影の末裔

すがるん

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第1章

3 宣戦布告

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 翌日。
 終礼が済むと、陵は伊勢や小塚の制止も聞かず、まっすぐ斉二のクラスへ向かった。
(あの野郎、2組だったのか。どうりで知らないわけだ)
 校舎はコの字型になっており、2年生の教室は1~3組と、4~6組が渡り廊下を挟んで分けられている。そのため、5組の陵が2組へ行くには、やや長い廊下を越えなければならなかった。
 廊下を渡りきった先にも、同級生たちのにぎやかな声があふれていた。各教室はすでに開放され、掃除を始める者や部活に参加する者、級友としゃべる者もいる。
 陵は注意深く斉二を探しつつ、3組を通り過ぎ、いよいよ2組の手前まで来た。すると、教室前に目当ての人物がいた。
「あいつ……!」
 斉二は昨日同様、のほほんとした笑顔で、クラスメートらしき数人の男女と話していた。よく見れば、女生徒から家庭科で作ったらしいクッキーをもらい、嬉々として食べている。
(何だあれ、女子とチャラチャラしやがって)
 おめでたい光景に、陵は訳もなく苛ついた。その勢いもあってズカズカ迫っていくと、斉二のそばにいた男子生徒が陵に気づき、瞬時に顔を強ばらせた。昨日、トイレで遭遇した斉二の連れだった。
「おい……」
 男子生徒の戸惑った声に、残りの者たちも陵の方を振り向いた。
斉二は陵を見てもきょとんとしたようすで、クッキーをもぐもぐ頬張ったままだ。
「陵じゃない。どうしたのよ、怖いカオして」
 斉二にクッキーをあげた女生徒が、陵を見るなり怪訝そうに言った。
「葵?」
 陵もほぼ同時に驚きの声を上げる。葵と呼ばれた女生徒は陵の幼なじみだ。そういえば彼女も2組だったと、陵は今になって思い出していた。
「俺は、そこの奴に用があって――」
 来たのだと言いかけた矢先、斉二が何食わぬ顔で陵にクッキーを差し出した。
「食べる?」
 しかも、それはハート型であった。
「いらねえよ、そんなもん!!」
 瞬間湯沸し器のごとく怒り出す陵だったが、
「ちょっと陵、そんなもんとは何よ! あたしたちが一生懸命作ったのよ!?」
「そうよ!」
 陵の言い方が気に障ったのか、葵が猛然と抗議する。更に、隣にいた女生徒まで同調し、加勢してきたのだ。
「げっ……」
 思わぬ邪魔に、陵はうんざりと顔をしかめた。葵とは幼稚園からの付き合いだが、喧嘩になると、いつもこちらが言ったことの十倍は返ってくる厄介な相手だった。
「めんどくせーな、俺は物を食いに来たんじゃなくて、こいつに会いに来たんだ!」
 しょっぱなからつまづいた陵はじれったさでいっそう腹を立て、斉二を乱暴に指さした。
 しかし、
「君、だれ?」
 当の斉二は、けろりとしてそうのたまった。
「は!?」
 陵は怒りを通り越し、愕然とした。しかも、さらに屈辱的なことに、それを見た葵たちがクスクスと苦笑いしている。
「昨日のこと忘れたのか!? 覚えとけって言っただろ!」
 悔しまぎれの高声を上げる陵。これではいらぬ恥をかきにきただけで、あったものではなかった。
「ほら、昨日、トイレで……」
 男子生徒の一人が、見かねたように斉二に耳打ちする。するとようやく思い出したのか、
「あ、昨日遊んだ人!」
 斉二の表情がパッと輝いた。
「やっとわかったか。その俺が、今日も遊びに来てやったぞ」
「何だか、ケンカしに来たみたいに見えるけど」
 友好的なそぶりのみじんもない陵の言いぐさに、葵が疑わしげな顔つきをする。
「まあ、そうとも言うな」
 しれっと認めた陵に、男子生徒らはギョッとしたが、ただ一人、斉二だけは朗らかさをまったく崩さなかった。
「ケンカ? いいよ、しよう!」
「えっ!?」
 斉二の発言に、その場にいた全員が――陵さえも――声を揃えて驚いた。それはさながら、外へ遊びに行こうとでもいう口ぶりだったのだ。
「斉二、意味わかって言ってんのか?」
「そうだよ。それに、あいつ絶対ヤバいって」
 男子生徒たちが一様に斉二を心配し始めた。昨日の印象なのか、陵を危険人物扱いする台詞も囁かれている。
「どういう理由か知らないけど、まずはお互いきちんと話し合うべきよ。それに、山那くんも軽く言うけど、陵はケンカが取り柄みたいなもんだから――」
 理路整然と止めに入る葵。そのしっかりした姿は、彼女が小学生のころ学級委員をしていたことを陵に思い出させた。
「大丈夫、ぼくも強いから!」
 しかし、斉二はあっけらかんとしてそう言った。当人のおっとりした雰囲気ではまるで説得力に欠けていたが、揺るぎない口調である。
「何だと!?」
 陵はカチンときて声を荒げた。昨日の件をすっかり忘れていたことといい、こいつは完全に俺をバカにしている――握った拳に思わず力が入った。
「お前、昨日は油断したけど、今日はそうはいかねえぞ!」
 ぶちのめしてやると言わんばかりの陵に、男子生徒の一人がとっさに口を開いた。
「そんなに勝負したいなら、スポーツとかにすれば?」
 予想外の提案に、陵は気勢を削がれて踏みとどまった。
「スポーツ?」
「ああ。野球とかマラソンとか、色々あるだろ?」
 陵の関心を少しでも別の方へ向けようとする男子生徒だったが、
「でも、それじゃ本当の解決にならなくない?」
 葵が腑に落ちないといいたげに首を傾げる。
「いや、ここでケンカ始められるよりマシかなって……」
 彼らのやりとりを尻目に、
(確かに、悪くないかもな)
 陵は冷静な思考を取り戻しつつあった。
(こいつは思いっきり殴りてえけど、うるさい葵がいたんじゃ言いつけられそうだ)
 過去の経験から、公衆の面前で手足の出る喧嘩をすれば教師が駆けつけ、くどくど説教されることはよくわかっている。
(だったら、別のやり方で勝ちゃあいい)
 スポーツの得意な陵は、ひそかにほくそ笑んだ。
 一方、
「それも面白そうだね!」
 斉二は、新しい遊びを前にした幼子みたいに声を弾ませた。
 そんな斉二に、陵は挑むように言う。
「じゃあ、今、体育でやってるバスケで勝負するのはどうだ? 俺とお前の1on1で」
「うん!」
 楽しそうにうなずく斉二だったが、葵は陵に非難めいたまなざしを向けた。
「あんた、小学校でミニバスやってたじゃない。ずるいわよ!」
「こいつがいいっつってんだ。お前には関係ねえだろ」
 つんとそっぽを向く陵に、斉二はにっこりと笑いかけ、
「だって、ぼくが勝つもん!」
 再び高らかに宣言した。初めからそう決まっているように。
「なっ……!!」
 一体、この自信はどこからくるのか。ようやく回復した陵の余裕は、たちまち乱されてしまう。
「もしかして、山那くんもバスケ経験者?」
 葵の問いにも、
「ううん、違うよ!」
 斉二は堂々と首を横に振って答え、周囲を困惑させている。 
(今度こそ、絶対に俺が勝つ!)
 そんな斉二の態度は油となって注がれ、陵の闘争心はいっそうめらめらと燃え上がった。
 
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