猫のバブーシュカ~しましましっぽ彗星の夜に~

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13 集いにて~ほうき星の話~

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 *~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


 ポピーズ・ヒルの広場に集まった猫たちの目に月明かりが反射し、薄暗闇の中くっきりと光っています。

その光は広場の中央にいる、白くて長い毛並みのサボン爺さんへと集中して向けられていました。


「ほうき星がまた村へやって来るらしい」


そう言ったサボン爺さんは、そのあと沈黙してしまいました。

次の言葉を捜しているのか、昔のことを思い出そうとしているのか、お爺さんの表情からは読み取れません。

なにせ、サボン爺さんの両目は長い毛で隠れてしまっていますから、起きているか眠っているかさえも分からないのです。


猫たちはサボン爺さんが再び「ほうき星」について語り出すのを静かに待っていました。

しかし、まだ子供の猫が待ちきれず、大声でお爺さんに問いかけました。


「ほうきぼしってなあに?」


そう叫んだのは、チャビーおばさんと一緒にやってきた猫でした。

白地に黒いブチ柄のその猫はビッキーという名前です。

生後7ヶ月で身体はもう成猫に近い大きさになっていましたが、中身はまだ子供で好奇心いっぱいのようです。


「ビッキーったら、知らないの? ほうき星っていうのはお空にシューッと飛んでくる眩しいやつよ」


ビッキーの隣にもう1匹子供の猫がいて、得意げに言いました。

姿形がビッキーにそっくりなその猫は、ビッキーのお姉さんのクッキーです。

ビッキーはきょとんとして、お姉さんのクッキーに尋ねました。


「それじゃあ、ほうきぼしって流れ星のこと?」


「流れ星とは違うの。流れ星は瞬きしてる間にシュッて消えてしまうでしょう。ほうき星はもっともっとゆっくりなのよ」


クッキーは弟のビッキーに、学校の先生になったような口ぶりで言いました。


「ふうん……。ほうき星も流れ星みたいに願い事を聞いてくれるの?」


ビッキーの目は輝きました。

流れ星に願いをかけるのが大好きだったのです。

ーービッキーがかけた願いが叶った記憶はありませんでしたが、流れ星を見つけた瞬間の喜びや、願い事を心の中でつぶやく時の期待感があれば満足なのでしたーー



「願い事? えっと、それはーー、まあ、どうかしらね」


それまでお姉さんぶっていたクッキーは急にひるんで、言葉を濁しました。


「どうかしらねって、どっちなの?願い事聞いてくれるの?くれないの?ねえねえ!」


ビッキーは前足でクッキーの頬の辺りにちょっかいをかけ始めました。


「もうっ、うるさいわね! 私だってチェルシーの持ってる絵本でちょっと見ただけなんですもの、そんなことまで知らないわよ」


ヒゲを前足で掻かれていらいらしたクッキーは、弟の頭を前足でぐいっと押して遠ざけました。

ビッキーはおでこのもう少し上の方、耳と耳の間をクッキーの前足で押されておじぎするような格好になりましたが、負けじと踏ん張り、両前足をクッキーの顔めがけてバタバタと交互に振ります。


もう少しで姉弟の掴み合いが始まりそうな所ーー


「あんたたち、いい加減におし! 静かにしているという約束で連れてきたのを忘れたのかい?」


オレンジ色でしま模様のチャビーおばさんがクッキーとビッキーに注意しました。


「だって、お姉ちゃんが……」


「だって、ビッキーが……」


「『だって』は要りません!」


そろって不満を訴えようとする2匹の声を、チャビーおばさんは穏やかながらも厳しい声で遮ります。


「今はね、皆でサボン爺さんのお話を聞いているところなのよ。あんた達が勝手にお喋りする時間じゃないんだからね」

ビッキーは、また『だって』と言いそうになるのを堪えている顔です。

チャビーおばさんは続けます。


「それに、おふざけでも取っ組み合いなんか始めたりしたら、絶対に許しませんよ。集いでは、誰であれケンカなんて絶対にしてはいけないのだから」


おばさんは、ここでいっそう語気を強め、ゆっくりと言いました。


「いいかい、ケンカなんかしたら、お前達2匹とも、もう二度と集いに来れなくなってしまうのよ。その事はここへ来る前、あんた達にじゅうじゅう言って聞かせたでしょう!」


真剣に叱るチャビーおばさんの前で、さっきまで元気いっぱいだったクッキーとビッキーの2匹はしゅんとしてしまいました。


「まあまあ、そう叱りつけなさんなって」


チャビーおばさんの後ろにいた太めの中年雄猫、ヨーデルが声をかけました。


「姉弟ゲンカぐらいで集いの協定を破ったことにはならんだろうし、おとなしくしていられないのは子供だから仕方なかろうよ」


そう言われたチャビーおばさんは、ヨーデルの方を振り向いてキッと睨み上げます。


「社会の決まりというのは子供のうちだからこそ厳しく教えておかないといけないんですよ! 何にも知らないで育って、自分の好き勝手をしていたら、どうなりますか? つまはじきになるでしょう。私はね、伯母としてこの子達をそんな目に遭わせるわけにはいかないんです!」


チャビーおばさんの勢いに、気安く口を挟んだヨーデルはたじろぎます。


「そ、そりゃそうだが、ほれ、サボン爺さんの話は大人でも続きを待ちきれんだろうが。やれやれ、そんなに怒らんでも……」


最後の方は小さく呟いたヨーデルでしたが、チャビーおばさんにはしっかり聞こえました。


「私が怒っているですって? とんでもない! この私が集いで怒るなんて、あり得ませんわよ。なんて、猫聞きの悪い!」

言葉とは裏腹に、ますます鼻息が荒くなるチャビーおばさんでした。

ヨーデルはチャビーおばさんの気を逸らそうと、慌てて


「なあ、サボン爺さん、早く続きを聞かせてくれよ」


とサボン爺さんに呼びかけます。


確かにヨーデルの言うように、広場の猫たちは皆サボン爺さんの話の続きを今か今かと待っていました。


サボン爺さんは猫たちに再び注目される中、やっと口を開きました。


「ビッキーや」


自分がサボン爺さんに呼ばれたことに驚いたビッキーは、しゅんとした姿勢からちょっと飛び上がり、返事をしました。


「はい!」



「元気かね」



「えっ? うん! 僕、元気だよ、サボン爺さん」



「そうか」



そう言って、サボン爺さんはうんうんと頷きます。

そして、こう続けました。



「ほうき星はな、願い事を叶えてくれるぞ」



サボン爺さんのその一言により、広場の猫たちの間でざわめきが起こりました。




 *~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


    
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