廃棄王女と魔女の呪い

奏千歌

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9 恩返し

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 明るい日差しの中、目が覚めてもボーッと天井を見上げて起き上がりはしなかった。

 薬が効いているのか、頭がふわふわする。

 自分を包む空気が妙に心地よくて、安心感があった。

 それは、今までに覚えのない感覚のはずだった。

 昨日ここに到着して、自分の身に異変が起き、自ら薬を飲んでベッドに寝たのは覚えているけど、この状況でよくもまぁ、ここまでぐっすりと寝たものだ。

 視線だけを動かすと、先程から飽きもせずにイザークが私を見つめ続けていた。

「誰も近づけさせないのではなかったか?」

 眠っている間に何かされたらと思うと、ゾッとするが、言った通りにこいつが無理矢理何かをした様子はない。

 大人しく椅子に座って、私を見ているだけだ。

 男の私に何も期待するものなんかないはずだと、勝手に納得する。

 昨日と違うところといえば、イザークに真っ白な毛並みの耳と尻尾が見えたくらいか?

 この男が獣人なのだと初めて意識できた。

 気を許すつもりはないが、見慣れない姿を忌避しようとは思わない。

「いい加減に、見るのはやめろ」

 叱りつけるように言った。

 なのに、イザークのフサフサの尻尾がパタパタと揺れていた。

 声をかけられて喜ぶかのように。

 ゆっくりと上体を起こした。

 自分の体に、昨日の異変は残っていない。

 今度は視線を横に向けた。

 ニコニコしながら私を見ている男がいる。

 今は随分と子供っぽい表情をしているな。

 この駄犬は、決して汚い男じゃない。

 清潔感はあって嫌悪は抱かない。

 だから、同じ空間にいてもそこまで嫌じゃないのだろう。

 昨日のあの異変がなければの話だが。

 ぶっちゃけると、それなりに上等な部類には入るんじゃないか?

 こいつは年下で、まだ少年の部分が抜けきっていないけど。

 そんな奴が、ご主人様の言葉を待つように私を見ている。

 まるでペットのようだ。

 訳の分からない結婚相手ではなく、ペットと思えばそれなりに躾がいがありそうだ。

 そんな事を考えているとも知らずに、イザークが動いた。

「これを、首にかけてて。これを装着している間は、エリスの呪いの効力を無効化するものだ」

 手にしているのは、小指の爪の先ほどの小さな赤い宝石が付いたネックレスだった。

「お前、そんなものがあるならもっと早く……」

 昨日の時点で、城を出る前に寄越しておけばいいものを。

 相変わらずニコニコしながら私の事を見ているを殴りたくなった。

「つけてやろうか?」

「自分でつけるからいい」

 と言ったのに、イザークは首にそれを装着した。

「まるで首輪みたいだな」

 嫌味のつもりで言ってやる。

「獣に飼われるお姫様か?それは、いいな」

 ははははと、また笑っていた。

 甘えるような仕草を見せていたくせに、今は傲慢に笑っている。

 このネックレスを着けている限りは、は本当に女の姿でいられるようだ。

 あえて意識しなかったが、服の中での変化は顕著だ。

 特に胸が重くて、肩が凝りそうだった。

「胸を見るな。相打ち覚悟で斬るぞ」

 イザークがあからさまに視線を一点に集中させていたから、睨みつけて言った。

「ごめん、見ない」

 すぐさま奴は明後日の方を向くが、顔は赤い。

 油断も隙もないな。

 今までほとんどの時間を男として過ごしてきたんだ。急に女として性的な視線に晒されたら戸惑うし、不快だ。

 どうやら、こいつは本気で私を嫁にするつもりだから警戒しないと、気付いたら後戻りできない状況に陥ってそうだ。

「帝国の皇族は、成人になるまで婚約者との性行為は禁止なんだ。だから、エリスには何もしない。誓うよ」

「殴ってもいいか?」

 ついでのように言われた言葉は、なんの保証にもならない。

 それに、婚約者以外とはいいのか。

 殴るのを我慢するんじゃなかったな。

「獣人は、異性を落とす時にいつも匂いを放っているのか?」

 あんな事が当たり前に横行しているのなら、ゾッとする。

 あの状態がずっと続いていたら、自分がどうなっていたかわからない。

「一定年齢は、抑制剤を飲んで抑えている」

「じゃあ、お前もそれを飲め」

「今までも昨日も飲んでた。けど、昨日は本当に抑えきれなくて我慢できなかった。エリスに会えた事が嬉しくて」

「我慢しろ!!」

 イザークは私に怒鳴られたのに、嬉しそうに尻尾を振っている。

 狼獣人じゃないのか?誇りはないのか。

「いつまでここにいるつもりだ」

「兄さんに報告しないとだけど、俺はまだここにエリスと二人でいたい」

「ほう。私といたいか。なら、そこに正座して、これまでの経緯を説明しろ」

 イザークは言われた通りに床に正座する。

 ベッドの上で私が胡座をかいて見下ろせば、視線を彷徨わせてソワソワしていた。

「さっさと話せ」

「俺は、エリスに助けられた。満月の夜に、湖のあった森で、子犬を助けてくれたのを覚えている?」

「お前、あの時の犬か!」

「うん」

 それなら、に来たのは納得できるが……

 むしろ、恩返しに来いと言ったのは私の方だが、こんな事を頼んだつもりはない。

 イザークはあの湖で出会った前後からのことを、順を追って話し始めた。

「つまり、あの時は前皇帝と皇妃である両親を殺された直後で、イザーク自身も襲われて、深傷を負っていたと」

「うん」

「お前……あの時に……両方を見ていたな……」

 このに男と女それぞれの裸を見られている。

 獣だと思って油断していた自分が悪いのだけど……

「俺は、エリスが男でも女でも気にしない。今さらだからな」

 尻尾を振りながらドヤ顔で言われても、何の慰めにもならない。

「この際だからはっきり言っておく。恩返しか何か知らないが、あの国から連れ出してやったからと、感謝してもらえると思うなよ。婚約しようが、結婚しようが、貴様、この先私の体に許可なく好き勝手しようとするのなら、舌を噛み切って死んでやるからな」

 それを聞いたイザークは、顔色を変えた。

「調子に乗るな。いいな?」

「わかった……」

「なら、着替えるからすぐに出て行け」

「動きやすい服を、そこのクローゼットに入れているから。俺は朝食の準備をして待ってる……」

 イザークは、トボトボと音がしそうなほど肩を落として部屋の外へと向かった。

 女の体になったところで、私の中で安定するものなんか、何一つ無い。

 何が嫁に、だ。

 これ以上、私の人生を他人に引き摺り回されてたまるか。

 私の不機嫌が伝わったのか、朝食の席でも、残りの行程でも、馬車の中でも、イザークは端っこ見つめてこっちを見ようとはしなかった。




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