9 / 13
10 バブーシュカとベンジャミン、集いへ行く
しおりを挟む*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
セント・ポピー村の猫たちの集いは、たいていポピーズ・ヒルで行われました。
ポピーズ・ヒルというのは、小さな森にある広場のことで、小高く盛り上がっている丘の部分を利用して作られた場所でした。
広場は、お祭りやフリーマーケットなどの行事、そして子供達の遠足や校外学習にも利用される村の公共施設です。
ポピーズ・ヒルには、日中散歩に来る人はいても、夜の催し事がない限り暗くなってから訪れる人間はいないので、集いの会場に丁度良い場所でした。
何しろ、日が暮れてから明け方までの長時間、大勢の猫たちが寄り集まって何やらよく分からないことをしている様子は、人間の好奇心をくすぐる光景ですから、人間が面白がって覗きに来るかもしれません。
そうなると、大事な集いが台無しになってしまうので、集いには静かで人気の無い場所を選ばなければならないのです。
バブーシュカがポピーズ・ヒルに着いた時、辺りにはまだ3匹の猫しかいませんでした。
集いには、少なくて10匹、多いと20匹近くの猫が参加します。
小走りでやってきて、まだ興奮冷めやらぬバブーシュカは、離れた所からすばやく、会場に先に着いていた3匹の猫たちの姿と匂いを確認しました。
広場の中央には、丸く等間隔に10脚のベンチが並べられており、バブーシュカのいる所から一番遠いベンチの足元に、身体が大きいキジトラの女の子、スキップジャックの姿が見えました。
そこから右に二つ離れたベンチの上には白地にグレーのハチワレ柄の兄妹、ウィリーとパンジーがいました。
3匹とも穏やかな性格で、バブーシュカとは目で挨拶を交わす程度の付き合いでしたが、友好的な関係を結んでいる猫たちでした。
今日もバブーシュカとその3匹たちは、お互いにちらっと視線を合わせた後、さりげなく目をそらし、お互いの存在を気にしていない風に振舞いました。
普段は縄張りを厳守するのが猫たちの常識ですが、集いの会場では事情がかなり違っています。
猫たちの間には〝集いの会場の中に限っては縄張りは存在しない〟という暗黙のルールがあり、集いの場所であるポピーズ・ヒルは、セント・ポピー村の猫たちの共有スペースなのです。
集いに参加する全ての猫において、ここでの居場所を好きに決める権利があるので、誰がどの位置に寝そべっていようが、どのベンチを占領しようが、その猫の自由です。
なので、自分の居場所の確保は早い者勝ちということになります。
バブーシュカが集いに急いで来たがったのはそのせいでした。
集いは夜通しで何時間も続くのですから、自分の気に入った場所を陣取りたかったのです。
バブーシュカは真剣な面持ちで広場を見渡しました。
ベンチの上もなかなか心地よさそうでしたが、人間が3、4人座れる幅のあるベンチは後から来た猫と相席になってしまう可能性があります。
他の猫との相席は落ち着かないものですし、ベンジャミンも嫌がると分かっていました。
「やっぱり、あの場所がいいわね」
バブーシュカは、ハチワレ兄妹が座っているベンチの左斜め後ろにある、2つ並んだ小さい切り株に目を留め、
「あれならベンジャミンお兄ちゃんといっこずつ、並んで座れるわ。1匹用の大きさだから、他の猫が乗ってくることもないし」
そうつぶやくと同時にその切り株の方へ走って行き、少し背の高い方の切り株をベンジャミンのために空けて、自分は隣の低いほうに飛び乗りました。
前回、ポピーズ・ヒルで集いが開かれた時はバブーシュカ1匹で来たような記憶があります。
今日は大好きなベンジャミンお兄ちゃんと一緒なので、バブーシュカは嬉しくてたまりません。
「ベンジャミンお兄ちゃん、こっちよ、こっち!ここに座りましょう」
弾む声でベンジャミンに呼びかけ、勢い良く振り返ったバブーシュカでしたが、後ろにベンジャミンはいませんでした。
森の中を2匹で歩いてきたはずですが……。
「大変、どこかではぐれてしまったのかしら!」
バブーシュカは元来た道を辿り、ベンジャミンを探しました。
「お兄ちゃん!ベンジャミンお兄ちゃん!」
必死で木々の間の暗闇に呼びかけます。
バブーシュカの声が、次第に涙声になってきた頃、小さな応答の声が聞こえました。
「バブーシュカちゃん、ここだよ。僕、ここにいるよ」
木の陰から怯えた表情のベンジャミンが現れ、月明かりに薄暗く照らされました。
「ベンジャミンお兄ちゃん、良かった……! ごめんなさいね、あたし急いでたから、お兄ちゃんとはぐれたのに気付かなかったの」
潤んだ目で謝るバブーシュカに、ベンジャミンは慌てて
「ううん、僕、はぐれたんじゃないんだ。ちゃんとバブーシュカちゃんに着いて行ってたんだけどね、そのう……、広場に3匹猫がいたから、知らない猫だったらどうしようと思って、広場の入り口の所の木の陰に隠れていたんだよ。バブーシュカちゃんに心配かけて、僕こそごめんね」
と、心から申し訳なさそうに謝りました。
「なあんだ、ベンジャミンお兄ちゃん、それなら大丈夫よ。あれはね、身体は大きいけど優しいスキップジャックと、物静かな兄妹のウィリーとパンジーよ。お兄ちゃんも知っているでしょう?」
ベンジャミンが見つかって嬉しい気持ちに戻ったバブーシュカは、恐がりの兄を安心させようと明るい声で教えてあげました。
「うん、その3匹ならよく知っているよ」
ホッとした様子のベンジャミンです。
「ね、恐くないでしょう?」
「うん、3匹とも恐くないよ」
「それじゃあ、広場に戻りましょう、ベンジャミンお兄ちゃん。あたし、とても良い場所を見つけたからね。お兄ちゃんとあたしと、いっこずつ座れる切り株なの。集いの間、そこでずっと一緒に並んで過ごしましょうよ」
いそいそと広場へ引き返すバブーシュカの後に、今度は本当にちゃんと着いて行ったベンジャミンでした。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
エプロンパンダのおめがね屋
ヒノモト テルヲ
児童書・童話
目黒山の中ほどにできた「おめがね屋」というメガネ屋さんのお話。エプロン姿のパンダ店主と子供パンダのコパンの二人が、手作りでちょっと変わったメガネを売っています。店主がエプロンのポケットに手を入れてパンダネを作り、それをオーブンに入れて三分立てばお客様のご希望に合わせた、おめがねにかなったメガネの出来上がりです。
みかんに殺された獣
あめ
児童書・童話
果物などの食べ物が何も無くなり、生きもののいなくなった森。
その森には1匹の獣と1つの果物。
異種族とかの次元じゃない、果実と生きもの。
そんな2人の切なく悲しいお話。
全10話です。
1話1話の文字数少なめ。
春風くんと秘宝管理クラブ!
はじめアキラ
児童書・童話
「私、恋ってやつをしちゃったかもしれない。落ちた、完璧に。一瞬にして」
五年生に進級して早々、同級生の春風祈に一目惚れをしてしまった秋野ひかり。
その祈は、秘宝管理クラブという不思議なクラブの部長をやっているという。
それは、科学で解明できない不思議なアイテムを管理・保護する不思議な場所だった。なりゆきで、彼のクラブ活動を手伝おうことになってしまったひかりは……。
参上! 怪盗イタッチ
ピラフドリア
児童書・童話
参上! 怪盗イタッチ
イタチの怪盗イタッチが、あらゆるお宝を狙って大冒険!? 折り紙を使った怪盗テクニックで、どんなお宝も盗み出す!!
⭐︎詳細⭐︎
以下のサイトでも投稿してます。
・小説家になろう
・エブリスタ
・カクヨム
・ハーメルン
・pixiv
・ノベルアップ+
・アルファポリス
・note
・ノベリズム
・魔法ランド
・ノベルピア
・YouTube
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる