に持つと、物珍しげに周囲を見渡している王子に声をかけた。
「王子、家はこっち」
踏み均してできた小道を歩いて行くと、家に続いている。
その途中で王子が足を止めて、庭の隅を見ていた。
「あれは、何ですか?」
王子の視線の先にあるのは、小さな石を並べているだけのささやかな存在だ。
「あれはね、お墓だよ」
隠す事でもないので、教えてあげた。
先に教えてあげたら、この王子なら粗末に扱うことはないはず。
「お墓?どなたのお墓なのですか?」
「あれはね、王子。私のお墓なんだよ」
「えっ?」
王子はひどく驚いた様子で、そのまま表情が固まっていた。
瞬きすることも忘れたようで、困惑しているのが手に取るようにわかる。
「冗談だよ」
そして今度は、あからさまにホッとした顔を見せた。
とてもわかりやすい子なのは、別に嫌じゃない。
「でもあれがお墓であるのは本当だから、うっかり踏んだりしないように気を付けてね」
「はい」
面倒な事をヴェロニカさんに頼まれたとは思うけど、王子が素直な性格なのは嫌ではなかった。
今度は足を止めずに家に入って扉を閉めると、やっとひと息つくことができた。
やっぱり我が家が一番だ。
カーテンを閉めている室内は、暗い。
もう夜なのだから当たり前か。
明かりをつけると王子はキョロキョロと室内を見渡している。
「良い香り……」
どうやら、この香りの元を探しているようだ。
「王子の後ろ。ドアに吊るしているドライフラワーが良い香りを発しているの。私のお気に入り」
ドアの方を振り返った王子は、吊るされた小さな花のドライフラワーをしばらく見上げていた。
「疲れたからもう寝る。王子はそこのソファーに寝て。喉が乾いたらお水はそこにあるの飲んでいいから。あとはまた明日」
「あ、はい。ここまでありがとうございました。お世話になります」
頼りなさげに立つ王子の手に毛布を押し付けると、私は自分のベッドが置かれている隣の部屋に行って、ドアを閉めてさっさと横になっていた。
深くは考えない。
この状況と、これからの事を考えるととても疲れてしまいそうだったから、さっさと寝ることにした。
今頃、ヴェロニカさんは何をしているのかな。
あのニコニコしている顔を思い出して、心が重くなる。
この思いがけない共同生活がどのように影響していくのか。
それは、今は姿をくらませたお師匠様でもわからない事であるはずだった。
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