猫のバブーシュカ~しましましっぽ彗星の夜に~

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10 バブーシュカとベンジャミン、集いへ行く

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 セント・ポピー村の猫たちのつどいは、たいていポピーズ・ヒルで行われました。

ポピーズ・ヒルというのは、小さな森にある広場のことで、小高く盛り上がっている丘の部分を利用して作られた場所でした。

広場は、お祭りやフリーマーケットなどの行事、そして子供達の遠足や校外学習にも利用される村の公共施設です。

ポピーズ・ヒルには、日中散歩に来る人はいても、夜の催し事がない限り暗くなってから訪れる人間はいないので、集いの会場に丁度良い場所でした。

何しろ、日が暮れてから明け方までの長時間、大勢の猫たちが寄り集まって何やらよく分からないことをしている様子は、人間の好奇心をくすぐる光景ですから、人間が面白がって覗きに来るかもしれません。

そうなると、大事な集いが台無しになってしまうので、集いには静かで人気ひとけの無い場所を選ばなければならないのです。



 バブーシュカがポピーズ・ヒルに着いた時、辺りにはまだ3匹の猫しかいませんでした。

集いには、少なくて10匹、多いと20匹近くの猫が参加します。

小走りでやってきて、まだ興奮冷めやらぬバブーシュカは、離れた所からすばやく、会場に先に着いていた3匹の猫たちの姿と匂いを確認しました。

広場の中央には、丸く等間隔に10脚のベンチが並べられており、バブーシュカのいる所から一番遠いベンチの足元に、身体が大きいキジトラの女の子、スキップジャックの姿が見えました。

そこから右に二つ離れたベンチの上には白地にグレーのハチワレ柄の兄妹、ウィリーとパンジーがいました。

3匹とも穏やかな性格で、バブーシュカとは目で挨拶を交わす程度の付き合いでしたが、友好的な関係を結んでいる猫たちでした。

今日もバブーシュカとその3匹たちは、お互いにちらっと視線を合わせた後、さりげなく目をそらし、お互いの存在を気にしていない風に振舞いました。

 普段は縄張りを厳守するのが猫たちの常識ですが、集いの会場では事情がかなり違っています。

猫たちの間には〝集いの会場の中に限っては縄張りは存在しない〟という暗黙のルールがあり、集いの場所であるポピーズ・ヒルは、セント・ポピー村の猫たちの共有スペースなのです。

集いに参加する全ての猫において、ここでの居場所を好きに決める権利があるので、誰がどの位置に寝そべっていようが、どのベンチを占領しようが、その猫の自由です。

なので、自分の居場所の確保は早い者勝ちということになります。

バブーシュカが集いに急いで来たがったのはそのせいでした。

集いは夜通しで何時間も続くのですから、自分の気に入った場所を陣取りたかったのです。

 バブーシュカは真剣な面持ちで広場を見渡しました。

ベンチの上もなかなか心地よさそうでしたが、人間が3、4人座れる幅のあるベンチは後から来た猫と相席になってしまう可能性があります。

他の猫との相席は落ち着かないものですし、ベンジャミンも嫌がると分かっていました。


「やっぱり、あの場所がいいわね」


バブーシュカは、ハチワレ兄妹が座っているベンチの左斜め後ろにある、2つ並んだ小さい切り株に目を留め、


「あれならベンジャミンお兄ちゃんといっこずつ、並んで座れるわ。1匹用の大きさだから、他の猫が乗ってくることもないし」


そうつぶやくと同時にその切り株の方へ走って行き、少し背の高い方の切り株をベンジャミンのために空けて、自分は隣の低いほうに飛び乗りました。

前回、ポピーズ・ヒルで集いが開かれた時はバブーシュカ1匹で来たような記憶があります。

今日は大好きなベンジャミンお兄ちゃんと一緒なので、バブーシュカは嬉しくてたまりません。


「ベンジャミンお兄ちゃん、こっちよ、こっち!ここに座りましょう」


弾む声でベンジャミンに呼びかけ、勢い良く振り返ったバブーシュカでしたが、後ろにベンジャミンはいませんでした。

森の中を2匹で歩いてきたはずですが……。

 
「大変、どこかではぐれてしまったのかしら!」


バブーシュカは元来た道を辿り、ベンジャミンを探しました。


「お兄ちゃん!ベンジャミンお兄ちゃん!」


必死で木々の間の暗闇に呼びかけます。

バブーシュカの声が、次第に涙声になってきた頃、小さな応答の声が聞こえました。


「バブーシュカちゃん、ここだよ。僕、ここにいるよ」


木の陰から怯えた表情のベンジャミンが現れ、月明かりに薄暗く照らされました。


「ベンジャミンお兄ちゃん、良かった……! ごめんなさいね、あたし急いでたから、お兄ちゃんとはぐれたのに気付かなかったの」


潤んだ目で謝るバブーシュカに、ベンジャミンは慌てて


「ううん、僕、はぐれたんじゃないんだ。ちゃんとバブーシュカちゃんに着いて行ってたんだけどね、そのう……、広場に3匹猫がいたから、知らない猫だったらどうしようと思って、広場の入り口の所の木の陰に隠れていたんだよ。バブーシュカちゃんに心配かけて、僕こそごめんね」


と、心から申し訳なさそうに謝りました。


「なあんだ、ベンジャミンお兄ちゃん、それなら大丈夫よ。あれはね、身体は大きいけど優しいスキップジャックと、物静かな兄妹のウィリーとパンジーよ。お兄ちゃんも知っているでしょう?」


ベンジャミンが見つかって嬉しい気持ちに戻ったバブーシュカは、恐がりの兄を安心させようと明るい声で教えてあげました。


「うん、その3匹ならよく知っているよ」


ホッとした様子のベンジャミンです。


「ね、恐くないでしょう?」


「うん、3匹とも恐くないよ」


「それじゃあ、広場に戻りましょう、ベンジャミンお兄ちゃん。あたし、とても良い場所を見つけたからね。お兄ちゃんとあたしと、いっこずつ座れる切り株なの。集いの間、そこでずっと一緒に並んで過ごしましょうよ」


いそいそと広場へ引き返すバブーシュカの後に、今度は本当にちゃんと着いて行ったベンジャミンでした。



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