The Blood in Myself

すがるん

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第2部 峡谷の底

33 湊斗の記憶・夏⑦~夏祭りⅣ~

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「そういうわけだから、山那も気分を切り換えて、祭りを楽しんでくれよ。な?」
「……はい」
 湊斗の再度の頼みに、三景はようやく頷いたが、
「でも、せめて何かおわびさせて下さい」
 やはり気が済まないと食い下がった。
「おわびっていっても――着替えについてきてくれただけで十分だよ?」
「いえ、ここには流郷先輩に言われて来ただけで、俺が自発的にじゃありません。先輩に服を貸したのも中井だし」
(義理堅いっていうか、こだわる奴だなあ)
 生まじめな顔で呟く三景に、湊斗は内心、苦笑いした。
(まあ、汚れた服を洗ってもらうくらいなら頼んでいいのかな? でも、洗濯は本人じゃなくて家の人がするかもしれないぞ)
 半ば三景に押される形で、おわびについてあれこれ思いを巡らせていると、
(そうだ)
 暗闇で光を放つ電球のように、湊斗の頭にある考えが閃いた。
「じゃあ、一つお願いが――」
「何ですか?」
 間髪入れずに問い返す三景。黒い瞳で相手を真剣に見つめ、姿勢もかなり前のめっている。
「……山那のこと、あだ名で呼びたいんだけど」
 なぜかちょっと気恥ずかしさの漂う湊斗とは対照的に、それを聞いた三景はまばたきするのも忘れ、身を乗り出した格好で固まってしまった。
「――は?」
 5秒ほど経ってから、三景はようやく身体機能を取り戻したらしい。乾いた声で聞き返した。
「いや、ほら、ぼくらが知り合ってからもう何ヵ月かになるだろ。なのに、いつまでも名字で呼ぶのも味気ないかなって。山那、あだ名あるの?」
 この頼み事は、三景にとって、あらぬ方向から矢が飛んできたようなものなのだろう。仏頂面に驚きと困惑の色を浮かべ、首をさまざまな角度に傾けて悩み始める。
(もしかして、あだ名がないとか? そういや、中井からも名字で呼ばれてたっけ)
 まさか後輩を困らせてしまっているのではと、湊斗が心配になってきたころ、
「……『やんちゃん』です」
 三景はようやく答えをひねり出した。
「やんちゃん?」
「はい。幼なじみにそう呼ばれてます。多分、山那っていう名字からきてるんだと思いますが」
(何だ、意外とフツーじゃん)
 三景の個性の強さゆえ、もっと変わったあだ名や由来を予想していた湊斗だったが、そんなことはおくびにも出さず頷いた。
「わかったよ。じゃあ、これからはやんちゃんで。あと、ぼくのことも、湊斗って呼んで……」
「それはダメです。先輩を呼び捨てにはできません」
 これ幸いと話をまとめかけた湊斗だったが、三景はぴしゃりと断った。
「いいじゃないか。先輩のぼく本人がOKしてるんだから」
「でも、やっぱり目上の人に対して失礼です」
(頭のカタイ奴だなあ……!)
 これまで三景と接してきて湊斗が実感したのは、彼がたいへんな頑固者ということだった。
(そもそも、先輩の頼みを聞かないのは失礼じゃないのか? けど、このまま言い合っても平行線っぽいしな……)
 湊斗は盛大なため息をつきたい心境で、知恵を総動員した。
「そしたら、百歩譲って、湊斗先輩って呼ぶのはどう? これなら『先輩』って付いてるし、問題ないと思うけど」
「はあ……」
 百歩譲って、という部分を強調したのが効いたのかは不明だったが、三景はやっと了承と取れなくもない返事をした。
「じゃ、これで決まりだね!」
 相手の気が変わらないうちに、そそくさと話題の幕引きをはかる湊斗であった。

 二人がスーパーを出た頃、空はすでに深い紺色に染まっていた。少し湿った空気がまとわりつくのを感じながら、彼らは前もって決めておいた合流場所――盆踊り会場の入口で、流郷たちと落ち合うことができた。
「湊斗、お疲れさん。山那もな」
 時間とともに増える人ごみの中、流郷は大きく手を振って湊斗たちを迎えた。
「こっちこそ、待たせてごめん。中井もありがとな。Tシャツ、今度洗って返すから」
 湊斗は流郷の隣にいた中井に改めて礼を言う。もし彼が予備の服を持っていなければ、自分は一足先にここを去る羽目になっていただろう。
「いえ、替えが役に立って良かったです。服も急がへんので、気にせんとって下さい」
 殊勝な態度を貫く中井の側で、唯一バツの悪そうな顔をしたハルが、湊斗に缶ジュースをずいっと差し出した。
「湊斗、これ!」
「えっ?」
 驚きつつ、湊斗はおずおずと缶ジュースを受け取った。しかも、それは彼がいつも飲むお気に入りのオレンジジュースだ。ずっと氷水に浸けられていたらしく、濡れてよく冷えている。
「さっきTシャツ汚しちゃったおわび」
 ちょっと頬を赤らめたハルを横から眺めて、流郷がしたり顔でうんうんと頷いている。
 その光景に、湊斗は思わず笑みを浮かべていた。
「ありがとう、ハル。ぼくも、もう気にしてないから」
 不思議と、先ほどハルに言われた心ない言葉に対するわだかまりも消え、湊斗の胸は晴れやかだった。
 そんな時、
「あら、湊斗くんじゃな~い?」
 ここしばらく聞いていなかった陽気な声が、突然の雨のように降りかかった。
 湊斗が慌てて声のした方を見ると、
「やっぱり湊斗くんだ。こんばんは~!」
 タイトなTシャツにショートパンツ姿で、夏を身にまとったリナが、ご機嫌な顔で立っていた。
 
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