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prologue
しおりを挟むグランディア王国の国王陛下は、いまだ若い。先王の死後、成人間近の彼の治世が始まってから十年近くが経つが、青年と呼ぶに相応しい年格好である。
それでも彼の才覚は国を統治するに値し、僅か数年でグランディア王国を大陸1、2を争う豊かな国へと飛躍させた。
その手腕も然る事ながら、容姿の端麗さも右に出る者が無い、と噂される。
――ただ残念なのは、その美しい容姿が良い意味では一役も買わないという事だった。
その顔形が彫刻のよう、と揶揄されるのは、けして比喩では無い。まさしく石膏で出来たそれのように凝り固まって、感情の一つも乗せず、常に表情が変らないのだ。さながら良く出来た人形のような様相の彼は、見る者に近寄りがたさを抱かせる。しかも感情が乗らないのは顔だけでは無い。冷静沈着と言ってしまえば聞こえは良いが、喜怒哀楽というものに乏しい。ただ平坦に響く彼の声は、例え紡ぐ言葉が優しい意味を持っていたとしても不気味にしか聞こえない。
微笑みを浮かべればそれだけで数多を虜にも出来よう筈が、この国王が笑顔を見せることは極端に少なかった。
氷の美貌と持て囃される影で、心が凍り付いているのだと敬遠される国王も、しかし極一部の近しい者の前では様子が違った。
今も、底冷えするような冷気を纏った国王は、不愉快を隠しもしない。薄い氷が張ったような薄蒼の瞳――それさえも寒々とした――で、前方を睨んでいた。
対峙するのは、年の離れた妹王女である。
人を萎縮させる鋭い眼光を受け止めて、怯む事無く国王を睨み返す王女もまた、人の羨む美貌の持ち主だ。少女のようなあどけなさ、可憐さを持ちながら、華やかでいて清廉な空気を醸す様は、なんとも人目を引く。
凛と背筋を伸ばし、王女は蕾のような小さな唇を開く。
「――では、どうあっても、あの方との結婚はお許し下さらないのね?」
静かに、ゆっくりと紡がれる声音は固い。確認するように国王に向けられた視線には、怒りと哀しみが同居していた。
「くどい!!」
すげなく拒絶の言葉を吐き出す国王が、王女から目線を外した。執務机に山積みされた書簡に目を落とし、ペンを走らせる。それが言葉以上に雄弁に、会話の終わりを示していた。
「結婚したいのなら、好きにして構わん。あの男以外とならな」
あの男、という単語を強調して、その部位でだけ俯けた顔を凶悪に歪める。侮蔑の滲んだ、明らかな嫌悪――それを感じながら、王女は唇を噛んだ。
グランディアおよびその近隣の国では、王族の、特に女性は、成人したと同時に婚姻する事が多い。政略的な婚姻関係が多くを占める王族にとっては、それが何時であっても構わないというのが心中であろうと王女は思った。幸いな事に彼女は、政略結婚の必要が無い。好きな時に好きな相手と結婚すれば良い、と言う兄王が、けして自分に無頓着なわけでは無く、大切に思われているからこそそう言ってくれているのは良く分かっていた。
しかしその兄の許し通りに、好きな相手だからこそすぐに結婚したいのだ願えば、その相手が問題だと却下された、というわけである。
その相手でなければ、どちらかと言えば結婚は後であればある程良い。
「誰でも構わん。何なら庶民でも、ダガートの王子でも良いぞ」
敵対する国の王子が候補に上がり、王女はむっと顔を顰めた。秀麗な眉がこれ以上ない程寄せられる。
確かに、王女の好いた相手には問題がある。いや、正しくはあった、だ。国王にとって許容出来ないそれでも、全ては過去の事だというのに――。
一度決定した事を、兄が覆さない事を理解していた。正当な理由、確証がなければ、てこでも動かないだろうと理解していた。
幾ら言葉を重ねても、訴えても、それこそ泣き落としても、である。
王女も最早、この問答に疲れ切っていた。
初めは愛した男と結婚の許可を請ったが、すげなく追い返された。怒りや憎しみをぶつけても何処吹く風、泣き暮らしてみてもご機嫌伺いにさえやって来ず、駆け落ちを試みればすぐに捕まった後、自分は半軟禁生活を余儀なくされ、男は辺境の地へ飛ばされた。
もうどうにでもなれ、と、やさぐれた気分そのままに。
「……お兄様、」
王女の瞳の中で、冥い光りが瞬いた。
「……誰でも良いという言葉、二言はござませんわね?」
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