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12 集いにて~ジョナサンの雄叫び。そして、サボン爺さんの話~
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フィッシャーは短毛で全身ほとんど黒く、前足の先と口元だけ白い毛をした中年期にさしかかる雄猫です。
3ヶ月前にふらりとセント・ポピー村にやって来ました。
身寄りのないフィッシャーは、お腹を減らしてさまよっている所を村人に保護され、宿泊施設を営む夫婦に引き取られました。
「私は……」
フィッシャーの第一声が長時間の静寂を破り、広場にいる全ての猫がフィッシャーに注目します。
「私は、この村が猫に優しい村だと聞き、何日も歩き続けた後ここにたどり着きました」
皆に注目されているせいか、声が少しうわずっています。
「空腹で一歩も動けなくなった時、村人に助けられ、猫に優しい村というのは本当だったと、私は深く感動しました」
猫たちはおとなしく話に耳を澄まし、フィッシャーは続けます。
調子付いてきたのか、やや芝居がかった話し方になってきました。
「世話をしてくれる家庭もすぐに見つかり、優しいロビン夫妻のもと私はとても幸せに暮らしています。おお、全くなんという幸運!我が人生最良の時よ……」
幸せに浸るようにフィッシャーは目を閉じて、話の間を置きました。
「ここにいる皆さんに分かって頂きたいのは、私は私を引き取ってくれた夫妻に心より感謝をしているということです」
フィッシャーはさらに強調します。
「私が恩知らずな猫ではないことを十分に理解していただけたでしょうか」
そう言ってから、フィッシャーはまた目を閉じて、お座りの姿でじっと固まりました。
そして数秒後、大きな声で
「さて、本題ですがーー」
話を続けようと目を開いて周りを見ると、猫たちの様子が一変しています。
顎の下を後ろ足で掻いたり、前足を揃えて思い切り伸びをしていたり、隣の猫の毛づくろいをしたり、めいめいが自由にしています。
誰もフィッシャーに注目していませんでした。
皆、フィッシャーの話はもう終わったと思ったのです。
長時間の緊張から解き放たれた猫たちが、『休憩時間だ』と言わんばかりに一斉にリラックスし始めました。
「え~~、皆さん! 皆さん! 大事な話はこれからなのです」
慌てて立ち上がり訴えるフィッシャーですが、猫たちは気付きません。
「ちょっと、皆さん! 聞いてくださいーー」
他の猫たちのお喋りにフィッシャーの声がかき消されそうになった時、広場の中央にもう一匹の猫がのっしのしと歩み寄り、
〝ウ・ニャーーーーウオウゥゥゥーーーー……〟
と、月に向って一声叫びました。
その声はポピーズ・ヒル一帯の空気を震わせ、猫たちだけでなく、森に潜んでいる他の動物までおとなしくさせました。
声の主は、猫たちのボス的存在のジョナサンでした。
「皆、こいつはまだ話が終わっていないんだとよ。聞いてやりな」
低く、太く、猫たちの背骨に響く声でそう言うと、ジョナサンは中央から数歩退いた場所にのしっと低く身をかがめて座りました。
「ありがとうございます」
慌ててお礼を言うフィッシャーは、一番近くでジョナサンの雄叫びを聞いたもので腰が抜けたようになり、ふらつきながら姿勢を正しました。
「フィッシャーだったか。あんたもさっさと本題とやらを話してくれ。俺たちは話が長いと退屈なんだ」
ジョナサンが仏頂面でそう催促すると、フィッシャーはものすごい早口で要点を話しました。
結局の所、フィッシャーはロビン夫妻が与えてくれる食事のドライフードが美味しくないことを訴えたかったのでした。
そして他の猫から、美味しくなくても猫の健康に良いドライフードなのではないか、との意見が出ました。
また、健康に良くても口に合わないものを毎日食べなくてはならないのも辛い、という意見もあり、フィッシャーはその意見に賛同しました。
バブーシュカはこの話題にはあまり興味が無いようで、静かに座ってはいましたが他の猫をちらちら見たり、こっそりと前足を舐めたりして時間を潰していました。
ベンジャミンの方は、先ほどのジョナサンの雄叫びで完全に腰を抜かしていて、動きようも無く、目は驚いた時のまん丸なまま置物のようになっていました。
フィッシャーの話はほとんど耳に入っていないでしょう。
フィッシャーの話を皮切りに、言いたいことのある猫たちが次々とお題をあげ意見が飛び交い、会議は白熱していきました。
芝刈り機の音がうるさくて我慢できない、など個人的な悩みを話す者が殆どでしたが、村の南の方にある空き地に住宅街が建設される計画があることなど、村に住む猫たち全員にとって重要な情報もありました。
バブーシュカが今夜の集いで一番興味を引かれたのは、サボン爺さんの話でした。
サボン爺さんは村一番のご長寿で、白をベースに胸の辺りとしっぽにだけ淡いグレーの毛が混じった長毛種です。
体格の大きい猫ですが、本人が言うには昔よりはだいぶ縮んだそうです。
「あれがまた来るらしい」
大きくは無いサボン爺さんの声ですが独特の響きがあり、猫たちは静まってお爺さんの声に耳を傾けます。
バブーシュカも耳をぴんと立てて、サボン爺さんの話を聞き逃すまいと集中しました。
ベンジャミンも温厚なサボン爺さんが好きでしたので、お爺さんの話には興味がありました。
「今度は吉兆か、凶兆か……さてはて……」
ゆっくりと話すサボン爺さんですが、ジョナサンは今度は催促せずに黙って聞いています。
「ほうき星がまた村へやって来るらしい」
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