The Blood in Myself

すがるん

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第2部 峡谷の底

28 湊斗の記憶・夏②~RUN~

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「山那、学年とか気にしないで、本当に何でも言ってくれればいいから。な?」
 湊斗は気さくに笑い、土手から立ち上がる。
「そろそろ走らないと。そうだ、せっかくだし、一度競争してみないか?」
 冗談めかして誘う湊斗に、三景は今度こそ頭痛にでも襲われたような苦悶の表情を見せた。
「それは、やめた方がいいです」
(そういえば、人と競争するのは嫌って言ってたな)
 三景の芳しくない反応に、湊斗は以前のコンビニでの会話を思い出した。
「人より足が速いからだっけ?」
「はい。本気を出せば、俺が絶対に勝ちます」
 三景は揺るぎない確信をもって断言する。湊斗には、三景の自信がどこから生じるのか謎であったが、それが当然だという態度に、少しムッとした。
「あのね、中学一年生は三年生ほど体ができてないもんだよ。それに、ぼくはこれでも現役の陸上部員なんだ。やってみなきゃわかんないだろ?」
「いいえ、わかります。俺の勝ちです」
 年長である湊斗の説得にも、三景はかたくなに自分の意見を変えようとしない。
「ガンコだなあ!」
 いくら三景がトレーニングしていても、独りよがりが過ぎるのではないか。湊斗はさすがにぷりぷりと怒った。
「すいません。けど、さっき先輩が何でも言っていいって……」
 三景の弁に、湊斗はぐっと言葉に詰まる。振り上げた拳を降ろし損ねた気分だった。虚しいすきま風が吹いたようで、湊斗は友の人選を誤ったかもしれないと、少しだけ思う。
「わかった、そこまで言うなら無理強いはしない。山那のペースで走ってくれ。ぼくもついていくから」
 湊斗はそう言いながら、己の胸をどんと叩く。
 三景は土手に座ったまま、しばらく湊斗を見上げていたが、
「……先輩も、ガンコですよ」
 と、ため息まじりに呟いた。


 三十分後。
(予想はしてたけど、速い……)
 川沿いに長く伸びる道をひたすら走りつつ、湊斗はさすがに舌を巻いていた。
 数メートル先を行く三景のペースは全く落ちることなく、まるで地面の上を滑るように進む。
(そういや、あいつ軽そうだよ。風に乗ってるんじゃないか?)
 湊斗は後輩の背中をにらみつつ、そんなことを考えた。
 いつの間にか、二人はずいぶん遠くまで来ていた。川と反対側に広がる町並みは、あまり馴染みのない家々やマンション、工場などに変わっている。太陽は遥か頭上から湊斗たちを照らし、ほてった顔や体を、風がなだめるように撫でていく。耳に入るのは、時おり通り過ぎる車の音と、川べに響く鳥や虫たちの合唱だった。
 その時、三景がふいに振り向くと、前方を指さして言った。
「先輩、あそこの階段を下りましょう」
 三景が示すとおり、数メートル先に、土手から住宅街へ下る石の階段がある。手すりもついた立派な作りだが、湊斗は初めて見るものだった。
 湊斗の驚きを見透かしたのか、
「下に行けば自販機と神社があるんで、休憩しましょう」
 三景がてきぱきと説明する。
(……これじゃあ、どっちが先輩かわかんないな)
 軽快に石段を下りる三景を眺めて、湊斗は内心とほほと苦笑いした。
 階段を降りた先は、古いアパートや戸建ての家がひしめく、細い道になっていた。そこを抜けると、緑の木々に囲まれた小さな神社が見える。
「ここで飲み物が買えます」
 神社のそばに建つアパートの前に、飲料の自販機があった。三景は小銭入れを取り出し、
「今日は俺がおごるんで、先輩の好きなの選んで下さい」
 そっけない口調ではあるが、そう言った。
「ええっ?」
 湊斗は驚いた。一体、どういう風の吹き回しだろう。
「この前、シュークリーム買ってもらったお返しです」
 その言葉を聞き、湊斗は一応納得する。とはいえ、年上のプライドもあり、ほいほいとおごられる気にはなれなかった。
「あれは山那がノートを届けてくれたお礼だから、気にしないでくれよ。ここはぼくが――」
 と言いかけたものの、湊斗は三景にじろりと一瞥され、有無を言わさぬ眼光に気圧されてしまう。
(こいつ、やっぱ目つき怖っ!)
 本人にそんなつもりなどないとわかっていても、ひそかに怯えてしまう。下足室で初めて顔を合わせた時も、湊斗は三景のまなざしに臆したことを思い出した。
「じゃあ……今回は、おごってもらおうかな……」
 湊斗はひきつった笑顔を浮かべ、自販機にそろそろと指を伸ばした。
 
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